新月。
――こんな日に限って星も出ていない。
とあるアパートのベランダで一人の髪の長い女性が声を押し殺し、涙を流しながら震えていた。
「ひびき、ひびき…何で…?」
誰に尋ねるでもなく彼女は尋ねる。
こんな夜に奇跡など起こるわけがない。
――だが、起きたのだ。
「アナタ、ワタシに願いをあずけない?」
あるはずのないことだ。黒い、黒い美しい女性が宙に浮かんで声をかけるなど。
でも、彼女は問う。
「…誰?」
その女はニヤリと…赤い唇を歪ませた。
「ワタシはアナタの願いを叶える者。アナタがワタシを呼んだのよ」
この人なら、――願いを叶えてくれるだろうか?
「ひびきに近づく女を消して。いらない、あたし以外の女なんて…」
女は再び紅い唇を笑みの形に歪める。
「…それは自分でやること。ワタシがアナタに力を授けるわ。――さぁ、その力を存分に使いなさい。使ってその男を再びその腕に抱き取るのよ」
「…出来るの?」
もしかしたら、夢かもしれない。あと数時間で朝になるところかもしれない…。
「夢じゃないわ」
女はベランダにゆっくりと足を降ろした。
その時生温かい風がざわざわと2人を取りまいた。
どこかで声がする。
ソレハ危険ナ者、マダ間ニ合ウ、契約ヲ破棄セヨ。
「遅い」
女は彼女の唇をかむと口づけをした、女の唇がより一層赤くなる。
「――行け。行って目的を果たせばいい」
そう言うと女の姿はどんどんと崩れて新月の闇に溶ける。
彼女は立ち上がった。何を見ているのか分からない瞳。体を、ある方向へと向ける。
生温かい風が吹いた。
「――フ ユ キ ミ ナ――」
ざぁぁ、風が吹く。彼女の姿は消えていた。
「白桜大学で一人の女子生徒が死亡しました。亡くなった女子生徒は冬木美菜さん、19歳。刃物のようなもので髪を切られていましたが、外傷などが特にないため…」
ぷつん
長い髪の女性が見ていたニュースを消した。ベランダに出て外を見る。
血の色のように深い赤色の夕焼け…美しいと言うより禍々しい。
「…ひびき…」
今にも消えそうな声で彼女はつぶやいた。