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1,片付け

 3月中旬。終業式。
「…それでは、今度会う時も、皆様が元気であることを祈っています」
 高学部長がそう言うと一度礼をした。
 ちなみに高学部長とは、他のところでいう『学校長』である。

 ――ここは、私立砂倉居学園。
 日本でも5本の指に入るだろうといわれる砂倉居財閥の建てた学園である。
 本土…T県から船にゆられて10分の島に、砂倉居学園はあった。
 それゆえ全寮制である。
 幼学部、小学部、中学部、高学部の4つの『学部』から成り立っている。この学園では、世間でいう『お金持ち』の子息達のための教育の場である、といえる。

「それでは、解散してください」
 体育館(兼、講堂)に式進行役の声が響いた。
 …クラスごとに別れて並んでいる中、教師と並んで数名の生徒がクラスごと――つまり、生徒たちのまとまり――から外れている。
 彼らは砂倉居学園高学部生徒会、本部の会長、副会長(男女各1名ずつ)、議長(男女各1名ずつ)、書記2名、会計2名、庶務2名の、計11名である。
 その生徒を…高学部を代表するメンバーの中に、五条かおるとみちるという双子がいた。
 五条かおるは会計。見た目は男のようだが、そう『見せている』部分も多々ある、れっきとした女である。
 父親に似たすっと流れた目で、まっすぐな髪質。髪も瞳も色は漆黒だ。
 その隣に座っているのが五条みちるで、庶務である。
 こちらは母親譲りのくりくりとした瞳もいくらか長い軽くウェーブのかかった髪もパッと見た時にみちるを女に見せたが、こちらはれっきとした男である。
 姉であるかおるにつきあって『性別不明』を演じている(?)のであった。

「終わったー…」
 みちるは小さくのびながら呟いた。
「終わったのは式だけで、まだ片付けがあるぞ」
「ちょっとした幸福感に水を差さないでよ」
 かおるの言葉にみちるはわずかに頬を膨らませて言った。
 そんなみちるの様子にかおるは小さく笑ってから「この程度のことで怒るな」と、頬をつねる。
 体育館の出入り口付近に、生徒の固まりがある。
 式進行委員会の面々だ。
 なぜいるのかと言えば、この体育館にある椅子、机、シートなどを片付けるためである。
 …別名雑用委員会とも言えそうであるが。
 そんなことを言えば『砂倉居学園高学部生徒会本部』という肩書きも『雑用会本部』となってしまうだろう。
「ま、片付けとか別に嫌いじゃないからいいけどさ」
 みちるは立ち上がった。
 …と、その時。

「それは感心な発言だな〜」
 その声を聞いた瞬間、みちるの表情は『げっ』というか…なんとも言い難い表情となる。
 声の主は、議長である大杉圭吾だ。
 みちるが思わず『げっ』という表情をしてしまったのは…大杉が、みちるを『女として』惚れているらしい…からである。
 ある意味、みちるが女であると見せようとしているのだから、その試みは成功しているといえるのだが…『女』として見せていても、みちるは男なのである。言い寄られても嬉しくない。
「アハハハハ。…どーも」
 みちるは笑いながら大杉にそう返したが、双子の姉であるかおるにはわかった。
(口元、いくらか引きつってるぞ…)
 そんな時、体育館に式進行委員会会長の声が響いた。
「残ってくれてありがとう。式進行委員会及び生徒会本部の皆さんは片付けを始めてください」
 言葉が終わると、さっそく椅子に手をだすみちるである。
「じゃ、ここら辺の椅子は任せてください」
 みちるはにっこりと笑って(主に大杉に)言った。
 心の声を示すならば『さっさとここから立ち去ってください』であろう。
「じゃあ、ステージの上をやろうかしら」
 そう言ったのは副会長の1人、浅田詩絵だ。
「あ、手伝います」
 かおるは浅田に続く。…続こうとする。
「えぇっ! かおる、手伝ってよぅ」
「一人で頑張れ」
 ピッと右手を上げ、かおるは今度こそ浅田に続いた。
 …そして。みちるはかおるに『手伝って』と言ったことを後悔した。
「じゃ、俺が手伝うよ」
 …みちるが早々に立ち去ってほしいと願った大杉がそう、申し出たのだから。
 かおるに『手伝って』と言ったこともあり、『結構です』…とも言えない…。
「ア、アハハハハ…」
 みちるは笑った。『自分、バカ?』とか思いつつ、笑った。

「オレも手伝うよ」
 みちるはその声に『二人きりではない!』という希望の光を見出した…気がしたが、あくまで『気がした』だけだった。
「せ、生徒会長…」
 希望の光が完全に見出せなかったのは、そう声をかけてきたのがみちる的に大杉より危険視している存在だったからである。
「ほら、やるならやろう」
 生徒会長…佐野一紀。
 かおるとみちるの共通の友人である笹本夏鈴の『美少年チェック』にチェックされるほど、美少年だ。

 …しかし、みちるだけが知っている佐野の秘密…。
 佐野は、みちるが『男』であると知っていながら、言い寄っている。
 俗に言う、『同性愛主義者』。…ホモ、らしいのだ。
 みちるは少し天井を仰いでから椅子の片付けに取りかかった。
(こうなったら、自分が早々に立ち去るしかないな)
 そう、考えたためである。

「浅田先輩、この花、どこに返すか知ってます?」
 みちるの心情など露ほどにも知らず、ステージの上の片付けをしているかおるである。
「あぁ、ごめん。知らないや。熊谷くんに訊いてくれる?」
 熊谷…確か、式進行委員会の会長だ。
「はい、わかりました」
 熊谷を探そうと、かおるは辺りを見渡した。

「――あ、」
 ステージの下で声がする。
「花の返す場所、わかる?」
 ステージの下から聞こえた『花』という言葉にかおるは反応した。
 声のした方を見つめる。
 …少年が、いた。
 みちるは中性的な感じの『カワイイ』なのだが、その少年は男の子らしい『カワイイ』だった。
 意志の強そうな眉、丸い瞳。
 髪はかおると同様漆黒である。
「いや、わからないんだ」
 かおるの言葉を聞くと少年…高野真はステージの上に上がった。
「僕知ってるから、一緒に持っていくよ」
 隣に並んだ真は…かおるより5cmほど小さな身長だった。


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