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3,佐野・大杉

「かーおーるー」
 その呼びかけとともにみちるはかおるの手をとり、唇で触れた。
「…」
 かおるは無言でみちるを見つめ返す。
 ちなみに隣には光が目を丸くしてみちるを見つめていた。
 驚きの表情である。
「なに?」
 そんな光の様子を気づかず(むしろ気にせず?)みちるはかおるに問いかける。

「先輩、いましたよ」
 かおるはみちるのキスに全く動揺せず、視線を変えた。
 かおるのみを瞳に映していたみちるだったのだが、そんな様子に視線の先をかおると同様のものにする。
 …そこにいたのは。
「な…っ」
 みちるは数度瞬きをして、その存在を見つめる。
 ――僅かに酔っていたのだが、その存在を確認して酔いが醒めた。
 そこにはいないはずの人物がいたのだ。

「なんであんた達が?!」
 …と、言った瞬間にかおるから後頭部をいっそ気持ちいい音をたててバシッと打たれた。痛い。
 『年上には敬意を示す』それが二人の父の言葉である。
 …かおるが丁寧に話し、みちるを驚愕させたのは既に砂倉居学園を昨年卒業したはずの人間。
「久しぶり」
 微笑を浮かべながらそう言ったのは、みちるの前の年度に生徒会長を務めた、メガネをかけた美少年…から青年になりかけている…佐野一紀。
「オッス」
 ニッと歯を見せて笑い、そう元気よく言ったのは、みちる達の前の年度に議長を務めた、スポーツ大好き人間、大杉圭吾。
 いないはずの人物二人だった。

「ちょっと、みちるを借りてもいいか」
(いやーっ!!!)
 みちるの心の叫びもむなしく、かおるの答えは、
「いいですよ」
 ――即答だった。
 みちるとしては、いるはずがないと思っていた二人。
 …むしろ、いてほしくはない二人である。

 この二人は…
「会いたかったぜ、みちる」
「1年ぶりだな」
 この、二人は…みちるに、想いを寄せていた。
 名前からも分かると思うが、二人は正真正銘男である。
 ちなみにみちるは愛嬌のある丸い瞳とゆるいカーブのある柔らかな髪…と、この学園に来た当初は女の子に見られることもあったが、今では身長が伸びて176cm。
 ついでに線の細かった体もしなやかではあるがしっかりとした体つきとなったので、みちるはどこからどう見ても男だ。
 どこからどう見ても。

「…は…はぁ…」
 みちるは内心冷や汗をだらだらと流しながらもそう、応じた。
(まさか二人は未だに僕を好きだ、なんてこと言うんじゃないだろうな)
 とか考えて視線を床に落とす。
(…まさか、ねぇ…)
 二人が卒業して1年も経っているし、とみちるは自分をどうにか納得させて顔を上げた。
 すると、佐野と視線が合った。
 微笑から明らかな笑みに変わった佐野を見て、みちるの中で「まさか」という、一度萎んだはずの考えが再び浮かぶ。

 なんだかんだで二人に囲まれ、(いつの間に)移動して、かおる(と光)から離れてしまったみちるである。
 というか式場から出て、廊下に出てしまっている。

「な、ナンデショウ?」
 思わず(恐怖? のあまり…)片言になっているみちるである。
「そんなに固まることはない。何もしないよ」
 そう、佐野は微笑む。その微笑がコワイ、とかみちるは思った。
「ただ、訊きたいことがあってさ」
「は…はぁ…」
 大杉の言葉にみちるは曖昧に声を紡ぐ。
(か、かおるぅ…)
 心中で助けを求めるが、当然ながら、かおるの姿は見えない。
 そして…二人は、同時に問いかけた。
「「みちる、就職するって本当か?」」
 問いかけにみちるは数度瞬きを繰り返し、やっと応じる。
「…どこでそれを?」
 しかしそれは、疑問の答えになっていない。
「本当なのか?」
 佐野は瞳を丸くした。
 意外だ、と言葉にはしないが表情がそう語る。
「第一号じゃねぇか?」
 大杉は誰ともなく疑問の声をあげた。

 砂倉居学園は幼学部、小学部、中学部、高学部の4つの『学部』から成り立つ、世間でいう『お金持ち』の子息達のための教育の場である。
 故に、高学部…砂倉居学園の卒業の後、就職するという学生は少ない…むしろ、ないといえるかもしれない。
 そんな理由のための、大杉の言葉だった。

「せっかく楽しい学生生活が送れると思ったのに」
 視線がチラリとみちるに向けられた。
 佐野の言葉だ。
「…どういう意味ですか?」
 “せっかく”と“楽しい”の間に“オレとの”とか入りそうな視線である。
「…というか、お二人は仲がよかったでしたっけ…?」
 みちるの記憶上、二人が親しいような印象があまりない。“あまり”というか、“ない”かもしれない。
「まぁ、普通?」
「いや、別に?」
 それぞれの答えに、二人は互いを見つめた。
 …それぞれ、なんとも言い難い表情である。
「…別に…って…」
 そう、大杉が口を開けば。
「普通…って…」
 佐野も、そう言葉を返す。
 そんな二人を見て“なんだかなぁ”とみちるは思った。

「それはともかく」
 大杉は気を取り直すように、頭を掻きながら言った。
「俺の恋人になる気はない?」
 その言葉にみちるは盛大なため息をついた。「まだそんなコト言ってるんですか」と前置きした後、
「ナイです」
 と、きっぱりと答える。
 当然だ。男が男と付き合って何が楽しい。
 ついでに身長だって、彼らと知り合ってから10cmほど伸びた。…のだが、いまだ二人のほうが5cmほど高い。
 なので、もう5cmほど身長が伸びてほしいみちるである。
 以前かおるは「これ以上伸びるな」と言っていたが。

「…今も?」
 佐野の問いかけは主語も何もなく夏鈴同様、唐突な言葉だった。
 …だが。
(――あぁ、そうか)
 唐突だったが、みちるはわかった。
 佐野はみちるの想いを…想う人を、知っているのだ。
(…今も…)
 心の中で佐野の言葉を繰り返す。
 そして、応じた。

「――想いは変わらない」

 一度、瞬きをする。
 みちるの…その姿に――その瞳に、二人は沈黙した。
「至上の人。…それは、変わらない。――変わってない」
 なんて強い光を宿した瞳だろうと、大杉は思った。
 …みちるの“至上の人その人”を知る佐野は、彼女を脳裏に描いた。
 髪がのび、以前よりも柔らかな…優しくなったように見えた少女を。

「――オレにしておけばいいのに」
 吐息とともに吐き出された佐野の言葉にみちるは「遠慮します」と即、応じた。
「じゃあ、俺にしとけよ」
 続けた大杉の言葉にも「お断りします」とスグに応じる。
 シクシクと泣きまねをする大杉を一瞥して、佐野は言った。
「本当に、変わらないのか?」
 ゆっくりと瞳を閉じてから、みちるは静かに首を振った。
 ――縦ではなく、横に。
 みちるのその反応に、佐野は心持ち目を見開く。
「変わるかもしれない。…変わらないかもしれない」

 本当は別に、答える必要などないのかもしれない。
 しかしみちるは自分の思いを形にするかのように、言った。
「あの人以上の人が見つかればいいし、見つからなくても…それはそれで、構わない」
 唇が、笑みの形に歪む。
 瞳は変わらぬまま。

「…だけど、そろそろ離れなくちゃ」
 その小さすぎる呟きに、瞳に捕らわれた二人は気付かなかったけれど。

 
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