言葉モドル

違う二人

 チャイムが鳴った。
 今日の授業はこれで終わりだ。
 クラス毎のホームルームが終われば、拘束時間は終わって放課後になる。
「鈴木先生〜っ!」
「ん?」
 呼びかけに数学教師、鈴木一郎は振り返る。
 身長は170を超えるくらい。黒髪は短く、某野球選手と同姓同名だったりするが、別段スポーツが得意なわけではない。
『どっちかってーと、ナニか見本に書いてある名前みたいだヨネ』
 …とか、とある生徒に言われた。
 歯に衣着せぬ物言いに思わず苦笑したことがある。
「ねぇねぇ、分からないトコロがあるんだけどー教えてー?」
 言いながら腕を絡めてくる女生徒。
 鈴木は絡んだ腕をするりと外した。
「悪いな、今日は職員会議だ。明日の授業前に教える」
「えー…」
 不満そうな顔の女生徒に「悪いな」と繰り返して、鈴木は数学準備室に向かった。
 追ってこないことを視界の隅で確認して、そっと息を吐く。
 生徒に好かれるのはいいのだが、色恋的そーゆー意味での好意…による行為…は少々困る。今のご時世的にも、色々ウルサイことだし。
 …と。
 鈴木は数学準備室に入る寸前、見覚えのある後ろ姿を発見した。
「牧村妹」
「……ん?」
 呼びかけに一人の少女が振り返った。
 ポニーテールにした髪がさらりと揺れる。
「ナニかお呼びで?」
 僅かに首を傾げる牧村美波みなみに鈴木は問いかけた。
「今日は活動するのか?」
「え? …あぁ、一応やる方向です」
「随分曖昧だな、おい」
 美波は『バドミントン同好会』の発起人であり、一応リーダーとなる。
 鈴木は同好会の顧問教諭だった。ここでもまた『一応』がついてしまうのだが。
「だって気分次第デスカラ」
「…アバウトだな…」
 鈴木は思わず漏らす。美波はビシッとVサインを額に当てた。
「それがバド同好会☆」
「…そうか」
 再び、息を漏らした。
 なんなのだろう、この適当なカンジは。
 …まぁ、これが彼女なのだが。
 鈴木はそんなことを思いつつも「怪我はしないようにな」とだけ言葉をかけた。
 同好会の顧問とはいえ、正直やることはない。
 美波に「やってくれないか」と言われ、ある意味名前を貸した…というような状態だ。今のところ問題などもない。

 数学準備室に入り、先にいた同僚…先輩教師中津に頭を下げる。
 職員会議の準備をしつつ机の整理をした。
 そろそろ会議室に向かうか、などと思った鈴木の耳にノックの音が届く。
 中津が「おー」と声を上げ鈴木が視線を向けると、ポニーテールの少女が姿を見せた。
 鈴木の方がドアに近い。しばらく少女の顔を眺め「中津先生か?」と問いかけた。
「あ、はい」
 頷いた少女に、鈴木は「牧村姉です」と中津に声をかける。
「お? あ、おお」
 鈴木の呼び掛けに中津は少しばかり慌てたようにして応じた。
「中津先生、こちらなんですが…」
 鈴木は中津の様子を横目で見る。
 少女はつい先程まで鈴木と話していた――バドミントン同好会のリーダーである美波ではない。
 美波の双子の姉である美海よしみである。
 一卵性の双子で外見が似ている上に、ポニーテールという髪型もお揃いで、関わりのある学生や教師でも飄々とした美波と淡々とした美海…と口を開けば違いはわかるのだが、パッと見ただけでは判断が難しい。
 …難しい、のだが。

「ありがとうございました。失礼しました」
「おー」
 美海が退室し、しばらくすると中津はくるぅりと鈴木へと視線を向けた。
 ちょうど顔を上げた鈴木と、中津がバッチリ目が合う。
 あまりにもパッチリ目が合い、鈴木はちょっとばかり身を引きそうになる。…どうにか耐えたが。
「鈴木先生、よく牧村の姉だってわかりましたね」
「へ?」
 中津の言葉に鈴木は瞬いた。
 美波と美海はクラスが違い、数学担当の教師が違う。
 鈴木は美波のクラスの、中津は美海のクラスの数学担当だ。美波と関わるのは鈴木、美海と関わるのが中津…となる。
「なんか口開く前に分かってましたよね?」
 続いた中津の言葉に再び瞬いた。
「……えぇと?」
 そうだったか? と鈴木は思い返す。
(――そうだったか、も?)
「いやぁ、すごいですなぁ」
 感心する中津に「いやいや」と言いつつ「おや?」と思った。
(……見わけ…つかない、のか?)
 あれ? と思った。
 顔立ちは確かに…双子だから当然かもしれないが…似ているが――。
(違う、よなぁ?)
 鈴木は一人、そんなことを思う。
 一目見ただけで美波と美海とを見わけることが出来ているのは、今のところ親しい友人…そして美海と付き合っている少年くらいだということを鈴木は知らなかった。

 数学準備室を出て、再びポニーテールの後ろ姿が鈴木の目に映る。
「牧村妹」
 呼び掛けると、少女は振り返った。
(――ほら、違う)
 鈴木は心の中で中津へ訴える。…この場に中津はいなかったが。
「ナニか?」
「ホームルームはどうした」
 今はまだ、ホームルームの時間だったはずだ。
 鈴木はクラス担任を持っていないからさっさと会議室へと向かうところだったが…学生は本来なら、まだ廊下にフラフラしているような時間ではない。
「……聞こえないデス」
 小さく呟いて耳を塞ぐ。
 鈴木はそんな美波の頭を軽く小突いた。

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