「やばい! もう、こんな時間ッ!!」
彼女は、走る。
なぜかと言われれば、約束をした彼女の相棒は時間にうるさいからだ。
急げ急げ、と彼女は自らに声をかける。
…そんな姿を眺めている存在がいた。
(……ウサギ耳に網タイツ……?)
眺めて、瞬く。
…ひとまず、彼女はそういう格好をしていた。
+++++
「あーもう。勉強に飽きたなー」
パタン、と教科書を閉じる。
そこは裏山が傍にある、図書館だった。
あと3日でテスト。
いくらなんでも赤点は取りたくないので、多少の努力はする。
しかし。
(集中できない…)
「よし。今日は、終わり」
本日第4土曜日。明日は日曜日で休みだから朝から時間はある。
帰ろうとカバンに荷物を入れ、出入り口に向かって歩き出した。
自動ドアが開いた瞬間。
彼に…藍の目に、飛び込んできた存在があった。
(……ウサギ耳に網タイツ……?)
走っている。…結構早い。
藍は思わず走り出した。
もちろん(と言うべきか)そのバニーちゃんを追って、である。
+++++
バニーちゃん、突如消える。
「…? あれ?」
藍は肩で息をしつつ、バニーちゃんを捜した。
おかしい。ついさっきまで、自分の前を走っていたというのに。
バニーちゃんは藍のいた図書館の、裏山に入り込んでいた。
「さっきまでここら辺に……」
いたよな?
藍は確かめるように、足を進めつつ、そう言った。
ら。
「…でっ?! のおおおおおおおおおっっっ!!!」
――見事な勢いで穴に、落ちていった。
+++++
「――おおおおお…だっ!!!」
…叫びつつ、到着した穴の底。
お尻から、である。
なかなか痛い。
「いててて…」
立ち上がり、お尻を数回撫でた。
やっぱり、痛い。
「あーあ…」
上を見上げる。
けっこう落ちていた時間は短く感じたのだが、自分が落ちた穴が(つまり、光りが)見えない。
そのくせ、微妙に明るい。
「どっからか、光でももれてるのかな?」
ここでぼーっとしていてもしょうがない。
藍は取りあえず、歩き出す。
穴の底はなかなか広かった。
「? あ」
光のもれているところ、発見。
藍はそこにむかって足を進める。
…と。なぜか、そこには。
「…いいけど、なんで自動販売機があるわけ…?」
光源は、1台の自動販売機だった。
しかも飲み物は1種類しかない。
藍は飲み物が何なのか見ようと、自動販売機の前に立った。
『イラッシャイマセ。オ飲物ハイカガデスカ』
…自動販売機は、唐突にそう言った。
「え? あ、ええと…」
藍は人間が立つだけでそんなことを言う…というか、音声付きの自動販売機など、見たことがなかった(音が出る自動販売機ならいくらでも見たことがあるが)。
『ミステリージュース、デスネ。カシコマイリマシタ』
自動販売機は確かめるように区切りながら言った。
「おれはそんなこと言ってなーいっ!!」
もっともである。
『250円ニナリマス。挿入シテクダサイ』
お金を入れるところがわかりやすいようにするためか、投入口が赤くチカチカと点滅した。
「しかも高ーいっ!」
その『ミステリージュース』とやらは普通の自動販売機で売っているような350ml…には見えなかった。
多めに見て、缶コーヒーの小さいバージョン、250ml程度である。
多めに見て、だ。
『アト10秒デ強奪モードニ切リ替ワリマス。カウント、10、9…』
「強奪モードって、おい!」
自動販売機はなにやら怪しい音を立て始める。
藍は財布の最後の中身である500円玉をとりだし、投入口に押し込んだ。
ピコーン ピコーン ピコーン ピコーン
…と。
また、妙な音を発する自動販売機。
「おれにどうしろと言うんだぁっ!!」
藍、叫ぶ。
ガタンッ ガタンッ
…しーん。
「? え…?」
音が、止んだ。
『ミステリージュース、計2本オ買イアゲ。アリガトウゴザイマシタ。マタノゴ利用ヲ』
「いらねーっ!」
ミステリージュースとやらは、(いらないと言うのに)2本、取りだし口にあった。
こんな謎の液体(2つ)よりも500円のほうがはるかに嬉しい…いや、価値があるなどと思いつつ、藍はその『ミステリージュース』を手に取った。
見た目は、水のようだ。
透明な、水。または日本酒とも見えるかもしれない。
「ん?」
とりあえず、自動販売機から離れよう。
(また、ぼったくられるかもしれないし…)
藍はそんなことを思ったが、ぼったくられようにも、藍の財布の中身は空っぽだ。
――だから尚更、(あの自動販売機の場合)危険といえるかもしれない。
藍はふと気づいた。
ミステリージュースには、何か、書いてあった。字である。
「え…と、なになに?」
【このジュースは『髪のばし作用』抜群のジュースです】
がくっ。
藍は頭を垂れた。
もう1本のほうも読んでみる。
【このジュースは『透明人間っぽくなれる効果』抜群のジュースです】
藍はまた、頭を垂れた。
(…『っぽくなれる』って、何?)
思わず溜息をついた。――深い深いため息を。