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個人情報

対象者:藍

 

 おれの両親はとあるデザイン会社の社長父親とその秘書母親だったりする。
 でも。
 おれにはそのデザイン会社の利益よりも、裏の仕事での利益の方がに多いような気がしている。
 別に帳簿とかを見せてもらったわけではない。単なるカンだけど。
 …ああ、でも。
 自分が、その『裏』の仕事をやっているせいもあるかもしれない。
 その『裏』の仕事は、いわゆる『何でも屋』だ。
 人物の守護とか…まぁ、とにかく、何でも屋。
 おれは、その『青』グループに登録してある。
 藍。
 針使いの、藍。
 …針使いってコトを知っている人はかなり少ないんだけどね。

 裏の仕事は、小さな頃から知っていた。
 いつから、とははっきり言えない。
 本当に『小さい頃から』としか、言えない。
 とりあえず、訓練はしていた。つまり、体術を習っていた。
 んで、自分のもの針を持つようになったのは、小学生の時だった。
 だから…それより前には既に訓練したことになる。
 訓練していたってことは、裏の仕事を知っていた、ということだろう。
 だけど。やっぱり…はっきりしたことは言えないんだよなぁ。
 それだけ小さい頃から、知っていた。それだけ小さい頃から…身近で、当然なことだった。

 でも、訓練とは言っても、ある意味『趣味』だった。
 体を動かすことが好きだったし、人間の弱いところ(ツボ、ね)を知ることができるってのはとても面白かった。
 【彩】に籍を置くつもりはなかったんだ。

 でも、とあることがきっかけで、おれは【彩】の一員になる必要があった。
 …いや。
 必要、というよりもおれが一員になりたくなった。
 とても。
 …会いたい人がいるから。
 彼女に、会いたいんだ。
 ――今はどこにいるか知れない、彼女に。

+++++

「らーんちゃんっ」
 フワフワした、女の子。
 『綿アメみたい』とか『マシュマロみたい』とか。そんな表現が似合う女の子。
 おれのこと『ちゃん付け』で呼ぶことを許したのはその子…雨衣香ういかだけ。
 雨衣香は幼なじみなんだ。
 一緒にいることが当たり前。
 小学校に入ってクラスが変わっても一緒に学校に登校したし、中学校ではクラスが一緒になったからよけいに、生活登下校を共にした。
 おれは部活に入っていなかったし、雨衣香が遅くなるのは家庭科クラブの調理実習の時だけだったから、待っていたりしたんだ。
 おれ達は、一緒にいるのが当たり前。
 …おれがガキだったせいなのかな。それが当然で…ずっと続くと思っていたのは。

+++++

 それは、突然にやってきた。

「雨衣香…ごめんっ! 今日は一緒に帰れないやっ!!」
 ――後悔、する。
「え? 別に構わないけど…。どうしたの?」
 ――深く、深く。
「…ちょっと用事」
 ――なぜ、あの日に限って、と。
「そうか。じゃあ、また明日!」
 ――後悔しても、しても…したりないほどに。

 なぜ、プレゼントを買い忘れたりしたんだろう?
 …その日の用事というのは、雨衣香の誕生日プレゼントを買うためだった。
 前日は休みだったということで田舎に行っていて、プレゼントを買っていなかった。

「また明日!」

 ――雨衣香に会える明日を、当然だと思っていた。

 

 プレゼント選びには予定以上に時間がかかってしまった。
「………え………?」
 家に帰った…その場の、重い雰囲気。
 ――自分が聞いたことが信じられなくて。
「…今、何て…?」
 おれは父さんに聞き返した。
 父さんは…表情をゆがめ、僅かに唇を噛む。

「今、なんて言った?! 父さんッ!!!」
 おれの問いかけに――半ば怒鳴ってしまったおれに、父さんではなく母さんが答える。
「…雨衣香ちゃんが、帰ってこないんですって」
 帰って、来ない。
 雨衣香が。
 …あの、雨衣香が。
 4時には学校を出たはずの、雨衣香が。

「…そ…ん…な…」

 ――忌まわしい事件のせいで、闇を誰よりも恐れている雨衣香が。

 ――6月。
 時計は既に7時をまわっていた。
 辺りは闇だった。
 明日の天気が雨だからだろうか?
 空は雲に覆われていて、どことなくどんよりとした雰囲気をしていた。

「連絡は?」
 ――沈黙だった。
 ないんだ。…ないんだ、きっと。
 沈黙がそう、答える。

「警察に…!」
「通報した」
 静かな父さんの声に、おれは視線を父さんへと戻す。
「…通報したんだ…」
 繰り返す父さんの言葉に我知らず、拳が震えた。

「でもね…失踪事件は、警察もあまり手を回せないんですって」
 淡々とした母さんにおれは…叫ぶ。
「何でそんなに冷静なんだよっ!!」

 雨衣香、雨衣香、雨衣香、雨衣香…雨衣香!

「落ち着きなさいっ!!」
「何で落ち着けられるんだよっ!!」
 おれは怒鳴り返す。
「…じゃあ、わめけば雨衣香ちゃんが戻って来るというの?」
 母さんの小さな、それでいてよく通る声。
「落ち着きなさい」

「…ちくしょうっ!!」
 なぜ、離れた?
 …なぜ、一緒にいなかった?
 なぜ、なぜ、なぜ――っ!!!

 その思いが、尽きることはない。

「…なぜ…っ!!」
 雨衣香が…。

 

 雨衣香は小さな時に、行方不明になったことがあった。ちょうど今頃…6月頃に。
 夜の7時頃に、犬の散歩に行っていて、帰ってこなかった。
 雨衣香は、3日後になって帰ってきた。

『お兄ちゃんがあたしの腕を引っぱったの。どこかに連れていかれたの』

 雨衣香はそう言った。
 …犯人は、捕まらなかった。
 そして今も、捕まっていない。

「…警察だけでは、あてにならないだろう」
 父さんは言った。
 ――とても残念そうに、言った。
「…うん」
 何度も深呼吸して、少しだけ落ち着いたおれは…落ち着こうとしたおれは、ゆっくりと答えた。

「だから、【彩】の方でも、探しだす」
「【彩】で…?」
 ――【彩】は父さん達がしている裏の仕事だ。

「今から、始める」
 父さんがそう言うと、母さんは言った。

「――私用で、組織を動かすのですか?」
 …母さんは、父さんの秘書として…はくとして、言った。
「…」
 父さんは絶句する。
「…こんな時でも儲ける儲けないの話か?」
 おれは母さんに…白に問いかけた。
 脳ミソがグラグラする。
 …自分の声が震えているのが、わかった。
 ――怒りで、震えていたのが。

「…専属を設けた方がいいと思います。…私用で組織全体を動かすというのは無茶苦茶な話です」

 おれは、白の言うことがわからなかった。
「――え?」
 白はおれと父さんとを、交互に見て言葉を続ける。
「組織全体で一人の人間を捜し出すのは早く終わるかもしれません。…ですが、遂行中の任務などの関係上、【彩】の信用問題に関わります。情報は全体からいつでも、というくらい入ってきますわ。入手した情報から実際調査に向かう人間…専属を向かわせた方がいいと思います」
 父さんは目を見開いた。
 おれを、見つめる。

 …おれを…。

「おれが、やる」
 ――その役割を。
 雨衣香を見つけだす役割を。

「おれがやる…!!」
 ――元から、両親二人は、おれを【彩】のメンバーにするつもりだったのだろうか?

 父さんは、おれを真っ直ぐに見つめた。

「藍。今から、全員に通達をだす」
「うん」
「めぼしい情報が入ったら、お前に送る。そしたら、調査に向かえ」
「――わかった」
 おれは、父さんの言葉に…社長の…こくの言葉に、頷く。
 おれの名前は木崎藍だ。
 ――本名が、そのままコードネームになった。

+++++

 あれから、3年。…おれは17歳になった。
 あれから、もう――3年。
 そして…雨衣香はいまだ、見つからない。

 …たまに、夢を見るんだ。
『らーんちゃんっ』
 突然いなくなってしまったあの日の雨衣香ではなくて、少し大人っぽく…綺麗になった雨衣香が、幸福そうに笑っている夢を。
『ねぇ? どうしたの?』
 ――夢を…。
「…雨衣香…」
 目覚めると、思う。
 この声が届けばいいのに、と。
(雨衣香…今、どこにいる…?)
 ――そして、この声に応えてくれればいいのに、と…。

+++++

 ――手に入る情報は少なくて、雨衣香探しよりも仕事をしているときの方が多くなってきている。

 今は『人物の守護』をしていて
「藍、どうしたんだ?」
 紅という女の子と一緒に仕事をしている。
「あ、いや、なんでもないよ」
 おれは、ボーッとしていた。
「どうしたの?」
 前の方で、友人…衣緒ちゃんと一緒に歩いている女の子が振り返った。
 そんな彩花ちゃんの様子を見て、紅が一言。
「ほら、彩花も呼んでいるぞ」
「…あれって、『呼んでる』なの?」
「気にしているから、似たようなものだろう」
「…なんか違う気がするけど。とりあえず、前とはエライ違いだよねぇ…」
 一時期は『何なのコイツ等!』というオーラ(?)を発していたのに。
 紅は、微かに笑った。
「私達に気を許してきたということだろう?」
 そして『行くぞ』とおれの肩を叩く。
 …触れられたところに、熱がしばらく残る気がした。
 おれは一度息を吐き出して、肩の熱を振り切るように思いきり走った。

 フワフワという印象の雨衣香。
 ピシッという感じの、紅。

 ――似ているとは言い難い。
 言い難いのに…。

 ――どこか紅に惹かれる自分がいるのはなぜなのだろう?

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