「俺はエンロのモノだよね?」
木陰で休息…と水分補給…をしている時、一方の男が問い掛けた。
「――は?」
問い掛けに、「エンロ」と呼ばれたフレイルーフは間の抜けた声を上げた。
「…なんだって?」
聞こえてはいたのだが、思わず聞き返す。
聞き返したフレイルーフに男…ラスは繰り返した。
「俺は、エンロのモノ、だよね?」
今度は言葉を区切ってまで、言う。
「……」
フレイルーフは、女だ。
金の髪は風に揺れる金の草原を思わせる、ウェーブがかった長いもの。
目に鮮やかな赤い瞳は、血の色と言うよりも鮮やかな夕日の色。
化粧はしていないが…気の強そうな、美人である。
気の強そうな見た目を裏切らず、フレイルーフは男勝りな性格をしていた。
性格ばかりではなく、傭兵としての腕もまた男勝りであった。
(何を言い出すんだコイツは…)
――過去、似たようなことを言われたことは幾度かあった。
『お前は俺のものだよな?』
疑問形でありながら…絶対的な自信の見える笑みと、不遜な態度。
フレイルーフはそんなことを言った奴は、問答無用で潰してきた。言葉通りに。
そのまま、仮にシゴトを組んでいた相手であったとしても解除し、離別した。
『お前は俺のもの』という言葉に、フレイルーフは肯定などない。
フレイルーフは、フレイルーフのもの。
…だが。
「…お前が、私のモノか?」
ラスの言葉を確認するように、フレイルーフは言った。
ラスが言い間違えていたとしたら即、潰すつもりで。
「うん」
フレイルーフの言葉に、ラスは頷く。…言い間違えていないらしい。
ラスは、フレイルーフが拾った男だ。行き倒れていた。
フレイルーフは決して優しい人間ではない。誰彼助けるような慈善家でもない。
ただ…黒髪に、琥珀色の瞳で…昔飼っていた犬と同じ色だったから、助けた。
名がない、と言った男にその犬の名をやった。
それからずっと、共にいるのだが。
(…変な奴だ)
時折、フレイルーフはラスに対してそう思う。
フレイルーフがラスに名をくれたから…とフレイルーフにも名をあげる、と――フレイルーフに「エンロ」という名をあげる、と言った。
「エンロ」というのはラスがフレイルーフへの呼び名だ。
ラスしか呼ぶことのない、フレイルーフの名だ。
フレイルーフは、その言葉の意味を知らない。
「…お前の命は、お前のもの。私が担うイノチじゃない」
「うん、俺が死のうが生きようが、それは俺の腕次第だよね」
当然だ、と言わんばかりにラスは頷く。傭兵であるフレイルーフと、その傍にあるラス。だが、フレイルーフにラスを守れ…という意味はないらしい。
フレイルーフは瞬いた。睫毛は髪と同じ、黄金色。長く、影が出来そうだ。
「…なんなんだ?」
意味がわからず、ラスを見つめた。
赤い瞳に見つめられたラスは、指先をフレイルーフと重ねる。
「落し物を拾って、落とし主が現れなかったら拾った人のモノ」
琥珀色の瞳で真っ直ぐにフレイルーフを見つめ返し、ラスは続ける。
「…俺が『何』であっても…俺の帰る場所は、エンロの傍でいい?」
「………」
――琥珀色の瞳。
昔飼っていた犬と同じような…瞳。
真っ直ぐに、フレイルーフを見つめる。
僅かに不安そうな色の見えてきたラスの表情に、フレイルーフはひとつ息を吐き出した。
くしゃりとラスの髪を撫でる。
硬そうに見えて案外柔らかな髪質も、犬のラスと手触りが似ていた。
「…お前は、私のモノだ」
フレイルーフの呟きに、ラスは瞬く。
少しだけ、フレイルーフは笑った。…僅かに苦笑めいた笑みではあったが。
ラスは瞬きを繰り返し…おそらく、フレイルーフの言葉を自分の中で繰り返し…ふわりと笑みを零す。
嬉しそうに、幸せそうに――甘く。
「――俺は、エンロのモノ」
自らに言い聞かせ、フレイルーフへも告げるようにラスは言った。
フレイルーフの腰まで届きそうな長い髪を指に絡め、そっと口付ける。
「エンロだけの、モノ」
髪に口付けて目を伏せていたラスはそう言うと目を開き、視線をフレイルーフへと向けた。
――まるで、『光』を見るように。