リリリン リリリン リリリン リリ…
あたしは銀色の目覚まし時計を止めた。
…今日も一日が始まった。雲の間から青空が広がっている。あたしは窓を思いっきり開けた。少し寒いけど、気持ちがいい。
コン コン
タイミングよく(?)あたしの部屋をノックする音が聞こえる。
「どーぞ、開いてるよ」
あたしは窓の外を見下ろしながら答える。
十中八九、お手伝いさんの誰かが「おはようございます」とか何とか言いながら入ってくるのだ。
…と、思ったのだけれど。
「おはよう、知都世」
…あたしの予想は、外れた。
こんな朝からもう、スーツに身を固めている。
…肩こらない? と、あたしは一度だけ、そう訊いたことがある。
ここにいたのは篠木家変人の大黒柱(?)お父さん、篠木臣治。
一応社長をやっている。
「どうしたの? 朝から」
朝から父さんが(スーツを着て)来るって事は、『篠木知都世』が必要って事が主だけど。
「今日は、予定を入れるなよ」
「はーい。で、今日はどこ行けばいいの?」
「それは代々木に言ってある。着物着て来いよ」
「はーい」
「それだけだ。朝も早くから悪かったな」
お父さんはそれを言いながら部屋から出て行く。
…何があるんだ? ま、今日も一日頑張ろう。
朝食をとってから、部屋に戻ってあたしは着替えを始める。
真っ白いシャツ、黒いワンピースを着て、赤いリボンを結びます。
登校の時間、私は朝は徒歩で学園に行くのです。
「行って参ります」
「知都世さん、いってらっしゃい。気をつけてくださいね」
私の母は篠木響子といいます。今日は紫色の着物を着ています。
「はい」
私は、母も父も大好きです。
…関係のないお話になってしまいましたわ。
今日は8時から役員会があります。(私は役員会に入会しています)
私立の高等学校との交流会の日なのです。
それで新進高校、役員会の皆さまが本日我が学園にいらっしゃるのです。
「おはようございます」
役員室には数人いらっしゃったので皆さまに挨拶します。
「知都世さん、おはよう」
その中のお1人、美砂子さま。役員長…高学部生徒会長でいらっしゃる方です。
「おはようございます。美砂子さまより遅くて申しわけありません」
私ったらお姉さま方より遅く登校してしまいましたわ。
「いいのよ」
美砂子さまは微笑みます。
高学部役員会は全部で6名で…役員長でいらっしゃる美砂子さま、副役員長の私と1年の実直さん、書記の朱璃さん、庶務の真苗さま、会計の千晴さん。
…の、6名です。
「また真苗は遅刻? まぁ、始めましょうか」
美砂子さまはそうおっしゃいました。
…つまり私は最後から2番目…。
申しわけありません…。
本日の日程を説明してくださいます。
途中、真苗さまがいらっしゃいました。
「遅いですよ」とおっしゃる美砂子さまに、真苗さまは「ごめ〜ん」と。
…なんとなく憎めない方です。
「…と、いうわけで、今日は我が学園の案内をしていただきますので、皆さま、がんばってくださいね」
…と、美砂子さま。
本日の日程の説明が終わりです。
今日は半日、授業を受けなくていいのです。
少し嬉しいと思ってしまいました。
9時ちょうど。新進高校の皆さまがご到着です。
何でも今年度の生徒会長は女性で、しかも私と同じ2学年に在籍。すごいですわ。
「ごきげんよう、皆さま。突然のご訪問を承知してくださって嬉しく思います」
「いいえ。これからも我が学園と我が高学部と友好関係を築いていってくださると嬉しいですわ」
「失礼、自己紹介もまだでしたわね」
新進高校の生徒会長さんが私たちの方に振り向きますとこう言いました。
「新進高校2年1組在籍、遠藤実世絵です。よろしくお願いいたします」
――!! みよえさん…昨日の!!
みよえさんは頭を下げて、顔を上げました。
「!!」
私と目があったのです。みよえさんは少し驚いた顔になりました。ですがすぐにもとの顔に戻りました。
「役員の皆さまをご紹介いただけますか?」
「はい」
にっこりと美砂子さまは微笑みます。
「副役員長、2年在籍篠木知都世さん」
私はご紹介いただいたときに頭を下げました。
みよえさんはまた、驚きの表情をいたします。
役員長、美砂子さまの声はとどいていらっしゃるのでしょうか? ずっとこちらを見ているみよえさんでした。
「新進高校の皆さまをご案内をさせていただく、篠木知都世です。よろしくお願いしますわ。では、まいりましょう」
職員室、シスター室…部屋のご紹介を端からしていきます。とは言っても名前を言うくらいですが。
そうして一回りをして、ふと、みよえさんと2人きりになりました。
みよえさんはこちらを見てゆっくりと口を開きます。
「昨日…」
? 昨日のお話をするのでしょうか? 今?
「すっごくヤな奴にあったの」
…それは私のことでしょうか?
「あなたにすっごく似ていてね、本人かな、って思ったんだけど、違うようね。勘違いしてごめんなさい」
…ごめんなさいとおっしゃられても…
――考えてもしかたないですわね。
私はとりあえず考えないことにしました。
「まぁ、お気になさらず」
「…って言うと思った? 残念だったわね」
――みよえさん…さっきと性格が違うのですが…。
思わず瞬く私にみよえさんはクスクスと笑い出します。
「何でこんなとこでお嬢様やってんの」
問いかけに私はにっこりと笑顔で応じました。
「何故? 私がここの生徒だからですわ」
「ここの生徒じゃなければ役員なんてやってるわけないわ」
「分かっていらっしゃるんじゃありませんか」
私はここの教訓、『微笑みを絶やさず』を実行しています。
「…昨日のあんたじゃないみたい」
みよえさんはそうおっしゃいました。なんだ、分かっているんじゃないですか。
「えぇ。だって、私、あなたに会ったのは今日が初めてですわ」
「嘘言うんじゃないわ」
――この制服を着ている限り、私は『篠木知都世』なのです。
「…私が会ったのは『みよえサン』であって、新進高校の生徒会長ではありません。それと同じ事ですわ」
独特の、間。
私はいやな空気ではないと思いました。
「…なーるほど。分かった」
「分かっていただけましたか?」
頷くみよえさん。
「じゃ、今度こそ会わないように努力しましょ。お互いに」
にっこりと新進高校の生徒会長は微笑みました。
「そうしていただけると嬉しいですわ」
みよえさんは1度こちらを見ました。…目が『ヤな奴』だとおっしゃっています。
私はご案内だけで疲れてしまいました…。
しかし、今日は私がお会いする方がいらっしゃいますし。
…まぁ、あと少し、がんばりましょう。