富士原光。
かおる、みちるのはとこにあたる。2人の親戚でもある。
2人の父親と光の父親兄弟同士で仲が良かった。そして今でも仲が良い。
光が生まれた時にかおるとみちるの父親が『女のが生まれたら婚約させてしまおう』と言い、光の父親も賛成した。
つまり光とかおるは婚約者同士なのだ。
光はかおる達より4歳年上の19歳。
――来年には、入籍するはずだった。
突然の連絡は、今年の5月のことだった。
りりりりりん りりりりりん りりり…
「はい、もしもし五条でございます」
かおるとみちるの母、爽子。
2人はまだ高校にいる時間。――いやな空模様の午後3時のことだった。
「あら、静児さん。どうかしたのですか?」
こんな時間に…と付け加える。
話は進んでいった。爽子は「ええ」と相づちをうっている。
話が進むとどんどんと爽子の顔色が青くなっていく。
「そ、それは本当ですか?!」
おろおろとしながらももう一度聞き返す。
「ひ、光さんが…」
唇がふるえ、うまく言葉が出ない。
「光さんが行方不明だというのは」
電話の向こうからの声。これを夢だと思いたかった。…娘のかおるのためにも。
「今からいきますわ。お気を確かに!!」
光は海外ボランティアに参加していた。
オーストラリアに行ったのだが、そこで行方不明になったのである。
かおる達は学校から下校しようとしたときに車に乗せられ、車内でそれを聞いた。
かおるはその時は信じなかったが、現場の血液検査の結果――争った後があり、床中には赤黒い物がこびりついていた――からそこで『何か』が起こったことを信じることを余儀なくされた。
…その目で、現場を見て。
床中に広がった、赤黒いものを見て。
――それからしばらくの記憶がかおるにはない。
けっこうな大事があったようだが、それすらも覚えていないのだ。
…今、見る夢。
大切な人がいなくなると連想させる夢。
――だから、かおるは夢を見たくない。
疲れるために、男に見せる。…男を装う。
夢を見ないために男になる。
夢は大抵、光の夢だ。
かおるは夢を見たくない。
――かおるは夢を見ないために『男』になったのだ。
かおるは何度も顔を洗う。
(まだ目が赤い。どうしよう…)
しかも…
ふぅ、とため息をついてから、かおるはほっぺを叩く。
「た…」
声が漏れる。
…涙は流さない、そう誓ったのにさっそく泣いている自分に腹が立つ。
「気合いを入れろ。お前は男だ」
鏡の自分に向かって睨み付ける。
そう言ってかおるは洗面所から出て行った。
「さ…て、みちる、昨日のことを話してもらおうか」
みちるは内心、自分の姉…かおるがかなり心配である。
大丈夫だろうか、無理はしていないだろうか。
――赤い目の色が痛々しい。
「うん。実はさ…」
みちるは夏鈴との計画以外はきれいさっぱり、全部話す。
警備員に見つかったこと。夏鈴に助けられたこと。そして何だかんだ言って小河氏の部屋には行けなかった(行かなかった?)こと。
「…ということなんだ」
「よ」と続けようとしたが、「よ」を言う前にチョップをくらう。
…今度はさっきと違って結構痛かった。
「ひどい! ボクを殴るなんて!!!」
みちる、ナルシスト入っているバージョン。
殴られた方のほっぺをさすりながら腰は低く! …悲劇のヒロイン状態である。
「ば・か・た・れ!」
ベッドに座る。ふわっと少し下がる。
「ちょっかい出すなみたいなことをいってくるんじゃなかったのか? だから行かせろ、と言ったよな?」
目をじーっと見つめながら言う。みちるはしどろもどろだ。
「え、えぇと…」
(どうしよう?)
やっぱり国語が苦手なみちるである。
「今日! 今日断ってくるから!」
今にもひーっと言う声が漏れそうなみちるである。
顔に手の甲を付け、かおるの視線からのがれようと必死だ。
「もういい」
(目が…こわいっす…)
みちるは内心冷や汗だらだらだ。
かおるはかなりキてるらしい。
「みちるには頼らん。自分で行く」
さっきの涙はどこへ…。
怒りで元気いっぱい(?)なかおるなのだった。
まだ目は少し赤いが――そんな元気な様子を見たみちるはほっとした。
泣かれるよりはずっといい、と。
ところ変わって小河氏の部屋。
「…とうとう来なかったわ…」
一晩中起きていたのか目が赤い…充血している。
手紙というのは警戒心を起こさせるものだったかしら? それとも手紙に気づかなかった?
そう考えて一言つぶやく。
「あら…じゃあ、宿題をやってないのかしら?」
手紙に気付かなかったとすれば…そういうこと、だろうか。
そう呟いて、小河氏はにやりと笑う。
またかおるクンを呼び出す口実が出来ちゃった♡
…宿題をやっていないとかってに決めつけ、次の授業を楽しみにする小河氏であった。
ちなみに、かおるもみちるも宿題をやっていない。
かおるは部屋の掃除、みちるは夏鈴の部屋に侵入していたからだ。
まぁこの2人、勉強は家に戻ってやるものではないという思考持ち主で、学校(教室)で宿題をやろうとしているのである。
りりりりりり りりりりりり りりりりりり
「全校の皆さま、おはようございます。起床の時刻です」
放送がながれる。
今日も一日が始まった。
(…)
ぬいぐるみがぎっしりの部屋。
誰かこの部屋にいた気がしたが、気のせいだっただろうか?
頭の働いていない夏鈴。
夏鈴はいつも遅く起きてくるタイプだった。
昨日のことを思いだしたのはそれから約15分後。それまではじっくりベッドの上でごろごろしていたのである。
思い出してから「なんで置き手紙の一つもないの?!」と腹を立てたが、すぐにおさまった。
(みちるちゃんと2人だけの秘密があったわねぇ。うふふ♡)
すぐ気が変わるのは女のさがなのであろうか?
…小河氏と夏鈴は似ているのかもしれない。
――すぐに機嫌がよくなるあたり。
今日のかおるたちは特に異変はなかった。
明日また、恐怖の(?)古典がある。
一日が終わり、布団に入ってからかおると夏鈴は小河氏に会うことに身構え(?)て眠り、みちるは明日は何が起こるだろうか? といろいろ想像をした。
小河氏の部屋。
明日は何を着ようかしら?
まるで初めてのデートの前日の女の子…もとい、女性の部屋状態である。
服があちらこちらに飛んでいた。
明日こそかおるクンをゲット!!! わたしの恋はスピードが勝負なのよ!
そして握り拳をつくった。
「わたし、がんばれっ」
自分で自分を応援する小河美千代、久々に燃えている(秘)年目の秋である。