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2,夏鈴

「どなたですか?」
 夏鈴はみちるに視線をむけ、訊ねる。
 その問いかけが届いたのか、光が「富士原光です」と応じる。
 その答えに夏鈴は一度瞬きをすると、「まぁ」と言った。
 互いに「初めまして」と頭を下げあい、光の視線がかおるへ向けられると夏鈴はみちるに「お二人にしましょう」と悪戯っぽい笑みをたたえながら言った。
「…」
 夏鈴の言葉にみちるは一度、視線を二人へ向ける。
 そして、瞳を閉じた。
「――そうだね」
 瞳に悲しい色を宿らせたことに…みちる自身は、気付かなかった。

「そういえば夏鈴ちゃん、ずいぶん僕等のこと分かってたみたいなのに、光兄さんのことは知らなかったの?」
 夏鈴の趣味は五条姉弟の弱味探し…もとい、データ収集である。
 てっきり光のことも知っていると思っていた、とみちるは言いかけたのだが。
「存じていましたわ」
 あっさり返される。
「…そ、そう?」
 えぇ、と得意げに答える夏鈴。
「そっか」と返すみちる。
 だったらどうして訊いたんだ? という心の声が聞こえたのか、夏鈴は「社交辞令ですわ」と言葉を続けた。

「あ、会長」
 その声に、みちるは反応しなかった。
 だが、夏鈴はみちるに「呼ばれていらっしゃいますわよ」とみちるに告げる。
「へ? あ? あ、ごめん」
 そんな様子に、みちるに「会長」と呼びかけた人物はくすくす笑う。

 みちるは…いや、みちるとかおるの二人は砂倉居学園高学部の生徒会本部役員を務めた。

 ここで補足をすると砂倉居学園にも生徒会は存在し、その中でも本部というものがある。
 他の委員会はない。ただ、行事ごとに新しい委員会を発足させる。
 生徒会本部メンバーはまず、会長1名、副会長2名、議長2名(それぞれ男子と女子)を選挙で決める。
 それから、その5名でさらに書記2名、会計2名、庶務2名を決める。
 これでメンバーは計11名だ。
 …そして。
 1年の後半から2年まで、みちるは庶務、かおるは会計を。
 2年の後半から昨年の12月まで、みちるが会長、かおるが副会長を務めた。
 夏鈴ネットワーク(?)によると、裏会長はかおるだった、という情報もある。
 ――それはさておき…。

 会話が終わると夏鈴は、
「そういえば…」
 と口にした。
 一度口を開き、閉じて、考えるような表情をする。
「? 何?」
 みちるは首を傾げつつ、言葉の続きを待った。
 その瞳に、先ほどの悲しみの色はない。
 夏鈴は一度瞬きをして、
「…みちるさんが就職なさるという話を伺ったのですけれど…」
 躊躇いがちに問いかけた。
「あぁ。うん、そうだよ」
 躊躇いがちな夏鈴とは逆に、みちるははきはきと応じる。
「就職…とはいっても、まだ正式に職場が決まってないんだけどね」
 え、と首を傾げた夏鈴。
 みちるは説明の言葉を紡いだ。
「派遣会社に登録して、契約社員になるんだ」
 みちるの言葉に「まぁ」と目を丸くした。
「単なる噂ではなかったのですね…」
 夏鈴は頬に手をあてながら呟いた。
 そんな夏鈴にみちるは「前々から訊こうと思ってたんだけど…」と前置きして疑問を投げかける。
「そういう情報って、どこから見つけてくるの?」
 光兄さんのことも知ってたみたいだけど。
 そう言葉を続けたみちるの疑問に、夏鈴はにっこりと、極上の笑みで応じた。
「夏鈴ネットワークですわ
 …と。
 それは人の求める答えではなかったが、それ以上追求することはしなかった。
 ――正確にいうならば、できなかった。
 その微笑みが、恐かった。

「みちるさん」
 話し終わったみちるに夏鈴は、何か意を決したような表情をして名を呼んだ。
「ん? なぁに?」
 みちるは夏鈴の方へ顔を向ける。
 ズイ、と目前に差し出されたグラスに少し驚く。
「お飲みください」
「え?」
「どうぞ。何も入っていませんわ」
 にっこり。
 …その笑顔の裏に何かありそうだ、とか思ってしまうのはナゼなのだろう。
「さぁ」
 みちるは基本的に女の子に弱い。
「あ、アリガト…」
 見た目は白ワインに似ている。
 しかし、アルコールがあるとも思えず…。
(んっ)
 みちるはそれに口をつけた。
「ん〜…?」
 美味しい――白ワインだった。
「…夏鈴ちゃん?」
 どうしてみちるが一口で『ワイン』だとわかったかはさておき。
 みちるは夏鈴に「どうしてお酒(アルコール)があるの?」と瞳で問いかける。
「この世は神秘と謎に満ちておりますのよ…!」
 みちるの瞳の問いかけに、夏鈴はそう応じた。
 …全然、答えになってなかった。
「大丈夫ですわ」
 そう言い切る夏鈴に「何が」と思わなくもない。
 しかし…まぁ、みちるはお酒を嫌いではなので。
 みちるはくいーっと全て飲み干す。
「ん」
 おいしい。
「はい、どうぞ」
「ん」
 普通に夏鈴からの飲み物を受け取る。
 そのグラスの中身は先ほどと同じものである。
「みちるさん」
「んー?」
 なんとなく、いい気分になってきた。

「好きですか?」

 突然の、言葉。
 その言葉には、主語がない。
 しかしみちるは「うん」と答えた。
 そして、瞬時に夏鈴の頬に唇で触れる。
「夏鈴ちゃん、すきだよ」
 ニパッという形容が似合いそうな笑顔で、みちるは言った。

「みちる」
 その呼びかけに、みちるは声のほうへ顔を向ける。
「かおる」
 みちるは笑顔になった。
 かおるは手を小さく上下させて、みちるを呼んでいる。
 そんな様子を見て、かおるのもとへ走り寄っていった。

 そんな後姿を見ながら、夏鈴はゆっくりとみちるの唇が触れた頬に手を当てた。
 それまで固まってしまっていたのだ。
 頬が赤い。――というより、顔が赤い。

 口の中だけで、夏鈴は呟く。
「違います…」
 私ではなく。
 そう、唇がかたどる。
「みちるさん…」
 一度瞳を閉じて、夏鈴は言葉にした。
 瞳に映ったものを見て、確信する。
「…キス魔になるんですわね」
 夏鈴はまた、新しいデータを取得した。

 
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