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3,実世絵

「あー、いい運動した ん゛? もうへばってんの? ちとせ、見た目に寄らず体力なーい!」

 ぜぇ ぜぇ ぜぇ ぜぇ
 「あんた、陸上部でしょ!」と言い返したかったけど、呼吸が乱れて言葉を発せない。
「ほら、ここを曲がるの。ね 可愛い物売ってそうでしょ?」
「はぁ…ぁ、そうだねぇ」
 あたしの呼吸は、まだいくらか乱れている。

 その『アクア』という小物売り屋喫茶(?)にはいると、莢華はさっさと窓側の席をキープする。
 そして莢華の好きなピンク色のケータイを取り出すとおもむろに操作を始めた。
 しばらくの間がある。莢華はきょときょと目を二、三回動かすと、電話がつながったようで口を開いた。

「もしもし、実世絵ちゃん? あたし、莢華」
「メニューをお持ちしました。お決まりになりましたらこちらのボタンでお呼びください」
 莢華がケータイで連絡をとっている間にあたしはメニューを広げた。
 …みんな甘そうに見える。あたしは甘いモノが結構苦手なのだ。

「んじゃぁ、来てね。あ、ちとせもいるから」
 『あ、』ってあたしはついでかい? …まぁ、いいけど。

「…ということで、しばらくしたら実世絵ちゃん来るから」
 そう言ってからメニューを広げる。窓からは行き交う人々の顔が分かってなかなか楽しい。
「うーん。莢華、迷っちゃう。ちとせは何にしたの?」
(げっ、聖・マリア学園の生徒じゃん。ばれない…よね)
 あたしはこれでも(?)結構目立つ人間なのだ。
「ちとせ、聞いてる?」
「へっ?」
 莢華の声が届いて、妙な声をあげてしまった。
「もう。何頼むのって、莢華訊いたのに」
 莢華は少々むくれて続ける。
 …聞こえてなかった…。
「ごめんごめん、んーと。コーヒーゼリーにしようと思ってるけど」
「え、ここのコーヒーゼリー結構苦いよ」
 それを食べるの? と莢華は続ける。…あたし、苦いのはお茶で慣れてるからなぁ。
「うん。苦いの大丈夫な奴だから、あたし」
 というか、甘い方がニガテだし。
「ふーん、すごいねぇ」
(…何が?)
 あたしはそう、つっこもうかなと思ったけど、

「こんにちわ 莢華ちゃん

「…」
 ナソの女が莢華に抱きついて、その風がこっちに「ぶわっ」とくる。あたしはつっこむ気が失せた。

「貴女が『ちとせ』さん? はじめまして」

「…初めまして」
 この女…もといみよえサンの今日の格好は…なんと言えば良いやら。
 フワフワのクルクルの髪が肩にとどくかとどかないか位ある。上は少し中国風味のシャツ、スカートからは細目の足が膝の少し下からでている。
 …で、このみよえサンの色は…ピンク・ピンク・ピンク!
 …頭が痛くなりそうと言うか目がまわりそうと言うか…
(ここまで揃えるとは…。すごいな。でもあんまりあたし好みじゃないかも…)
 あたしはドチラかと言えば、もっとシンプルな服が好きだな。
「あ!」
 びくっ、莢華が揺れる。
「どうかした?」
「え、莢華ちゃん、何?」
「…トイレ行ってくる…」
 がっくー…。
 あたしは思わず、肩を落とした。
 一体何を言うかと思ったら…。あたしは拍子抜けした。トイレかい…。莢華はトイレの方に消える。
 突然にみよえサンが話を切り出す。

「…で貴女、莢華ちゃんの何?」
「は?」

(何を言いだすんだこの人…しかも莢華の時と態度違うし)
「聞こえなかったの? 貴女莢華ちゃんの何、と訊いたのよ」

(何、とか言われても…)
「友達」
 それ以外に何と言えと? あたしは瞳で訴える。その訴えはとどかなかったらしい。

「『単なる』友達? 『親密な』友達? 親友?」
「あぁ、そういうことか」
「早く答えてちょうだい。莢華ちゃんが戻って来ちゃうわ」
(早くっつわれても、困るんですけど)

「莢華ちゃん、私は『ちゃん付け』なのに、貴女には『呼び捨て』だわ」
 うーん、あえて言うなら、んー。…あっ。
「それがどうしても…」
「あぁ! 良き理解者、かな」
 莢華との『関係』を考えていたあたし。
 ちょうどいい言葉がみつかったと思って、答えたんだけど…。
 何故か、みよえサンの目が恐い…一体何故…?

「…人の話、聞いてた?」
 おぉっ、何か言っていたのか!
「ごめん、聞いてなかった」
 あたしは、一応ちゃんと謝った。
 コホン、みよえサンは一度小さくせきをする。

「…どうしても、許せないの。貴女の方が後に友達になったのに」
 何故呼び捨てなのか…ねぇ…。
 あたしはちょっとばかり考えた。

「んー。あたし、名前と簡単なことしか教えてないからじゃない?」
 あたしは莢華に学校のことを言っていない。
 もちろん家のことも(つまり姓は言ってない)。血液型とかは教えたけど。

「それ、あまり関係ないと思うけど」
 みよえサンにあたしの考えを却下された。
「…あと、呼び捨てでいいって言ったし…」
「私もそう言ったわ。でも『ちゃん付け』なのよ」
「まぁ、深く考えなくていいんじゃない?」
 あたしが頼んだコーヒーゼリーが来たのでそれをつつく。

「貴女、失礼な人ね」

 ――その言葉にむっとなる。
「そう? でも会った初日に『失礼な人』っつーのもひどいんじゃない?」
 思わず、言い返した。

 ぷちっ、何かが切れる音がした…気がした。

「今日を最後に、私の前に現れないでちょうだい! 莢華ちゃんの前にも!」
 みよえサンはそう言って乱暴に立ち上がるとこの『アクア』から出て行った。窓の外であたしのすぐ横を通る。
 不意にこっちを見た。

「?!」

 みよえサンにあたしが何をしたって言うの?! 何で舌をだされなきゃいけないのよっ!!
 失礼なのはあっちだ。あたしの中でそう決定した。

「あれ? 実世絵ちゃんは?」
 トイレから戻ってきた莢華は呑気に言う。
「知らないっ! 帰った!」
 あたしはムシャクシャとした心境でそう言いながらコーヒーゼリーをぱくぱくと食べる。
「『知らない、帰った』って、莢華、矛盾してると思うけど」

 莢華はいつの間に来ていた(多分、コーヒーゼリーと一緒に来たんだと思う)ホットミルクティーを一口、口にする。
「あー、ここのミルクティはやっぱり美味しいわぁ」
 アップルパイ、早く来ないかなぁと莢華は独り言をつぶやいた。

「…みよえサンの事、訊かないの?」
「んー? 訊いてほしいなら訊くよぉ」
 あ、どーも。アップルパイを受け取りながら莢華は言う。

 アップルパイをつつく莢華。
 あたしは思わず、笑っていた。
 …やっぱり莢華はあたしの良き理解者だわ。
 莢華は、追求しすぎない。
 なんだかあたしは笑えてしまう。あたしのムカムカも治まってきた。

「あの人、あたしのこと嫌いだって」
「…はっ?」

 さすがの莢華もこう言うことを言うとは思ってなかったらしい。目を丸くしながらゆっくりと口を開く。
「な、なんだって?」
「だからぁ、あの人あたしのこと、嫌いだって」
「…ふーむ。ま、がんばれ」
 …あたしは莢華のこう言うところも好き…だという事にしておこう。

「ん、言われなくても頑張る」
「でも、何を?」
 それはあたしのセリフだと思うけど…。
 ま、いいか。あたしは話題転換をする…しようとする。

「で、莢華は何が欲しいの?」
「んーっとね。ノート。で、何を頑張るの?」
 あたしはとりあえず無視をした。
「ふーん、可愛いノートを買うのか?」
「うん。で、何を頑張るの?」
 …莢華、しつこい。聞きたいのはあたしだって同じなんだけど。あたしはまた無視をする。にっこり
「何、授業用に可愛いノート使うの?」
「うん、国語用のピンクのノート。教科書の色と揃えるの」
 やっと話題がそれそうだ。
「数学が黄緑でぇ、生物が青、地理がオレンジ色」
「そりゃまた、カラフルだな」
 他愛ない話を三十分ばかり。
 それからノートを買うために立ち上がった。会計をすますと莢華が2階へと足を運ぶ。
「こっち。ほら、可愛いでしょ?」

「…」

 ファンシーショップ…莢華が好きそうな物がいっぱい並んでいる。
 莢華はノートがずらっと並んでいる方にさっさと行ったから、あたしは対抗(?)して、このファンシーショップ内をゆっくりとまわることにした。
 まわっていると(当たり前だが)莢華のいるところにもついた。莢華はあたしを見つけるとぐいぐいとひっぱて、2冊のノートをあたしの前に出した。

「…どういう意味?」
 毎度、莢華の行動は意味不明である。

「こっちのノートと、こっちのノート。どっちを買ったらいいと思う?」
「は? そういうことは自分で決めればいいんじゃない?」
「決めらんないから言ってるんじゃない」
 …そして莢華とあたしが『アクア』から出たのはお茶を飲んでから1時間半、5時半のことだった。
 …何やってんだろ、あたし…。

 
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