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6,9月3日/過去を振り返る(2)

 富士原光。
 かおる、みちるのはとこにあたる。2人の親戚でもある。
 2人の父親と光の父親兄弟同士で仲が良かった。そして今でも仲が良い。
 光が生まれた時にかおるとみちるの父親が『女のが生まれたら婚約させてしまおう』と言い、光の父親も賛成した。
 つまり光とかおるは婚約者同士なのだ。

 光はかおる達より4歳年上の19歳。
 ――来年には、入籍するはずだった。

 

 突然の連絡は、今年の5月のことだった。
 りりりりりん りりりりりん りりり…
「はい、もしもし五条でございます」
 かおるとみちるの母、爽子。
 2人はまだ高校にいる時間。――いやな空模様の午後3時のことだった。
「あら、静児じょうじさん。どうかしたのですか?」
 こんな時間に…と付け加える。
 話は進んでいった。爽子は「ええ」と相づちをうっている。
 話が進むとどんどんと爽子の顔色が青くなっていく。

「そ、それは本当ですか?!」
 おろおろとしながらももう一度聞き返す。
「ひ、光さんが…」
 唇がふるえ、うまく言葉が出ない。
「光さんが行方不明だというのは」
 電話の向こうからの声。これを夢だと思いたかった。…娘のかおるのためにも。
「今からいきますわ。お気を確かに!!」

 光は海外ボランティアに参加していた。
 オーストラリアに行ったのだが、そこで行方不明になったのである。

 かおる達は学校から下校しようとしたときに車に乗せられ、車内でそれを聞いた。
 かおるはその時は信じなかったが、現場の血液検査の結果――争った後があり、床中には赤黒い物がこびりついていた――からそこで『何か』が起こったことを信じることを余儀なくされた。

 …その目で、現場を見て。
 床中に広がった、赤黒いものを見て。
 ――それからしばらくの記憶がかおるにはない。
 けっこうな大事があったようだが、それすらも覚えていないのだ。

 …今、見る夢。
 大切な人がいなくなると連想させる夢。
 ――だから、かおるは夢を見たくない。
 疲れるために、男に見せる。…男を装う。
 夢を見ないために男になる。

 夢は大抵、光の夢だ。
 かおるは夢を見たくない。
 ――かおるは夢を見ないために『男』になったのだ。

 かおるは何度も顔を洗う。
(まだ目が赤い。どうしよう…)
 しかも…
 ふぅ、とため息をついてから、かおるはほっぺを叩く。
「た…」
 声が漏れる。
 …涙は流さない、そう誓ったのにさっそく泣いている自分に腹が立つ。
「気合いを入れろ。お前は男だ」
 鏡の自分に向かって睨み付ける。
 そう言ってかおるは洗面所から出て行った。

 

「さ…て、みちる、昨日のことを話してもらおうか」
 みちるは内心、自分の姉…かおるがかなり心配である。
 大丈夫だろうか、無理はしていないだろうか。
 ――赤い目の色が痛々しい。
「うん。実はさ…」

 みちるは夏鈴との計画以外はきれいさっぱり、全部話す。
 警備員に見つかったこと。夏鈴に助けられたこと。そして何だかんだ言って小河氏の部屋には行けなかった(行かなかった?)こと。
「…ということなんだ」
 「よ」と続けようとしたが、「よ」を言う前にチョップをくらう。
 …今度はさっきと違って結構痛かった。
「ひどい! ボクを殴るなんて!!!」
 みちる、ナルシスト入っているバージョン。
 殴られた方のほっぺをさすりながら腰は低く! …悲劇のヒロイン状態である。
「ば・か・た・れ!」
 ベッドに座る。ふわっと少し下がる。
「ちょっかい出すなみたいなことをいってくるんじゃなかったのか? だから行かせろ、と言ったよな?」
 目をじーっと見つめながら言う。みちるはしどろもどろだ。
「え、えぇと…」
(どうしよう?)
 やっぱり国語が苦手なみちるである。
「今日! 今日断ってくるから!」
 今にもひーっと言う声が漏れそうなみちるである。
 顔に手の甲を付け、かおるの視線からのがれようと必死だ。
「もういい」
(目が…こわいっす…)
 みちるは内心冷や汗だらだらだ。
 かおるはかなりキてるらしい。
「みちるには頼らん。自分で行く」
 さっきの涙はどこへ…。
 怒りで元気いっぱい(?)なかおるなのだった。
 まだ目は少し赤いが――そんな元気な様子を見たみちるはほっとした。
 泣かれるよりはずっといい、と。

 

 ところ変わって小河氏の部屋。
「…とうとう来なかったわ…」
 一晩中起きていたのか目が赤い…充血している。
 手紙というのは警戒心を起こさせるものだったかしら? それとも手紙に気づかなかった?
 そう考えて一言つぶやく。
「あら…じゃあ、宿題をやってないのかしら?」
 手紙に気付かなかったとすれば…そういうこと、だろうか。
 そう呟いて、小河氏はにやりと笑う。
 またかおるクンを呼び出す口実が出来ちゃった
 …宿題をやっていないとかってに決めつけ、次の授業を楽しみにする小河氏であった。

 ちなみに、かおるもみちるも宿題をやっていない。
 かおるは部屋の掃除、みちるは夏鈴の部屋に侵入していたからだ。
 まぁこの2人、勉強は家に戻ってやるものではないという思考持ち主で、学校(教室)で宿題をやろうとしているのである。

 りりりりりり りりりりりり りりりりりり
「全校の皆さま、おはようございます。起床の時刻です」
 放送がながれる。

 今日も一日が始まった。

(…)
 ぬいぐるみがぎっしりの部屋。
 誰かこの部屋にいた気がしたが、気のせいだっただろうか?
 頭の働いていない夏鈴。
 夏鈴はいつも遅く起きてくるタイプだった。
 昨日のことを思いだしたのはそれから約15分後。それまではじっくりベッドの上でごろごろしていたのである。
 思い出してから「なんで置き手紙の一つもないの?!」と腹を立てたが、すぐにおさまった。
(みちるちゃんと2人だけの秘密があったわねぇ。うふふ

 すぐ気が変わるのは女のさがなのであろうか?
 …小河氏と夏鈴は似ているのかもしれない。
 ――すぐに機嫌がよくなるあたり。

 今日のかおるたちは特に異変はなかった。

 明日また、恐怖の(?)古典がある。
 一日が終わり、布団に入ってからかおると夏鈴は小河氏に会うことに身構え(?)て眠り、みちるは明日は何が起こるだろうか? といろいろ想像をした。

 小河氏の部屋。
 明日は何を着ようかしら?
 まるで初めてのデートの前日の女の子…もとい、女性の部屋状態である。
 服があちらこちらに飛んでいた。
 明日こそかおるクンをゲット!!! わたしの恋はスピードが勝負なのよ!
 そして握り拳をつくった。
「わたし、がんばれっ」
 自分で自分を応援する小河美千代、久々に燃えている(秘)年目の秋である。

 
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