どーん。
「……」
しばらく歩いた。
本当に普通の(サザ○さん風味の)街で、特に不思議なところなどなかった…のだが。発見してしまった。
唐突だが、みちるは日本史が好きだ。
特に家の形(書院造りとか寝殿造りなど)を見たりするのが、最高に好きだったりする。
みちるの目前の前に現れたのは、家。
いや、『家』と言うよりは『建物』とか『屋敷』と言ったほうが正しいか。
しかも、平安時代の寝殿造りの建物だ。
(親分とやらはぜーんぜん分かんないし、ヒマだし…)
中に、入ってみようか。
…みちる、かなりの楽観主義である。
先程までの慌てぶりは一体どこへやら。
みちるは既に、中に入る気満々である。
まるで『入ってくれ』と言わんばかりに大きく開かれた総門。
見張りの人…係員というか受付の人がいたわけではないが、みちるはゆっくりと足を踏み入れた。
寝殿造りの特徴に、庭に池があることが挙げられる。
足を踏み入れた瞬間、水の流れる静かな音がみちるの耳に届いた。
大きい池がみちるを招く。
がんばれば飛び越えられそうな川には朱色の橋が架かり、それの上をキシ、キシと音をたてつつ渡った。
みちるの右前方に主人の住むという立派な『寝殿』。
右側には家族の住むという『対屋』。
まずは対屋を覗いてみようか、とみちるは足を進めた。
…と、その時である。
「これ、待ちや」
凛とした美しい声が響き、池に吸い込まれた…ような気がした。
え? と、みちるは辺りを見渡す。声の主を探した。
「…気のせいかな?」
確かに、聞こえたような気がしたのだが。
「これ、此処じゃ」
もう一度、声が響く。
そして、水の流れる音が世界を支配する。
「…どこ?」
簾がふわりと揺れる。
(あそこ…かな?)
「こちらへ来や」
みちるの予想は当たったようだ。
簾の向こうから声が聞こえ、揺れて動いた隙間から服の緑が見えた。
新緑の、緑。
みちるはゆっくりと近づいた。
すると、簾があがった。
…そこに立っていたのは、女性…らしい。
長い髪。その髪は烏の濡れ羽色よりもなお深く、輝いている。
「そなた、何故、ここに踏み入った?」
変案時代の女性は顔を見せないようにする、というのが当然だった。
それに倣っているのか、みちるから女性の顔が見ることはできない。
「ご、ごめんなさい」
顔が見えないというのに、どことなく威厳のある女性は、その対屋によく映えた。
まるで絵のようにしっくりとする。十二単を着ているせいだろうか。
みちるの見た新緑の緑は、女性の着物の色だったようだ。
「人がいるとは思わなくて…」
ドキドキしながらみちるは言葉を続ける。
怒られるのだろうか?
そう思ったが、怒られても文句は言えない。『人がいないだろう』と判断し、勝手にこの屋敷に入ったのはみちるなのだから。
『クス』
…風に溶けてしまいそうな笑いが、みちるの耳に届いた。
顔を上げると簾は完全に上がり、女性は扇を広げ顔を隠している。
(今、笑った…?)
「そんなに恐れずともよい。そなたを叱るために声をかけたわけではないのだから」
女性の言葉に、みちるは心底ほっとした。
その人は『誰か』に似ている気がする。この人に叱られたらひどく気持ちが沈みそうだ。
「じゃ、じゃあ、僕、帰りますね」
『親分』だかがいなければ帰れないらしいが。
「勝手に入っちゃって…。すみませんでした」
みちるはぺこりと頭を下げ、早々にここから立ち去ろうとする。
「待ちや」
…立ち去ろうと、した。
みちるは声の無視を見つめる。
女性は、言った。
「我が家に勝手に入った罰じゃ」