「いかなきゃいけないんだ」
「……」
ひどく、辛そうに男は言った。
白銀の髪と、瞳。
黙っていれば冷たく鋭い印象になるのだろうが、喋ればカルイ。ついでに恰好が無駄にハデで、アヤシイ。できれば近寄りたくないタイプだ。
そんな男は今、覇気がない。
雪が舞う中、自分の吐く息が白い。
「あ、そぉ?」
「うわ、軽っ!!」
ざっくりした物言いに、男…セッカはいつものようなカルイノリに見える反応を見せた。
『いつも』とは言っても、知りあって…ひと月までいかない。出会って半月くらいだろうか。
「ここは『なんで?』とか『どうして?』とか切り返すトコロデショーッ?!」
「それこそ『なんで』だけど」
はっ、と若干嘲笑うような笑いが漏れた。「ひでぇ…」とぼやくセッカはうなだれる。
「……『なんで』?」
ため息まじりに、しょうがなく切り返す。
言葉を零す度、吐息が白く染まる。
寒い。この寒さは、決して嫌いではないけれど。
「――実は星に帰らないといけなくて」
「ソーデスカ」
「フツーにスルーッ?!」
いちいち騒ぎ立てるセッカにため息が漏れる。また、息が白い。
セッカは騒ごうが喚こうが…白い吐息が漏れることはない。
「オレ、超! 大・告・白!! したのに!!!」
「…あんたが地球人ってほうが理解に苦しい…」
ぎゃーぎゃー文句を垂れるセッカにまた、ため息が漏れた。セッカと話をしていると、どうしてもため息が増える。
「…それでも」
ふと、セッカが静かに言った。
雪は止まない。今も、降り続ける。細かい雪はしんしんと、音を吸い込みながら降る。
「…それでも、ハルカは付き合ってくれた」
「…無視しても喋りまくってたじゃん」
「そういう説もある」
HAHAHAと胸を張るセッカ。イラッとしてくる。
「――嬉しかった」
「………」
何か、じわりと思いが広がるような声だった。
…認めたくはないが。
――出会ったのも、こんな夜で。
雪が降る…静かな夜で。
独りの、夜で。
「…――」
――寂しさを、打ち払ってくれた。
セッカが一歩近づく。ハルカは一歩下がる。
「…ナンデ逃げるの」
むぅ、とむくれるセッカに「…本能的に?」と応じる。
セッカがまた近付いて、ハルカはまた離れて。
「…逃げられると追われたくなるのもまた本能…」
「え゛」
セッカの一歩が大きくなった。
本格的に逃げようとしたハルカだが、遅い。
ガッツリ手首を掴まれる。
「…ここは叫ぶところ…?」
「ソレ訊いちゃう?」
セッカはくくくと低く笑った。
その笑いは獲物を追いつめた肉食獣のようだが、ハルカの手首を掴む力は強くはない。…痛くはない。
だからだろうか、振り払おうとも思わない。
しんしんと雪が降る。
「『オレ』を認めてくれて、嬉しかった」
セッカの静かな声は、ハルカに届いた。
きんとした空気の中…雪は降り続ける。
「――ありがとう」
ハルカの指先に、頭を垂れたセッカの唇が触れた。
ハルカが文句が言おうとする前に…その声を最後に、セッカは姿を消す。
吐息を白く染めることのないまま…ハルカの指先に触れるだけの口付けを残して――結局、セッカが『何』かわからないままで。
「…最初も最後も…」
ポソリとハルカはぼやいた。