恋をした瞬間なんて、わからないけれど。
気になりだした…のは、きっと。
多分、あの時。
「暑い…」
「言うな。余計に暑くなる」
「お前も言ってるじゃねぇか」
七月、最初の金曜日。
明日は休みだ。そこはいい。
が。
「なんでこの時期に球技大会…?」
七月上旬。初夏…といえば初夏になるのだろうか。
「しかもイイカンジに晴れてるし…」
高階樹はボソリと呟いた。
すでに温くなってしまっているペットボトルの水をゴクリと飲み込む。
「イイカンジってか、晴れ過ぎだよな」
樹の呟きにクラスメイトで同じ競技…ソフトテニスでペアを組む黒川一成はタオルを頭に被ったままぐったりと応じる。
眩しすぎる太陽。雲の少ない、空。
暑い。風がない。日陰もない。
球技大会、ということで応援に来る場合もあるのだが…直射日光と照り返しの激しいテニスコートには、クラスメイトの応援も少ない。
「……日射病になるよ」
「んぁ?」
暑さでボヤけた頭で、樹は妙な声で応じる。
樹と一成が振り返れば、クラスメイトの女の子…牧村美海が立っていた。
「…アレ? …牧村サン?」
ペットボトルにオレンジ色と黄緑色のチェックのタオルをグルグル巻きにしたものを持って、頭から首にかけて大き目のタオルを被っている。暑そうに見えるが、どうなんだろう。
「牧村さん、テニスだったっけ?」
「ううん、あたしはバドミントン」
体育館内の競技に参加するはずの美海が何故ここに。
そんな思いが樹の表情に表れたのか、美海は「一応保健委員の見回り」と腕のタグを示した。
「あー…保健委員ってそんなことすんの?」
「そんなことするの」
一成の問い掛けに美海は応じる。
樹はぼんやりと二人の様子を眺めた。
…眺めて、いた…。
「? 高階くん?」
「樹?」
――声が、遠い。
視界が、暗い。…雲が出てきたのか…。
二人が何か言っている…とは、思う。
よく聞こえない。
暑い。
……暗い。
ついさっきまで、眩しかったように思うのに。
バサリと樹の上に何かが乗った。
…ひやりとした、何か。
「高階くん?」
――視界が開けた。
……音が聞こえる。
自分を呼びかける、美海の声。
「……」
…真っ直ぐに、自分を見る…美海。その瞳。
「――ぬを!?」
「なんだ「ぬぉ」って!!」
妙な声を上げた樹に一成は突っ込んだ。
樹は何度も瞬き、僅かに頭を振る。ひやりと頬に、冷たいものが触れた。
「……?」
「お前…大丈夫か?」
一成の問い掛けに…美海の言葉のない自分を案じるような視線に、瞬きを繰り返す。樹は自分の頬に触れたモノを掴んだ。
…それはオレンジ色と黄緑色のチェックの、タオル。
というか、それが巻きついたペットボトル。
何故か冷たい。
「…? コレ…?」
美海が、樹の頬に美海のペットボトルを押し当てたらしかった。
「試合終わったみてぇだけど、どうする? …大丈夫か?」
「あ…あぁ、出る…」
バサリと樹の頭に被せられたのは、美海が被っていたタオル。
被ったままぶるぶると頭を振る。
「これ…」
樹がいつの間に頭に乗っていたらしいタオルを美海へ示す。
持ったままの冷たいペットボトルを美海へと差し出した。
美海はそのペットボトルからオレンジ色と黄緑色のチェックのタオルを外す。
「高階くん、コレちょっとは冷たいと思うから、…しばらく、首に巻いとけばいいかも」
…どうも、ペットボトルの中身は凍っていたらしい。瞬きながらそんな様子を瞳に映す。
「……え?」
「聞けよ、ヒトのハナシ」
美海に聞き返した樹に、一成はまた突っ込んだ。
美海は聞き返されたことに別段気を悪くしたような様子もなく、同じ言葉を繰り返す。
「首冷やすと、体がちょっとは冷えるから」
試合に出るなら、と美海は言った。
「頑張れ」
ひんやりと冷たいタオルと…それを貸してくれた美海の言葉と、優しさと。
「黒川くんも、倒れないようにね」
「おぉ」
二人の様子をぼんやり見る。
美海が、樹へ再び視線を戻した。
「これ…ありがと」
頭に被っていたタオルを美海へと差し出した。
「どういたしまして」
少しだけ、美海が笑う。
美海の言葉に甘えて、少し冷えたタオルを首に巻いたまま試合に臨んだ。
――その効果だったのかはわからない。だが、樹と一成のペアは勝利した。
太陽の下――タオルを被っていた美海は、ずっと。
二人の試合を、見ていた。
「お疲れさま」
「…タオル…」
首に巻いたままだったタオルを示して、樹は言葉を切り出す。
「洗って返すね」
「了解」
美海は頷いて、少し考えるような顔を見せて…バサリ、と自分の被っていたタオルを樹へと被せた。「え」と思わず声をあげた樹に美海は少しだけ、笑う。
「これも、洗ってきて」
冗談めかした口調。
…でも、直射日光が当たらないように、と貸すタオル。
「じゃ…交代みたいだから」
美海と同じようなタグを付けた女の子に視線を向け、美海が歩き出す。
何か言葉を交わし、美海は二人へと手を振った。
恋をした瞬間なんて、わからないけれど。
気になりだした…のは、きっと。
多分、あの時。
球技大会が終わって…二つのタオルを返して。
それでも…なんとなく、見てしまっていた。
クラスメイト以上の会話をしたことはなく、することもなく。
――それでも。
どこからか、好意が恋に変わる。