久々の休暇だった。
しかしやることもないし、本社の方に来た。
地下にある廊下を歩く。
「「紅っ」」
声に、振り返った。
「翡翠」
「「はっろーんっ」」
またもや、ハーモニー。なんで一言一句きっちり同じことを言えるのか、といつも疑問に思う。
――そう。『翡翠』とは2人の名前なのだ。
「今日はどうしたの?」
翡翠1号(と紅は呼んでいる)…自らを『アタシ』と呼ぶ女は言った。
「休暇なんだが、やることもないので、来てみた」
「そんなコト言って、黒に会いに来たんでしょー?」
翡翠2号…自らを『ワタシ』と呼ぶ女は続けて言う。
「まぁ、な」
間違いではない。
「ねぇねぇ、前から訊いてみたかったんだけどさー」
てくてくと翡翠は寄ってくる。
2人とも、見た感じより背が高い。
丸い輪郭と頬の辺りでポヨポヨする髪型をしているせいで小さく見えるが、実際はきちんと(?)160pは越えているのだ。
「紅って、黒に…」
微妙な、間。
翡翠は互いに顔を合わせる。
「なんだ?」
紅が続きを促すと、2人は意を決したように、言った。
「「…黒に、惚れてるの?」」
………
「え?」
黒…この【彩】でのトップである。言い替えれば、社長だ。
「誰が?」
紅のその言葉に、翡翠はずっこけた。
「だーかーらーっ!!!」
翡翠2号、叫ぶ。
「紅は、黒に惚れてるのかって訊いたの!」
「私が、黒に…?」
惚れる。①うっとりする。ぼんやりする。②ほれる。恋い慕う。
「…つまり私が、黒に恋い慕っているか、ということか?」
「それ以外にどんな意味があるって言うのよっ!!!」
「ああ、すまない。そういう話は全く私に関連したことがなかったから…」
翡翠はがくっとうなだれる。
「?」
紅はどうしたんだ? とばかりに小さく首を傾げる。
「…紅、大きくなったわねぇ…」
「アタシ達も歳をとるわけだわ…」
「それ、言わないお約束」
翡翠2号は翡翠1号にデコピンをくらわす。
「ああ、そう言えば翡翠はいつまでも若いな。実際はいくつなんだ?」
「「こーうー」」
ハーモニー発生。
「「女の歳は訊いちゃいけないって法律にもあるのよ」」
「…法律に定められているのか?」
「「そうよっ」」
当然だが、ウソである。
+++++
コンコン
ドアをノックした。
――この時ばかりは、自分が緊張しているのが、わかる。
「…はい?」
顔を出したのは、優しそうな顔の女性。
「お久しぶりです」
紅は頭を下げた。
「あらあら、紅。いつもご苦労様」
この女性は黒の妻であり秘書である白である。
「お入りなさい」
「はい。失礼いたします」
――紅は心に誓っていることがある。
「黒」
その呼びかけに顔を上げたのは『厳格』とかいう言葉が似合いそうな男だ。
「お久しぶりです」
――紅は心に誓っていることが、ある。
それは、自らが従うと決めた者にしか、そういう態度をとらないということ。
つまりは、敬語などは自分より『上』と感じた人にしか使わないと、心に決めていた。
…ある意味、犬みたいな紅である。
「いつも任務ご苦労。お前は迅速で正確だ。助かっている」
「お褒めにあずかり、光栄です」
紅はそう答え、深々と頭を下げた。
…藍がこんなところを見ていたのなら『紅が敬語喋ってる…ッ!!!』と、驚きを隠さないことだろう。
「そういえば、学校の方はどうだ?」
「和山高校ですか? 別に…」
変わりない、と続けようとして、1つ思い出した。
「初めて、ケンカをうられました」
「…え?」
「ケンカをうられましたので、少々相手をしてやりました」
それだけです、と紅は淡々と告げる。
紅の見えないところで、白が肩を震わせて笑った。
…そんな会話をしつつ時間を過ごすのが紅の休日の一コマだった。
ちなみにこの休暇は紅が砂倉居学園に行く前の休暇です。
紅は休暇をもらうと必ず一度は本社に行き、黒に会います。
それはなぜなのかっ?!
…深い理由は、ない。…かもしれない?
チャンチャン♪