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6,事故

 莢華サンガ事故ニアッテ桜木病院ニ運バレマシタ。

 ――電話の向こうの声が、妙に、響いた。
 …あたしの中で。

 あたしは、みよえのケータイを手に握ったままだった。みよえが追いかけてくる。

「ちょっと、私のケータイ、返してくださいな!」

 ごめん、なんて言ってる暇がなかった。ケータイをみよえに投げる。
 着物のせいで上手く走れない。
 みよえはまだ横にいた。スーツ姿で走りながらあたしに問いかける。

「莢華ちゃんが…。どうかしたの?!」

 あたしは何も答えないかわりにみよえの腕を掴んだ。
 腕を掴むあたしをみよえが拒否する。でも、あたしは手を離さない。

 エレベーターを使って一階まで下りて、駐車場へと向かう。
 …心臓がうるさい。

「ちょっとなに? …なにがあったって言うの?!」 

 あたしはみよえの問いかけに応じないまま、代々木が待っているはずの車を探した。
 ――うちの車…あった!

「代々木、車だして!」

 ドアを勢いよく開けて、代々木に言う。
 代々木は寝ていたようで半分寝ぼけた顔だった。

「あれ…お嬢様、まだ時間が…」
「んなこと、どーでも良い! 早く車だして! 桜木病院!!」
 あたしは『眠気すっきりガム』を代々木に渡した。
「早く!」
 もう一度代々木に叫ぶ。
 車に押し込んだみよえはしきりに瞬きを繰り返した。

 車が動き出す。
 みよえは口を開いた。疑問を口にする。

「なんであたしも車に押し込まれなきゃいけないの?!」

 この中であたしが急いだからといって、車が早く進むわけではない。

「――慌てないで、聞いて」
「慌てていますのはあなたですわ」
 あたしの言葉にみよえはそう言いきる。
 …くっそー。
 でも、その通りだ。
 あたしは大きく息を吸って、吐き出した。

 …心臓がまだ、うるさい。

「莢華が事故った。今、桜木病院に運ばれたって」
「――え? ――うそ…」

 あたしの言葉に、さっきまでの冷静なみよえが嘘のようにうろたえはじめる。
 膝の上にあった手がみよえの口元に吸い寄せられた。

「さ、やかちゃん…が?」
 …本人は気づいているのだろうか。
――きっと、気づいていない。

「さや…かちゃん…が…」
 言いながら、涙があふれる。
 口元の指の間に涙が光った。

「…ぁ…」
 あたしは何か言おうと思ったけど、やめた。
 ――何か言っても、みよえの心にとどくか分からない。
 …とどかないように思えた。

 そろそろと車がゆっくりになる。
 今、自転車に抜かされた。
 前にも後ろにも車、車。世界が赤い。

「…お嬢様、どうしますか?」
「桜木病院、あとどれくらい?」
「え?」
「教えて! 歩いていけるような距離?」
「え、歩いていけなくもない距離だとと思いますが…」
「どのくらい?」 「ですが、お嬢様、あなたは着物を着ていらっしゃって」
「んもう! あたしの訊いてることと答えてることが違う!」

 あたしはいらいらしてきた。
 莢華は、大丈夫だよね…。
 でも、苦しんでるかもしれないのに…。側にいてあげたいのに!!

「あ、もうすぐ右に曲がればすいてるようです。もうしばらくお待ちを!」
 代々木の言った通り、右にまがった瞬間に車の動きがスムーズになる。
 混雑がなくなったのだ。

「あと5分ほどでつきますから」
 代々木がそう言って5分。
 …長い、長いときが終わった。

 『桜木病院』の文字。

 車が停まった瞬間、あたしは運転席側から降りた。
「みよえ、早く!」
 反対側…左側のドアを開ける。

「…莢華ちゃん、大丈夫よね…」
「大丈夫! さ、行こう!」

 震えているみよえに気付いて、あたしは言った。
 ――自分自身にも言い聞かせて。

 看護婦さんに莢華がいるところを訊いて3階までエレベーターで一気に行く。

 『笹本莢華』

 ある病室にプレートがぶら下げてある。
 どうも個室なようだ。
「莢華ちゃん!」
「…!!」
 みよえはよびかけ、あたしは息が切れていて、唇がそういうふうに動いただけだった。

「笹本先輩…」
「ごめんな、さ…ごめんなさい…」
「…ぅ…っ…」
 ところどころつっかかる言い方で声がする。言葉が上手く喋れない奴もいる
 莢華はカーテンのかげにいた。
「莢華ちゃん!」
「…っ」

 

 莢華の顔には白い布がのせてあった。

 

「…う…そ…」

 みよえはそう言った。
 あたしの心臓は、止まりそうだと思った。
 ――そう思うのに…やけに、心臓の動きがわかる気がする…。

「嘘…でしょ…ねぇ…さ…さやか、ちゃん?」

 みよえの声が聞こえる。
 ――遠くで。

「さ…やか…?」

 待って。
 …待って。
 ――待って。

 目を、開けて。お願い。
 …ねぇ、昨日は会ったよね?
 …昨日話した…よ…ね…?

 

「なーんてねっ!」

 

 聞き覚えのある声が布の下からする。

「?!」

 白い布は吹っ飛んだ。

「もー、ね、ね、びっくりし…?!」
 聞き覚えのある声は。
 …跳ね起きた、ソイツの言葉は。
 最後の方はまともになってなかった。

「…実世絵ちゃん? …ちとせ…?」

 あたし達の顔を直視したときに莢華はいつも丸い目をいつも以上に丸くした。
「…こ、このっ、お馬鹿っ!」
 みよえは莢華にそう言って莢華を抱きしめた。よかったよーぅとさっきまでとは違う涙を流し始める。

「…実世絵ちゃん」

 抱きつくみよえからあたしに、莢華は視線を移す。

「…ちとせ」

 目が合ってから、莢華は改めてあたしの名前を呼んだ。

 ぐっと一度、唇を噛む。
 いきてる。
 …ちゃんと、莢華は。

「っこの、おー馬鹿ヤローっ! 心臓止まるかと思ったんだからな!」

 顔に白い布をかけて横たわるなんて、悪質な悪戯だ。
 あたしは事実をそのまま言う。

「うん…。ごめん…」
「誰が馬鹿ですって?! 莢華ちゃんはぜーんぜん馬鹿じゃないわよ!」
 みよえがあたしに視線を移してそう言った。…何か元気ですけど。

「で、莢華はどこけがしたって?」

 あたしは堂々とみよえを無視して莢華に話をふる。
 あたしだって莢華と話をしたいのだ。
「んーっとね。足」
 莢華にかぶさっている布団を腕ではぐとギブスで固定された足がにゅっと出た。
「やっぱ、骨折って痛いんだね」
「なに当たり前のこと言ってるんだ」
 …笑いがもどってくる。
 やっぱ莢華にはそういう空気があるとあたしは思う。

 ――ちなみになぜに後輩くん達が泣いていたかというと。
 彼らのせいで(詳しいところは知らないんだけど)事故った+来週の末に大会があったのに出場が無理で、申し訳なくて…ということだったそうだ。
 (しかも申込をしてあってお金も払ってある…悲惨だ)
 で、涙を流して泣いていた、というわけらしい。

 …後日談。
 その1 お見合いのこと

「…と、いうわけで、今度からちゃんと断っといてね」
 と、お父さんに言ったら、少々ぐったりとしながらうなずいてくれた。
「あーぁ。お母さん、知都世さんの着物姿好きなのにぃ」
 とお母さんはぶぅぶう文句を言っていたが…。なんだかあんまり関係ないような気がするのはあたしだけ?
 一応、
「着物だってお母さんが『着て』とか言えば着るよ」
「そう言ってもいつもどっかに出かけてしまうじゃない」
「……」  逃げてるのばれたかな…アハハ。笑ってごまかすあたし。

 その2 莢華のこと

 莢華は何だかんだ言って完治に1ヶ月かかった。まぁ、毎日こりもせず(?)見舞いに行ったけど、毎日笑って過ごした。
 で、毎日同じ事を一回は言ってた。
「病院のご飯、美味しくなーい」
 …そう、ご飯系。毎日違うお菓子の名前言ってんの。しかもあたしが知らないようなのあったし…。
 モンブラン、イチゴのショートケーキ、アップルパイ、チョコ・パフェ、etc
 あたしは甘いモノ好きじゃないから聞いてるだけでいやになった。
 退院してから『アクア』に行ってケーキを食べまくってた。
 (あたしと実世絵のおごり…退院祝いって感じ?
 …それで太らない。すごいことだわ。

 その3 実世絵のこと

 あたし達は莢華のお見舞いに行ったときに偶然に会ったから病院の屋上で話した。
「…いまだにお見舞いに来るとちとせ、ちとせだよ」
 やっぱこういうのは年月なんかじゃないのかなって思い始めてる。なんてみよえは言ってた。
 …なんだ、いまだに勘違い、してるんだ。
 あたし思わずふきだしたら、みよえは怒った。何で? とか言って。
「莢華があたしに会うときにあんたの話しないとでも思ってるの?」
「…え?」

 みよえはあたしの言葉に、本当に意外そうな顔した。

「何だかんだ言って、つき合う長さってのもあると思うよ。あたしが莢華と合うときの話の内容、みよえ、みよえだったんだ。あたしかなりみよえっていう奴に嫉妬してたね」 

 二人してひとしきり笑い合って、沈んでいく夕日を見た。
 本当にキレイで、二人して同時に
「莢華も見てるかなぁ」
「莢華ちゃんも見てるかなぁ」
 って。また笑っちゃった。
 あたし達の世界、今のところ莢華が中心みたい。

 この間3人で出かけたときに、
「実世絵と知都世が仲良くすることはいいことなんだけど、あたしちょっと寂しい」
 ――そんな風にぼやく莢華にあたしとみよえは笑ってしまった。

ユージン関係─完─

1999年10月14日(木)【初版完成】
2008年 6月 1日(日)【訂正/改定完成】

 
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