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5,9月3日/朝も早よから

 かおるはがばりと起き上がる。
 いつの間に寝てしまったのだろうか。
 ――見たくもない夢を見てしまった。
「……」
 瞳が潤んでいるのが自分で分かる。
 かおるは浅い呼吸を繰り返した。
 …いやな、夢。
 毎日気を使うために――気を使って、どっぷりと眠るために、気持ちだけでも男になろうとしているというのに。
 …男を演じようと、決めたのに。
 ――初日から、夢を見た。

 思い出したくない…思い出したくない。

 かおるは心の中で繰り返し、こめかみに指を添えた。
(会いたい。――会いたい)

「…っ、光」
 また涙がこぼれる。
 ――泣いたら、だめだ。
 そう誓ったのに…。
 その時、
「お、おはようー」
 みちるの声がした。

 

 あー、よく寝た。
 そう思い、みちるはぱっちりと目を開けた。
 しかしいつもと景色が違う。
「…?」
 ぼーっとしているみちる。しばらくして、やっと思い出した。
(そうだ、砂倉居学園に転校してきたんだ)
 そして昨日の出来事をどんどんと思いだしていく。
(小河先生の部屋に行くために廊下を歩いていて、警備員に見つかって…。あ゛り?)
 そしてみちるは『部屋に戻った』という記憶がない。
 おそるおそるあたりを見回す。…いた。

「げげげ…」
 みちるのすぐ隣にすやすやと(寝顔だけなら(?)天使の)夏鈴が眠っていた。
(今、今何時?!)
 時計を探して首をぶんぶんと振る。
「あった!!」
 そう言ってから口を両手でふたをして、夏鈴の顔をまじまじと見た。
(よかった。起きてない)
 みちるは目が悪いのでベッドからそーっとぬけだし、忍び足で時計を見にいく。
(5:52。げっ、あとちょっとで起床の時間じゃん!)
 みちるはその時、夏鈴のことなど頭になかった。
 みちるはかおるの待つ部屋へ孟ダッシュで走っていったのである。
 ちなみにみちるは特に足が速いというわけではない。どちらかというと…とろかったりするのであった。

 

「みちる…?」
 かおるきれいな顔が、…瞳が、赤く色づいている。
 そのことに気付き、みちるはぎょっとした。
「ど、どーしたの?」
 みちるは朝帰りだという事実も忘れ、かおるにとびつく。
「もしかして夢、見た? 大丈夫?」
 問いかけるみちるの目は真剣だ。
「みちる…」
 みちるは「何?」と答えようとしたが、できなかった。

 すっぱーん

 みちるのほっぺはいい音をたてた。
 かおるはみちるのかわいい(?!)顔をひっぱたいたのだ。
「い、いったー…」
 本当は音のわりに痛くなかったのだが、突然だったので思わず呟いてしまったみちるである。
「――このたわけ者っ。朝までどこで何をしていたっ!」
 かおるは言葉を続ける。
「『早く帰る』…って、――昨日…言ってたじゃ…言ってたじゃない…か…」
 そう言った途端、かおるはぼろぼろと涙を流す。
「みちるのせいだ…。光の夢を見る…なんて…」

 ――それは、完璧な八つ当たりであった。
 だが、みちるは優しい瞳でかおるを見つめ、かおるが涙をふこうと腕を伸ばしたときにぐいっと引き寄せた。
「…ごめん」
 みちるは片方の腕をかおるの肩にまわし、もう片方の腕でかおるの頭をなでなでとさする。
 …まるで恋人を慰めるの図、だ。
 2人の身長はあまり変わらないので、かおるはみちるの肩に顔を押し付ける。

「…うそつきみちる」
 そして一言そう、呟く。
「うん」
「ばかみちる」
「――うん」
 かおるが文句を言うたびにみちるはただただ『うん』と、答えるのみだった。
 しばらくすると気がすんだのか、顔を上げる。
「気がすんだ?」
 にっこりと笑いながらみちるは腕を放す。
「ん…」
「顔、洗っておいで。昨日のことはそれから話すから」
「うん」
 かおるは素直にみちるの言うことを聞き、洗面所に向かった。

 

 かおるが洗面所に向かってからみちるはぎしっとベッドに座った。
 ふぅっ、と浅くため息が出る。
(あの人でなければやはり…だめか?)
「早く…早く帰ってきてください…」

 かおるが可哀想だ。――あなたを思って、あなただけを想って。
 昨日の昼間にかおるが取り乱したときに思ったことを今度は声に出して唱える。
「かおるのことは…あなたでなくては認めないのだから」

 

「………」
 かおるは顔を洗って一つ、ため息をついた。
 …こういう時のみちるはとても優しいと思う。――女好きだが。
 かおるが泣くと抱きしめて、だまって八つ当たりを聞いてくれる。
 本当は弟なのにこういうときはかおるにとって『兄』のような存在になる。
 …光と出会うまで、この役をみちるかやっていた。
 光と出会ってからは光がこの、泣いたときの『落ち着かせ役』をしていた。
 ――しかし、その役目をやっていた光は…

 
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