『忘れる』ということは『神』が『人』にくれた最大の『贈り物』なのだそうだ。
――そう言っていたのは、誰だっただろう…。
みちるは背中に『重み』を感じた。
(ああ、そうか)
みちるはしばし考えた後、納得する。
(これから買い物に行くのに、リュックを背負ってるんだ)
12月。
既に中旬となり、多くのデパートやスーパーではクリスマスソングがガンガン流れ出す頃…物語は始まった。
昨日の雨はすっかり雪に変わり、薄く氷の張った上にそれが降ったものだから、よく滑あること滑ること…。
みちるも、そんな『滑る』人間の一人であった。
「っだーっ!! 何か腹立つっ!!」
そう叫んだ後、自分の声が淡雪に溶け込むような感覚がして、みちるは空を見上げる。
…特に、意味はなかったのだが。
(なんか、白い馬が雪ばらまいてそー)
そこでなぜ馬が出てくるか。それは昨日、競馬の生中継をみたせいであろうか。
みちるが「結構早くいくんじゃないかな?」と思っていたのは最後の方ではもう、どん底なみな順位で。もし馬券を買っていたとしたら大損であったことだろう。
そして見事に優勝を勝ち取ったのは白い、たてがみの馬…イーモーなんぞというふざけた名前のヤツで。
「って、んなこたどーでもいーんだっ!!」
目的の家にはまだ遠い。ちゃっちゃと行かなくては。
…と。
ピュルルルルルルルルル ピュルルルルルルル…
突然、鳥の鳴き声のような甲高い音が道に響き渡った。
なんだろう、とみちるは考える。『耳元』というか…かなりの近さでその音は鳴り響いているようなのだ。
そして、思い出した。
みちるは慌てる。
(そうだ、これはリュックなんかじゃなくて、携帯電話だ!)
現在、携帯電話は60gから70gであるが、これは『型』が古く、黒光りするそれは公衆電話に肩紐をつけて持ち歩いているのと同じように見えた。
(これ、取りづらいんだよ〜)
受話器をまさぐりあて、どうにか取る。
「はい、もしもし」
「よっ」
電話越しに、みちるが目的地としている家の住人…富士原光の声がした。
「光にいさん!?」
半ば疑問形な声をあげると、みちるはどうして光の家に向かおうとしているのかを思い出した。
「かおるのクリスマスプレゼント!」
「? これから買いに行くんだろ…って」
光の声が、申し訳なさそうに小さなものとなった。
「わりぃ…。ちょっと、用事ができちゃって」
「え? 一人で行けって?」
みちるの声は少し弾んだ。
ちなみに一人で行けと言われても一向に構わない…下手をすれば嬉しいみちるだったりする。
「おいおいおいおいおい、決断はえぇよ。違う、違う」
光の苦笑しているであろう様を思い浮かべることができる。
「遅れるのー?」
だったら…
「だったら来るな、とは言わねぇよな?」
光はそう、意地悪そうにささやいた。
「抜け駆けしようったって、そうはいかないぜ?」
「ア、アハハハハハハハ」
みちるは笑ってごまかす。
(自分のみ)かおるの好みの物をあげて、好感度UP! という、密かな作戦だったのだが…うまくはいかないらしい。
付き合いは当然、自分のほうが長いのだが…。かおるは『光がくれたもの』というだけでとても喜ぶのだ。少しくらいハンデがあってもいいではないか。
(ち、僕の心読みやがって…)
心の中で舌打ちしてしまう、微妙に品のないみちるである。
「じゃ、また後で連絡ちょうだいね」
そう言うと、みちるはちゃっちゃと受話器を元の場所に戻した。
…うまく引っかかっているかは疑問だったが、とりあえず、歩き出した。