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いち。

 光の言葉通り、適当にぶらぶらする。
 不思議なもので、みちるのある種奇妙な格好を誰も気に止めない。
 まぁ、それほど人とすれ違ったわけでもなかったが。
 その時。
「そこの方!」
 その声にみちるは周りを見渡したが、自分以外に人はいない。
 どうも、この(鼻の下にあるヒゲがチャーリー・チャップリンを彷彿とさせる、なかなか愛嬌があるといえる)おやじさんはみちるに声をかけたようだ。
「僕?」
 そう言いながら、ゆっくりと近づいた。
 今頃気づいたが、『こねこね商店』とかかれた、運動会などで使っていそうなテントの中でそのおやじさんは座っている。
 みちるの言葉におやじさんはこっくりと頷いた。
「そうそう」
 おやじさんは微笑んだ。温かい印象だ。

「福引きをやっているんですよ。やりませんか?」
 福引き。
 おやじさんの座っているいすの前には事務用に使うような木目プリントの長机。
 その長机の上にはガラガラと回す福引きがあった。
 確かに在ったが。
「…こういうのって買い物してなんとか円につき一枚の福引き券がついてきて、それが五枚とか十枚とか集まらないとできないんじゃ…?」
 妙に説明文くさく、かつ長い言葉である。
 そんなみちるの言葉におやじさんは笑顔で応じる。
「ああ、いいんですよ。私が福引きをやってもらいたい人にやってもらっていいと言ってましたんで。どうぞ。やってください」
「ふーん。じゃ、遠慮なく」
 みちるはそう言うと、掴みてをぐっと握った。

 ガラ…
 中に入っている玉か何かが音をたてる。
 風が、吹いた。
 この寒い中、「まあ、春の風ね」なんていう素敵な風が吹くはずがなく、みちるの背骨までも凍らせてしまうような風が吹く。
 その、風に気をとられた瞬間。
 ありえるはずのない現象がみちるの身に起こった。

 グ、と体が宙に浮いたのだ。

「へ?」
 みちるが素っ頓狂な声を出したからといって、誰が彼を責められよう。
「特選大当たり〜!!」
 カラン カラン カラン
 大きな鈴の音(…カウベルというべきか…)、それからおやじさんの声が聞こえた。
(特選大当たり?!)
「どうぞ楽しい時を〜!!」
(楽しい時をって…おいっ!!)
「おろせぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」
 そんなみちるの叫び声も虚しく。みちるの体は確実に浮かび上がっていく。
 『上』とか『下』とかいう感覚がわからない…。

 …と、ここで問題点がひとつ。
 みちるは実は「安定していない場」が大の苦手…もとい、大嫌いなのである。
「ちくしょーっ!!!」
 そう叫ぶと同時に腕を振り上げた。
 …グラッ!
「へ?」
 ゴ――――─ッッッ!!!
 頬に風があたる。ピシピシとあたって、かなり痛い!

 …『上』とか『下』とかいう感覚がわからない。
 自分が今、地に向かっているのか、空に向かっているのかわからない。だが。
「ぎぃえええっっっ!!!」
 もう、日本語ではない叫び声である。
 そしてみちるは思った。
(ぶつかるっ!)
 野生(?)の勘だった。
 何か、なんてことはわからない。
 だが…そう思った。
 そして、みちるは意識を手放した…。

 
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