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に。

「…ん…」
 眩しい光が閉じた瞼越しにも感じる。
 眩しい光が…。

「ってゆーか暑いんだっつのっ!!」
 そうわめきながらみちるは飛び起きた。
 そのときにまず目についたのは団扇うちわである。
「……へ?」

 シンプルな団扇だ。黄色っぽい和紙だけで、絵柄などがまったく付いていない。
 いや、この暑さだ。団扇があることは認めよう。しかし…。

『ア、あの…ダイジョブですか?』
 なぜ、団扇が垂直になっているのか?
 別の言い方をすれば――なぜ、団扇が立っているのか?
『ス、スみません…?』
 そして何より…。

「口が見当たらないのに、どうやって喋ってるんだ?」
 いや、観点はそこか? …個人の自由ではあるが。
『シャ、しゃべるというよりは、プライバシーとイ、イッタほうが近いかもでスが』
「プライバシー?」
 みちるは団扇の言葉に首を傾げる。…プライバシーで会話するというのはどういうことだろうか。

『ア。ソウでした』
 団扇は何か思い出したように呟くと(どこからともなく)ノートがフワフワと登場した。
(いや、このノートは一体どこから…?)
 みちるの心中の疑問は言葉にならない。
『申しワケありませんが、サインをオ、お願いしマス』
「サイン?」
『ええ。このフシギの街にオ、お入りになるのでしョう?』
「不思議の街…?」
 団扇の言葉にみちるは辺りを見渡した。

 『不思議の街・こねこね』
 そう、大きく書かれたアーケードの入り口。みちるは思わず呟く。
「“こねこね”って、なんかヤな名前…」
『ヤ、ヤだといわれてもでスね、ここのソーゾー主がキ、決めた事ですので…ハイ』
「……ふーん……」
 みちるは一度、そう納得しかけた。…が…。
「…あれ?」
『ド、どうかなさいましタか?』
「僕、どうしてこんな所に居るんだ?」
『……エ?』
 みちるの言葉に、団扇はわずかに動揺の様子を見せる(しかし、大きな変化はない)。
「あれ? マジで、どうしてこんな所に来たんだ?」
『ご自分のイシではないのでスか?!』
 団扇の驚きの声にみちるは大きく頷いた。そして頷いたあと、気づく。
「僕、かおるのクリスマスプレゼントを探しに行くところだったじゃん!!」
 光にいさんと!

 考えて、考えて、考えて。やっと、はっきりとした記憶がよみがえる。
「そうだ、福引き!」
 チャップリンもどきのおやじさんに言われるまま福引きをまわし、風がふいて…それで、ここに着いた…のか?
「ここ、どこだよ?」
『イ、イヤ…先程言わせていただきましたように、フシギの街、こねこねデス』
「そこでボケをかますなーっ!!」
 ビシッ!!
 団扇を思い切り殴る。

 ヒヨンッ

 妙な効果音と共に、団扇が倒れ、即行起き上がる。
『ボ、暴力へんたいデスッ』
「変態っ?!」
 なんだそれはっ!!
 そういってもう一度殴ると

 ミヨンッ

 微妙に効果音が変化し、またもや即行起き上がった。起き上がりこぼしのようである。
『キヤアッ』
 まだ『キャーッ!!』のがいい、とか思ってしまうのはみちるだけであろうか。
 ともかく。しばらく団扇で遊んだ(?)あと息を大きく吐き出した。
「で、どうやったら帰れるの?」
『帰ると、イイ、ますト?』
「福引きをやったらここに連れて来られたの! どうやったら元の場所に帰れるかって訊いてるんだよ!」
『エ、ええト』
 みちるの勢いに負けそうな団扇である。
「ええと?」
 たとえ一言でも聞き逃してたまるか、とみちるは神経を耳に集中させる。
『オヤブンにお願いすれば、帰れるかと思いますガ』
「親分?」
『ハイ。風起こしのオヤブンでス。偉大な力をお持ちでスよ』
「親分、ねぇ。特徴は?」
『優しくてイイ方でスよ。頼めば必ずというほど、連れて行ってくれまスよ』
「…いや…」
 普通、特徴といったら見た目のことじゃないか? とてつもなくでかい団扇だとか、大きい団扇だとか、でっかい団扇だとか…。
(…大きい団扇だとしか想像できない…)

『ワタシ達とは全く違いマス。一目でわかる偉大な方ですヨ』
(“達”って?)
 みちるは微妙な疑問を感じていた。…と。
『デハ、こちらへサインをオ、お願いしマす』
 団扇がそう言うとまたもや、みちるの前にノートがフワフワと揺れた。
『オヤブンは街の中にいらっしゃいマス』
 どうも街に入るにはサインが必要らしい。みちるは渋々サインをする。
「本当に帰してくれるんだろうなぁ?」
『アマリにも態度が大きいと…いかがでしョう?』
「何? 僕の態度がでかいと言いたいわけ?」
 団扇、だんまり。
(僕の態度がでかいといいたいわけね…)
「ほんじゃな」
 そう言うとみちるはアーケードにゆっくりと足を踏み入れた。
『いってらっしゃいませー。よーいーたびぃヲー♪』
 団扇、なにげに歌ってお見送り。

 シャラ シャラ シャラ …
 光の音が聞こえればこんな感じだろうか?
 温かくて不思議な感覚がみちるの周りに広がる。
 3枚着ているのがいけないのか、とみちるはとりあえずコートを脱ぐ。
 気分的に涼しくなり、今度は光がみちるの目前を閉めた。

「うっわー」
 感嘆の声。なぜかというと…
「○ザエさんの家の近所みたい…」
 みちるが出た場所にアニメの“サ○エさん”の家の近くのような風景が広がっていたからだ。しかし、なんで突然こんな所に出たのだろう?
 振り返ると、塀に穴があった。
 みちるがぎょっとしているとみるみる穴がなくなり…穴が埋まった。
 そっと、その塀に触れる。
 本当に穴があったのか、というくらい普通の塀がそこにあった。

 
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