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1,パーティ

『お互い、卒業おめでとう!』
 マイクを通して、そんな声が式場に響き渡った。
 そしてマイクを通さず「乾杯!!」という声が同じ声…五条みちるによって、告げられる。
 乾杯! という声がなくなるかなくならないかと同時に、ざわめきが広がった。

 堅苦しい卒業式典ではなく、後輩達…生徒会主催の卒業パーティが始まった。

 時は3月。一週間ほど経ったころのことである。
 この前日、砂倉居学園で卒業式が行われた。

 砂倉居学園とは幼学部、小学部、中学部、高学部の4つの『学部』から成り立つ、世間でいう『お金持ち』の子息達のための教育の場である。
 T県から船にゆられて約10分の島にある、全寮制の学園だ。

 その砂倉居学園でみちる達は無事、卒業式を迎えた。
 壇上から降りて、みちるはかおるのもとへ駆け寄る。
「お疲れ」
 かおるはそう言いながら、みちるにグラスを手渡した。
 グラスとはいっても、注がれているのはアルコールではない。
 腐っても(?)高校生。未成年である。
「ジンジャーエールでよかったか?」
 そんなかおるの言葉と共に手渡されたものに早速口をつけ、みちるは「うん、ありがとう!」と返事をする。
 炭酸飲料だが、みちるは一気にグラスの半分を空けた。
「お疲れ様でしたわ、みちるさん」
 その声に、視線をそちらへと向けた。
 そこに立っていたのは夏鈴である。
「あ、夏鈴ちゃん」
 みちるは名を呼んだ。
「来たんだねー」

 このパーティは自由参加で、強制はされていない。
 しかし参加者は多く、式場には多くの人で賑わっていた。
「当然ですわ。お二人の艶姿をこの目にしっかりと焼き付けませんと」
「…そう言われると、まるでもう会えないみたいだな」
 かおるがボソリと呟くと夏鈴は首をグルリとかおるの方へ向け、
「当然、ちょくちょく会いましてよ!」
 そう、高々と告げた。
 「けれど…」と、夏鈴は小さく吐息を漏らす。
「もう、あの学園に通うこともないのですわね…」
 そんな夏鈴の言葉に「そうだな」とかおるは返す。
 みちるはゆっくりと瞬きをした。天井を見上げれば、落ちてきたら物凄い被害を起こしそうなシャンデリアがある。
「――卒業かぁ」
 そしてしみじみと言葉を紡いだ。

 二人…五条みちるとかおるは、砂倉居学園に高学部1年の、夏休み明けという中途半端な時期に転入してきた。
 転入してきてからいろいろなことがあった。
 一度はこの学園から去ったのだが、なんだかんだで再び転入してきた…という無茶苦茶なこともやった。
 その『再び転入』に関与しているのが夏鈴…こと、笹本夏鈴である。

 夏鈴には(迷惑? な)趣味があった。
 それはみちる・かおる(五条姉弟)の弱味集め…もとい、データ収集である。――今では二人だけではなく、他人自分以外のデータ収集らしい、という噂が無きにしも非ずなのだが。…それはさておき。
 とにかく、夏鈴に言った覚えのない内容(こと)を夏鈴が知っていたり、そのことに関して疑問が投げかけられたり…と、そのデータを一体どこから聞きつけてくるんだ? という少女なのである。
 夏鈴は黒髪の天然パーマで、長さは背の半分を覆うほどだ。
 私生活…というか、全寮、完全私服制の砂倉居学園にてピンクハウスの服で通っていた少女だ。
 そんな彼女の今の服装は淡い青の、シンプルなドレスである。

「夏鈴ちゃん、大人っぽいね」
 どちらかといえば童顔な夏鈴である。
 突然のみちるの賛辞に、夏鈴は頬を赤く染めた。
 そして「大人っぽいのは、かおるさんですわ」と言葉を紡ぐ。

 その言葉にかおるは「そうか?」と僅かに微笑んだ。
 深いワイン色のチャイナ服に身をつつみ、髪をまとめて、首筋を露わにしている。
 夏鈴の言葉と同時に、みちるは少女を…自分の双子の姉を見つめた。
 微笑みは柔らかなものとなり、女の子らしく…というか優しいものになった。
 …きっと、好きな人と幸せなのだろう。
 みちるはそう考えて、少しだけ複雑な表情になった。
 かおるの好きな人は、二人のハトコである4歳年上の富士原光という青年だ。
 そもそもこの学園に転入してきた理由もこのハトコ…かおるの婚約者のせいだったりする。

 光はボランティア活動で海外…オーストラリアにいっていたのだが、二人が1年の5月に行方不明になった。
 混乱したかおるが、どうにか落ち着きだしたのは7月。
 そして、心機一転するためにこの学園に転入してきたのだ。

「? なんだ?」
 みちるの視線に気付いたのか、かおるは首を傾げながら問いかけた。
 その言葉に「なんでもない」と首を横に振りながら応じる。

 かおるはこの学園に転入すると決めたと同時に、背中の半分を覆っていた髪をばっさりと切り、ショートヘアにした。
 ショートヘアで、父に似た顔立ちということもあって男と見間違われることもあったかおるだが、今は肩に触れる程度の髪の長さで、男に間違われることはまずない。

(かおる)
「かおる」
 心中で呼んだ声と、他の誰かから発せられた声が重なって、みちるはドキリとした。
 その声にみちるは振り返り、かおるは視線をそちらへと向ける。
 みちるはもとから大きい瞳をさらに大きくし、かおるの表情は微笑から驚きの表情、そして笑顔に変わる。
「「なんで…?」」
 発せられたのは同じ言葉。
 驚きの声を発したのはみちる、喜びの声を発したのはかおるである。

「光兄さん…」
 その人の名を、呼んだ。

 小麦色の肌、日本人にしては少し色素の薄い髪。
 …間違いない。
 グレーのスーツに身をつつんでいる。
「みちるも」
 かおるの婚約者、好きな人。
 …一部過去記憶を失った、光。
「えぇ…?」
 いないはずの人物だった。


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