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『好きだよ』
――あたしにとって『愛してる』よりも、重い言葉。

 ドクドクと、溢れていた。
 血が、溢れていた。額から、頬から、足から。
 そして…腹から。

「――テ、ン…」

 さっき、何かの割れる音が聞こえた。
   ――何かは分からなかった。
 だが…それで、テンを刺したのだ、あいつらは…!!

「テン、テン、テンッ!!」

 医者を、呼ばなければ。早くテンを治療してもらわなければ…ッ!!!
「医者を……っ」
 立ち上がった途端、ぐい、と引き寄せられた。
「テン……」
「……めだ、…さん…っ」
 ゴホッ
 テンは、むせた。液体が、ドバッと出てきた。それは…血?

「イヤだ、イヤだ。テン、こんなに、血が…!!」
 どうして止めるの?

「ま…だ…、あいつら…いる……この…辺、に…」
「だって、死んじゃうよ、テン…!!」

 ――あんな奴等のせいで!
「そんなにたくさんの血を流したら、テンが…ッ!!」
「…ンマ…テワ…ンマ…」
 テンがあたしの名を、呼んだ。
 ――息をするのが辛そうだ。
 ただ一度の息継ぎだけで、体力が消耗されているように思えた。

「俺……」
 声が、かすれていた。

(テン――テン…お願い、どうか)

 苦しそうに歪める顔。
 どこからか、光を感じた。――朝だ。今日が、始まろうとしている。

「お前…と、血…がつ、ながってた…としても…」

 テンが、顔を歪める。

「おも…いは、…わらなか……た……」

「テン、お願い…ッ、喋らないでッ!!」
 一言、言葉にする。
 ――ただ、それだけの行為で、命が削り取られているようにも見えた。

「テ…ンマ…が」

 カチカチと、テンの歯が鳴る。

「………き、だ…よ……」

 ――お前と血が繋がっていたとしても
 ――想いは、変わらなかった。
 ――テワンマが、好きだよ。

 そして、微笑む。

「――   」
 ――ごめん

 言葉には、ならなかったけれど。
 テンは確かに、言った。
 そしてテンはゆっくりと、目を閉じる。

「イヤだ……」
 テンの体は、温かかった。
「目を開けて、お願い…ッ」

 ――歯が、カチカチと鳴った。
 頬に、熱い何かを感じた。
 これは……もしかして、涙?

 バシッ

 自分の頬を、思いきり叩く。
 何度も、何度も、何度も、何度も。
 それでも、それは止まらなくて。

(――泣くな!)
 泣いたら、本当になってしまう。

 テンが、目を開かないことが…本当になってしまう。

「… ――ッ!!!」

 …テワンマッ!!!

 声にならなかった。
 あたしは――あたしのものではない、あたしと同じ名を、叫んだけれど。

 

 泣き疲れて…泣き疲れて。
 あたしのはいつの間にか、寝てしまったらしい。

 のどが、渇いた。
 ―― ひどく。

「テン」

 あたしはこの名前以外の言葉を忘れてしまったようだ。
 口にするのはこの言葉名前ばかりで。

「…テン」

 ――また、涙が出てきた。

 このまま死ねればいいのに。
 …あたしは、テン以外に欲しいものはないのに。

 ――この後の奇跡を、誰が信じてくれるだろうか?

『テワンマ』
 それは、温かい声。

 ――あたしが好きになった、あたしを好きだといった人の、声。

 聞き間違えるわけがなかった。

「……テ、ン」
 『生きている』者ではないと、すぐにわかった。
 ――肉体がないと、一目でわかったから。

「連れていって。…お願い」
 あなた以外に、会いたい人がいないの。
 生きていく希望も、意味も。――あたしには、ないの。
 だから…どうか。

「テンの所に、いきたい……ッ!!」

 ボロボロと涙が出てきた。
 ――涙がかれることはないのだろうか?

 触れた。テンの指が、あたしの唇に。

『…テワンマ』

 それから、あたしの唇とテンの唇が、触れた。
 …『魂』とよばれる者にも温かさがあるのだと、知った。

『生きて。――どうか』

 それから。

『――笑って、テワンマ』

 愛なんてものはわからないけれど。

『大好きだから、生きて』

 俺のことを忘れてもいいから。

『大好きだから――笑って。テワンマ』

 テンの言葉。

 

 ――生きて、と。

 …笑って、と。

 

 ――従うしかない。

 

「……わかった……」

 テンが笑った。
 ――そしてテンが、消えた。

『大好きだよ』

 …そんな想いを残して。

『そばに、いるよ』

 ――消えてしまったくせに、そんな言葉ウソを残して。

 でもどうか。

「……う、うう……」

 嗚咽が、漏れた。
「――うぅ…」
 今は…今だけは。

「テン…ッ!!」
 …泣かせて下さい。

 ――叶わないのだと知っていながら、願ってしまう。

 還ってきて。テン。
 …あたしの元に、戻ってきて。

「――…ッ!!!」
 今は泣くことを、許して下さい。

『その想いは罪。その恋は禁忌』

では、その罪の名は?
なんと言われても、あたしは変わらない。

――なんと蔑まれても、あたしは構わない。

あたしは、あの人が好き。

――それは、変わらない想い。

罪の名 <完>

2001年 7月 2日(月)【初版完成】
2008年 3月29日(土)【訂正/改定完成】

 
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