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5,お見合い

「ご迷惑をかけて申しわけありませんでした。それでは、ごきげんよう、皆さま」
「これからもよろしくお願いいたしますわ」
 美砂子さまが微笑みました。
 やっぱり素敵です…美砂子さま…。

「知都世さん、ごきげんよう」
 みよえさんが帰り際、そうおっしゃいます。
 …わざわざ名前の指定つき。
 これは挨拶をかえさないわけにはまいりません。
「ごきげんよう、またお会いできるといいですわね」
「…そうですわね」
 こうして一見(?)美しい友情が芽生えたのです。

 下校の時刻。今日は昨日と違って、代々木さんを待つという事はありませんでした。
「お嬢様、お乗りください」
 車はすでに近くまで来ていて、ドアまで開いていたのです。
「今日は来るのが早いのですね」
 気のせいか、スピードも昨日と違う気がいたします。今日の方が早めな感じです。
「会場に着くまでの時間が結構とりますので…」
「あら、そんなに遠いところなのですの?」
「ええ。なのでお嬢様もできるだけお早く準備をお願いいたします」
「分かりましたわ」
 私は家に到着すると、藍色の着物を出してもらって、(母にも手伝ってもらいましたが)正確に手早く着付けをすませました。

 お父さまは会場で先に行っているという事で私は車に乗りました。
 ですが車は動きません。
 …あら?
「代々木さん、行きませんの?」
 代々木さんはぼーっと車の外を見つめています。
 ですが、答えは来ました。
「遅くなってごめんなさい」
 …お母さまを待っていたのですね。

 代々木さんはお母さまと私を乗せて、ホテル『ティアーズ』につれてきてくださいました。

 …のは、いいのですが。

「…これは一体どういうことでしょう…」

 私は思わず呟きました。
 十五階のレストラン。
 窓の下には素晴らしい夜景。
 山の側には明かりがないおかげで星達も少し見えます。
 『家族3人で楽しくお食事』…だとしたらこのにこにこ魔人の2人組は何ですの?

「息子が遅くてすみませんねぇ」
 にこにこ魔人1号、少しふっくらとした女性がそう言いました。
 ――息子?

「しかしおきれいなお嬢さんですねぇ」
 にこにこ魔人2号、お髭が鼻の下にあるのが特徴の男性でございます。

 この方々は、誰でしょう?

 …『誰』かはわからなくても、『ナニ』かは分かっているような気がいたしますが、なんだか言葉にするのがかなり恐いのです。

 まさか、お見合い、なんて事は…。

 ――あぁっ、さっき言葉にしないと誓った(?)ばかりですのに!
 まさか、まさか…。

 ――なんて、考えていたときに。

「遅くなって申しわけありません」
 …噂の息子さんが来てしまいました。

「はじめまして。槙村諭と申します」
「諭、こちら知都世さん」
 …私この方に名前を紹介してもらうほど仲がよかったでしょうか?
 とりあえず、会釈をしました。明るいベージュのスーツを着たさとるさんは、なんだか『新任』というイメージが沸きました。なぜでしょう?

「知都世、諭さんは今年度から新進高校の教師をやっているんだそうだ」
 私は初めてこの『さとる』さんに興味を持ちました。
 声が出てしまいましたから。
「新進高校の…?」
「お、知都世、興味をもったか?」
 私は相手の方々を見ないでお父様に言いました。
「はい。友人のいる高校で」
「あら、お名前を訊いてよろしいかしら?」
 にこにこ魔人はいまだににこにこ。筋肉がそれで固定されてしまっているのでしょうか?

「はい。鈴木槙徒さんといいますの」

 にっこり。『微笑みを絶やさず』ただいまも実行中でございます。

 あら? なんだかあちらの皆さまも私たちの家族も固まっていますわ。なぜでしょう? …なんて。
 この方は本日いらした書記の方の名前、それをちょっとお借りしたのですが。しばらくしてやっと空気が流れ出しました。

「あ、あぁ、諭、その方を知ってる?」

「え、あ、役員会の人ですよ。確か」
「まぁ、知りませんでしたわ」
 私は微笑みます。

 ――しばらく、こんな事はごめんですわ。

「あの方は学校のことをあまりおっしゃいませんので」

 空気の流れが止まりました。私は右手で右のほっぺに触れました。少しワインを飲んだおかげで顔も上気しております。

「あら、申しわけありません。これから茶道の先生がいらっしゃる時間ですわ。失礼」
 私が立ち上がってから(少なくとも私がドアに手をかけるぐらいまでは)5人の皆さまの時間が止まっていました。
 ご苦労様です。

 

「…ふぅ」

 私は廊下に出て、ひとつ、息を吐き出します。
 …と。
 そこに、見覚えのある方がいらっしゃいました。

 その方は本日『美しい』友情を芽生えさせた方がいました。
 …今日から会わないようにしよう、とおっしゃった方です。

 私は少し迷いました。
 …声をかけるべきかかけざるべきか。――ですが。

「…こんばんわ」
 挨拶をしてくださいました。
 これは返すのが礼儀かと…。
「こんばんわ。よく会いますわね」

 私は笑いました。なんだか、おかしかったからです。

「ご家族でお食事ですか?」
 私は訊かれる前に、問いかけました。
 …けれど、それに対する答えはありませんでした。

「あんた、どうしてあたしの好きな人ばかり捕っていくの…?」

 ――怒りにも似たその眼差し。
 私は笑うのをやめ、何も言いませんでした。
 …言えなかった、とでも申しましょうか。
 そんな空気が周りを支配していたのです。

「莢華ちゃん、あの子はあたしのこと一番わかってくれる、すっごくいいこなの。その子がこの頃ちとせ、ちとせって…。そればっかり」

 ゆっくりとみよえさんは私の方にむかって歩いてきます。
 淡いピンク色のスーツを着ています。
 そして私の目の前に立ち止まると、私の目を見据えました。

「槙村先生だってそう。何であんたが槙村先生とお見合いしてるのよ」

 ――怒りがこみあがってきた。そんなように、見えました。

「なんであたしの大切な人を奪うの…っ!!」

 みよえさんの右手が高く挙がりました。私は頬に当たる前に左腕で阻止します。
 みよえさんの表情がなお、険しくなりました。

「なによ! 阻止するんじゃないわよ!」

 更に苛立ちの色の濃くなった声音。
 けれど…普通は阻止、しないでしょうか…? こういう場合。
 一人でそう思いながらも私は何も言いませんでした。
 その時。

 チャ チャ チャン チャン チャン チャーン チャ チャ チャン チャン…

 …なぜかアメリカの国歌が電子音で響き渡ったのでした。

 みよえさんのいらいらした顔が一瞬、和むのを私は確かに見ました。
 携帯電話を取り出すと、一度、ボタンを押します。

「もしもし…。はっ?」

 ? なんだか顔がどんどんといらいらした顔になっていきます。

「あのねー、イタズラならやめてくださる? 莢華ちゃん、だしてくださいな」

「………」

 …何だろう…野性の勘?
 なんだか、いやな予感が…。
 あたしは背筋がすーっとしてきた。
「え? 今でられない? な…」
 あたしはみよえのケータイを奪った。
 ――予感だけなら、いい。
 だけど…!!
「もしもし、莢華が、どうかした?!」
 次の言葉を聞いたとき、あたしは走り出していた。

 
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