砂倉居学園モドル

お待たせしました

 今日は、大切な人の結婚式だった。
 大切な――高校時代からの親友の。
「夏鈴ちゃん」
 呼びかけに夏鈴は振り返る。
 ――もう一人の、大切な人を見つめた。
 今日、式を挙げた人…その、双子の弟。
「みちるさん」
 夏鈴の親友…かおるを大切に想う――想っている人。
 ずっと、想い続けている人。
「今日はありがとー…って、ぼくが言うのも変なのかな」
 ふふ、と笑うみちる。
 夏鈴は胸がぎゅっとした。

 顔が見られない。
 思わず、みちるに背を向ける。
「いいえ…呼んでいただけて嬉しかったですわ」
 当然ですけれど、と強気の発言も続ける。
 そんな夏鈴にみちるは「そうだね」とまた笑った。

「…」
 沈黙が広がる。
 二人きりのこの場所に、みちるが近づいてきたのがわかった。

「夏鈴ちゃん」
 ――足音が近付く。
「はい」
 意味もなくネックレスを指で構った。みちるの顔が見れない。
 ――かおるを想っている人。
 今日の式を、どんな思いで見ていたのだろう。参列していたのだろう。

「まだ、ぼくの特別候補でいてくれる?」
「え」
 続いた言葉に思わず声を上げた。振り返る。
 目が合うと、みちるは笑った。
「――まだ、ぼくの特別候補でいてくれてる?」
「……」
 夏鈴は大きな目をパチクリとしてしまった。
 頭の中でみちるの言葉を繰り返し、「え」とまた声をあげてしまう。
 何故今、そんなことを。…どうして今、そんなことを。
 そう思いながらもまた、みちるに背を向けた。

「…当然、ですわ」

 あの日――砂倉居学園を卒業をした時の祝賀パーティ。
『みちるさんの“特別”になりたいんです』
 そう、みちるへと告げた。
『諦める気は全くありませんが』
 ――そう、みちるへと告げた。
 今も、それは変わってない。

 ふわり、と夏鈴の背から何か触れた。
 いや…
「なら、よかった」
 …抱きしめられた。
 耳元で響いた声に夏鈴は目を丸くしてしまう。

 手を繋ぐことはあった。
 …けれどそれは、友人同士のような触れ合いで。
 みちるは夏鈴の肩を抱くことや――夏鈴を抱きしめることはなかった。

「お待たせしました」

 声の近さに夏鈴の体温が上がる。
 体全体に熱が広がる。

「…ぼくの“特別”になってください」

 夏鈴は呼吸が止まるような錯覚がした。
 声に。言葉に。――体温に。

 夏鈴はふ、と息を吐き出す。
 返事は、決まっていた。

「――はい…」

 夏鈴の返事にみちるは息を吐き出した。吐息が夏鈴の耳をくすぐる。
「…ありがとう…」
 言いながらみちるは夏鈴の前で指を組み、夏鈴を腕の中に閉じ込めた。

砂倉居学園モドル