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一、突然の…

 少し渋みのきいたオレンジ色のカットソーが、少女…篠岡ささおかきらの目に留まった。
「…もう秋物がでる時季かぁ」
 思わずそう、呟く。
「――まだ暑いのにね…」
 輝の隣に立つ少女…岡本日奈は、そう返した。
 輝は「そーだね」と言いつつ、髪を軽くかきあげる。
 ――対照的な二人といえた。
 輝は明るい色に染めた少しクセのある髪をショートカットに…ショートカットより少し長めにしていた。
 割と整った、『派手だ』と言われることの多い容姿である。
 逆に日奈の髪は真っ黒で、それをおかっぱのようにして揃えていた。
 唇は特に何かを塗ったわけでもなさそうなのに赤い。
 美人、と表現されることの多い日本人形のような容姿だ。
「そういえば、輝…随分、悩んでいたようだけど、買ったの?」
 日奈は輝の手元を見つめ、輝に問いかけた。その言葉に輝は数度瞬きをしてから、「あぁ」と頷いた。
「買っちゃった。おかげで、お財布の中身が寂しいよ」
 輝の言葉に日奈は微笑を浮かべた。
 そんな日奈を見て、輝は自分と同じ年なのに…いや、誕生日で考えたら自分より下なのに大人っぽいなぁ、なんて思う。
(この年になれば誕生月ってもう関係ないかな?)
 ちなみに輝は五月生まれ、日奈は三月生まれだったりした。
「日奈は何か買ったの?」
「あ…うん。スカート」
 日奈はガサ、と手に持つ袋を掲げる。その袋を見て、小さくではあったが、輝は思わず声を上げた。
(日奈って、結構高いヤツ買うよねぇ…スゴイな)
 日奈が掲げた袋は、輝が値段を見てススス…と素通りした店名のプリントされた入った袋だったのだ。
「今日はもう、これ以上は買えないわ」
 輝の心情が読めたのか、と思ってしまうような日奈の発言に、輝はちょっとドキリとしてしまう。目が合い、輝は「へへへ」と笑って誤魔化した。
 気付けば五時過ぎになっていることに今更気付く。
「もう帰ろうか」
 特に否定する理由もなく、輝は日奈の言葉に頷いた。

 夏休み終了まであと一週間。
 …時間が経つのは早いなぁ、とやや夕方めいた空を見ながら思う。

 篠岡輝。十七歳。
 公立北川高校二年生。
 もうすぐ終わる夏休みを、ばっちりエンジョイ中。
 ちなみに今日は友人――日奈と二人でショッピングに出かけた。
(あぁっ、まだ宿題が終わってないよ…ヤバイなぁ…)
 輝は宿題に全く手をつけていないわけではなかったが、宿題が完璧に終わった! と言うことは無理である。その程度に、宿題はいまだ残っていた。
 輝はもう一度空を見上げた。…赤い空にじわじわと藍色が滲んでいく。
 風が吹く。
 八月とはいえ、さすがに夕方ともなればいくらか風が涼しくなる。
 輝は既に家の前に来ていたが、風が気持ちよくてボーッと家の前に立っていた。
 …と、その時。
 まるでタイミングを計ったかのように、とある窓が開いた。
「あ!」
 思わず、輝は声を上げる。
 とある窓とは自分の隣の家の二階で、そこから覘いた顔は輝の幼馴染み…榊原響だった。
 声の発信元を探すようにキョロキョロと見回していたので、「響!」と名を呼ぶ。

 彼…こと、榊原響は先にも述べたように輝の幼馴染みだ。
 幼稚園時代からずっと同じクラスで、名前が『榊原』と『篠岡』なので出席番号も近い。
 腐れ縁、というかなんと言うか。――腐れ縁としか言いようがないかもしれないが。
 とにかく、大事な幼馴染みで、友達だ。

「輝」
 響の呼びかけに、『宿題ならアタシも完璧には終わってないよ』と軽口をたたくと『そりゃ残念』と響は返した。
 …しばらくの、間。
 次に沈黙を破ったのは、響だった。
「あのな――オレ、何回か言ったけど」
 「ん?」と輝は首を傾げる。――響は、口元に微笑を浮かべて言った。
「輝のことが好きなんだ」

 ……

「………?!」
 輝は…そんな響の発言に。ただ、瞳を丸くした。

(…夢?)

 輝は…かなり古典的方法と言えたが…自分の頬をつねった。
 むに、と。
 ――現実だ。
 頬は特に痛くはなかったが、買った物が入っている袋(の角)が腕にプスッと刺さるし。
 風は吹くし。髪は頬に当たるし。
 …夢じゃ、ない。
 響が…
(ひーちゃんが…)
 ――自分を好きだ、と言った。
 輝はゆっくりと瞬きをする。
 頭を振る。――何か意味がある、というわけでもないし何かが変わる、というわけでもないのだけれど。
 響はそんな輝を見て、にっと笑った。
「そんだけ」
(そんだけ…って…)
 輝は何かを言おうとして口を開きかけたが、言葉は出てこなかった。
(なんか…なんか、言わない、と…っ)
 輝はなんだか焦った。見た目に変化はなかったのだが。
「そ…」
 ――そして、やっとでてきた言葉は。
「…そっか」
 輝の反応に、響は丸い瞳をぱちくりとさせ、「ソウダヨ」と飄々と応じる。
「うん、わかった――」
 輝は頷くと、足を進めた。そして――響の家の隣の、自分の家に入った。

 パタン、と玄関を閉める。
 「ただいま」も上手く言えず、輝は玄関に座り込んだ。
(い…えぇっ…と…)
 心中、日本語になってない輝である。

『輝のことが好きなんだ』
 響の言葉が、再度思い出された。

 ――告白されたことは、ある。
 …告白、されたことはあるが…。
(あーゆー風に言われるのって…)
 輝は大抵、「好き」ではなく、「付き合おう」と言われるのだ。
(うー…えー…)
 …やはり心中が日本語になってない輝である。
「あら…おかえり」
 多少ぎょっとしながら母親はそう言った。
 輝が帰ってきていたことに気づいていなかったらしい。
「…ただいま…」
 輝はやっと立ち上がる。
(と、とりあえず部屋に行こう…)
 サンダルを脱ぎ、階段を上がって…自分の部屋に向かった。

 全開のままのカーテン。
 輝の部屋は角部屋で、部屋には二ヶ所に窓がある。
 一方はベランダ側。…もう一方は、隣の家と密着するように。
 ――隣の家は、響の家で。
 輝は慌ててカーテンを閉めた。
 …カーテンが開いていても、そこから見えるのは隣の家の壁でしかなかったが。
 そして、輝は小さく息を吐き出す。
 道路側の窓から夕闇に染まる空を見つめた。

 最高記録四ヶ月。
 最短記録三日間。
 …それは、彼氏ができて付き合っていた期間だ。
 大抵、『付き合おう』って言うのは男の子のほうむこうから。
 …そして、『別れよう』って言うのも男の子のほうむこうから。

 ――ご飯を食べて、もう一度自分の部屋に戻ったころには、カーテンの開けっ放しだった道路側の窓の外は完全なる闇だった。
 …まぁ、街灯のおかげで『完全なる闇』とは言い難いかもしれないが。
 それはさておき。今夜はソーメンだったが、あまり食べることができなかった。
 …先程の告白が輝の食欲を衰えさせた。
(…ってか、自分がこんな風になるのってかなり久々じゃん…)
 輝はそんなことを思いながら、ベッドに横たわる。

 輝は結構、派手なほうだ。
 ――自覚もしている。
 髪は染めるし…とはいっても、学校が始まれば元の色の戻すのだが…、化粧もするし。
 服の色もどちらかといえばはっきりしたものを好む。それから、そんなに顔の配置が悪い、というわけでもない。
 だからか、『付き合おう』と言われることも少なくない。
 輝は告白されればほとんど拒まないし、付き合う。
 ――そのせいなのか、「カルイ」とか陰口をたたかれていることも一応知っている。

(…ひーちゃんが? …アタシを?)

『輝のことが好きなんだ』

 今一度思い出される響の言葉。
(好き…って言われるのが久々なせいかな…)
 この頃は「付き合おう」と言われて、オッケーして、付き合って。――別れて。
 そんな感じで。
「…あれ?」
 輝は一人呟いた。

『オレ、何回か言ったけど』
 そんな響の言葉。
 輝はゆっくりと瞬きをする。

 …夢を、思い出した。
 でも、もしかして…アレは。
(夢じゃなくて、現実だったのかな…?)

 輝は、勇次彼氏に『別れよう』と言われて。
 お酒を飲んで…響が、この部屋に来て。
『アタシ、そんなに魅力ないかな? エッチしなきゃダメなほど、魅力がないかな?』
 そんな輝の問いかけに、響は。
『――輝に魅力がないわけないだろう? オレが惚れたヤツだもん。十分、魅力的だって』
(…そんなことを、言ってた、ような、気が…)
 夢なのだと、思った。
 ――だけど、アレは…夢、ではなくて。
 かぁ、と頭に血が上った気がした。
 …もし、仮にアレが現実だったとしたら。
『エッチしなきゃダメなほど、魅力がないかな?』
 輝は自分が問いかけた言葉を思う。
 …響に、なんて事を訊いてしまったのだろう、自分は。

 親しき仲にも礼儀あり。
 ――というかなんというか…ともかく!
(恥ずかしい〜っっっ)
 ――輝はベッドの上でのたうちまわった。

 夏休み終了まであと一週間。
 …輝は多少図ったが、その後、二学期が始まるまで響と会うことはなかった。


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