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2,9月2日/10:00から

 五条グループ…。
 もとをたどれば平安時代から続く家系だとか。戦前一度没落したが今から三代ほど前に立て直した。由緒ある家柄と言えるだろう。
 しかしその五条家、肝心な世継ぎがいない…とされている。

 リリリリリリリリリリリリリリリリ
 けたたましく授業の始まりのベル音が鳴り響く。
 しかし今日来たばかりの転校生がやって来ない。
(まだ、いらっしゃらないのかしら?)
 夏鈴は後ろを何度も何度も振り返る。…まだ来ない。
 2時間目は古典の時間だ。
 この古典の先生というのが小河美千代氏といって、美少年がとっても好きいうあたり、夏鈴と趣味が似ている。
 似ているからこそなのかもしれないが、夏鈴はこの小河氏が苦手…はっきりと言ってしまうと嫌いだった。
 いつも…夏鈴が目をつけた美少年の約5分の3程度は小河氏と趣味が被り、美少年争いで小河氏と対決(といっても影ながら火花を散らすだけだが)をし、現状、ほとんど負けている。
 相手がどんな手を使っているか知らないが今回は負けたくない…負けられない、かおる(とみちる)を守って(?)みせると、妙に時間には厳しい小河氏を見たときに誓った。
 しかし、先程から何度も何度も後ろに振り返っているせいか、
「笹本さん」
 と、現代文に直すことを指名された。

 その時に後ろからがらがらと音をたててかおる、みちるは教室に入室した。
「…遅くなりましたー…」
 一度小河氏の顔を見てから深々と礼をしたみちる。
「すみません」
 軽く頭を下げただけのかおる。
 だが、小河氏の心は決まっていた。

(んっふっふっふっふっ。あの子、ゲットするわ)
 ――小河氏の視線の先にはまぎれもなく、かおるが立っていた。

「まぁ、席についてください」
 はいっ! と元気よくみちる、はい、と言ってさっさた席につくかおる。
(んーっ、新しいタイプね。あのクールさがまた良いわー

「………っ」
 夏鈴は危機感を覚える。あの目はやばいですわ、狙われたのは、もう確実ですわー。
 …夏鈴は軽くくらりときた。
「あっ、笹本さん、座って」
 にっこりと小河氏は微笑む。心の中では夏鈴のことなど忘れていたが、教師の本能が忘れていなかった…ということにしておこう。
「えーっと、麻生かおるさん、みちるさんですね? わたしは小河美千代です」
 よろしく、と小さく付け足す。
「えー、わたしの場合、遅刻をすると宿題をだしますので、そのつもりで。今日は、お話をしたいので、文系科研究室に18:00頃に来てください」
「わかりました」
 2人は同時に答える。まるで、ハーモニーのようだ、と夏鈴は思い、小河氏はかおるの澄んだ声にただただうっとりと耳を傾けていた。

 …
 しばしの、間。
 はっとしたように小河氏は生徒達の方を見つめる。
「えー。じゃあ、教科書42ページを開いて…」

 ちゃくちゃくと時は過ぎていった。1時限50分。7時限ある。
 朝食、昼食…もちろん夕食と…食事は食堂で食べるのだが、席はどこに座るかなどの決まりはないのでかおる、みちるの側で食べようと席の争奪戦があった…らしい。
 結局、とあるテーブルの隅にみちる、その隣にかおる、かおるの隣に夏鈴…と座った。
 18:00は夕食の1時間前で、文系科研究室は教室から食堂までの間にあるということで立ち寄った。
 2時間目に間に合わなかった…という教訓を生かし、今度はきちんと(?)案内人をつけた。

 こんこん
 文系科研究室のドアを軽くノックする。…返答がない。
「失礼しまーす」
 そろそろとドアを開けつつみちるが言う。
「…いないな」
 誰もいない。まだ日が長いのでこの部屋が真っ赤に染まっていた。

「きれい…」
 みちるが感動の声を漏らす。

「――私は、好かんな。血のようで…胸がムカムカする」
 淡々とした声。
 ――滲むのは、痛み。
 『…それは光兄さんを連想させるからか…?』
 みちるは、その言葉をのみこんだ。

「それにしても本当にどうしたんだろうね…。それからどうしたらいいんだろ?」
 話があるって言ったよねー? とみちるは続ける。
「小河先生の机でも探してみるか? 何かメモとかあるかもしれないし」
「ん、そだね」
 みちるは北の方の机から見ていく。うーんないなぁ…などとと独り言を言いながら。
 かおるは南の方の机から調べていく。すぐにみつかった。
「小河美千代…みちるあったぞ」
 軽く手招きをする。
「何かメモあるー?」
 そう言いながら小走りのみちるがこけた。

「「ぷっ」」
「「えっ?」」

 今、確かにかおる以外の声がした。だから思わず「えっ?」とかおるとみちるがハモったのだ。
 かおるは目をつり上げる。
「誰だっ」
 みちるを守るようにみちるの前にでた。…だが、みちるもまたかおるを守るためにさっさと立ち上がり、かおるに背を会わせ、周りを見渡している。
 …と、その時に入り口から声がきこえた。かおるが大きく振り返る。
「わ・た・し。小河よっ」
 からからと入り口から入ってくる小河氏。顔がにやけている。
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃない…ぷっ」
 小河氏、思い出し笑いである。それを見てみちるはかーっと顔が赤くなる。
「せ、せんせいー…」
「な、なぁに?」
 声が震えていたみちる。まさか笑いすぎたかしら?! 泣いてる?!
「そんなに笑わなくても良いと思う…」
 顔を赤くしながらみちるが言った。
(よかった…泣いてたわけじゃないのね。…では)
 小河氏はにっと微笑む。
(作戦実行!!!)
 小河氏はいつもこの技で短期に男の子達をゲットしてきた。
 小河氏の技は短期集中…速攻で仕掛けるのが戦略であった。
 かおるにもいつもの技を使おうとしている。いつもと少し違うのは、その作戦に手紙を使うということだった。
「あ、遅くてごめんね」
 小河氏は自分の隣の先生方の椅子をそれぞれ提供する。
「少し授業の説明をするわね…」
 そう言って授業の説明をする。
 説明しながら日頃鍛えた(?!)タイミングでかおるに視線を投げかけたりした。

(ふふ…。完璧)
 小河氏は内心ニヤリとしつつ、時計を見上げて言った。
「あら、もうこんな時間。長くてごめんなさいね…」
 髪の毛を軽く後ろによせる。
「はい、これは問題集よ。今日は遅刻してきた罰として23ページから25ページまでやってくださいね?」
 にっこりと微笑みながら問題集を2人に手渡した。
「はい。わかりました」

「失礼しました」
 2人はそれぞれに挨拶をしながら出て行く。
 小河氏は「ごくろうさま」などといいながらにっこりと微笑んでこちらを見ていた。
 しばらくはただただ食堂に向かって歩いていた2人だが、みちるが突然「ぷっ」と吹き出した。
「どうした? みちる?」
 いきなり吹き出して…と続ける。
「か、かおる気がついてなかったのか?」
「…?」
 かおるはしばらくその言葉の意味を考えていたがしばらくして「何に?」と、本当に不思議そうな顔をしてみちるの瞳を覗き込む。
「そ、そっか…」
 まだ笑っているのか、肩がふるえている。
「かおる、こういうこと対しては本当に鈍感だもんな」
 心底楽しげに微笑む。今は完全な『男』の顔だった。

「………?」
 さっぱりわからないかおるは、視線を天井へと向ける。
 みちるはにっこりと微笑みながら、かおるの前に立つ。
「かおる、あの教師のお気に入りになったらしいぞ」
 ニヤニヤと笑うみちるにかおるは数度瞬いて「え?」と言った。
 お気に入り、ということは――つまり。
「と、いうことは…」
 かおるはほんの少し、笑った。
「私を男だと思ったってことだよな」
「まぁ、そうと言えるだろうね」
 みちるは腕を組んで頷いた。チラリと視線をかおるの手元――問題集へと向ける。
「あと、ボクの勘では…」
 そしてひょいっと、かおるの問題集を取った。
「この問題集の間にでも手紙かなんかが挟まってるんじゃないかな」
 そう言いつつ、ぱらぱらと問題集をめくる。しばらくするとにやりと笑う。
 …生まれたときから一緒にいるせいか、2人はよく似たような笑い方をした。
「あったりー」
 ひらりと手に取る。白いシンプルな封筒だ。小さくすずらんが描いてある。

「読んでもいい?」
「さすがにそこまでは…な?」
 一応、私宛だろうから…。そう言うとさっそく開ける。

『麻生かおる君へ
 今夜お話ししたいことがあります。10:00に私の部屋へ来てください。
 小河美千代より
 追伸 ほかの方にばれないように来てください。電気は消しておきます。
     302号室です。』

「……」
 かおるは軽く頭を左右する。
「そんなに激しいの?」
 みちるが見ていい? と、問うといいよと答えつつ手紙を渡す。かおるはおでこに手を当てた。
「ふーん…。ねぇ、かおる。これ行くの?」
「さて…どうしようか…」
 言いながらかおるはこめかみをぽりぽりと掻く。
「…ねぇ、かおるぅ」
 そんな様子を見て、みちるが少し甘えるような声を出した。
(何か考えてるな…)
 ふぅ…。かおるは軽くため息をついてからみちるの方を向いた。
「なんだ? みちる…」
 みちるはぱぁっと笑顔になった。
 これだけ見てれば可愛い弟なのになぁ…。などと思うかおる。次の言葉はかなりの予想外だった。

「これ、ボク行ってみちゃだめかなぁ?」
 1、2、3。
 たっぷり間が空く。
「――み、みちるが行く?!」
 少々どもるかおる。なんでお前が?! そう言ってみちるの襟首をしっかとつかみ、ぐらぐらと揺らした。
 先ほどまでのクールさはどこへやら状態である。
 みちるは「目が…。目が回るぅ」と、かおるに「やめてくれ」と助けを求めてみたが、まだゆらゆらと揺らす。
「せめて意見を言わせてくれー」
 みちるの言葉を聞いたかおるは、
「…一応言ってみろ」
 そう、すわった目で言った。

「んー、あのさぁ。この文面からしてかおるを狙ってる…すなわち襲っちゃう事考えてる文面でしょ? だからボクがかおるの身を守ろうと…」
「…私だって護身術を習ってたんだから、女の人ならぶっ飛ばせるぞ?」
 女の人をぶっとばす。
 言っていることが何気に過激で危険だ。
 ――夏鈴を相手に、あれほど冷めた態度を取っていたのと同一人物とは思えない。
 ぐちぐちぐちぐちとかおるはみちるに文句をつける。
 そのときみちるは両手をグーにした手を、口に当て泣きそうな目(いつもより潤んでいる)でかおるを見つめ、言った。

「かおる!! どうしてボクの手を必要としてくれないの?! ボクが信用出来ない?!」
 そう言ったみちるに、かおるは一言。
「出来ない!」
 きっぱりはっきりと言った…。
 ここは日本。決して南極ではない。しかし今流れている空気は南極を思わせる。
「前科ありなのはどいつだ? ん?」
 続いた言葉に、みちるはかおるの口をガバリと押さえ込んだ。
「と、とりあえずご飯食べに行こう!! で、部屋に行ってからまた続きを話そうよ」
 ね? とみちるは言い、かおるをずるずると食堂に引っ張っていった。

 
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