“…タイ…”
伝えたい。
言葉を。――この、モヤモヤしたものを。
“ツタエタイ”
* * *
夏休みも終わり、夕方に吹く風が爽やかな頃となった。
残暑がないわけではなかったが、着々と過ぎる時間――巡る季節は秋へと向かう。
「…………」
「なに?」
つい先程まで喋っていたというのに、突然沈黙した友人の反応に疑問を感じて、一方の少女は「どうしたの?」と言葉を続けた。
その少女はくりくりとした瞳が愛らしく、子犬を連想させるものがある。
肩にとどくかとどかないかの髪は両耳上の髪を一つにまとめていて、顔をすっきりと見せる。名を、麻見空といった。
空は、結構な童顔とそれに似合うかわいらしい身長をしていた。ちなみに自称140cm、実際には138cmの身長である。
「何で、こんな所に来なくちゃいけないんだ…?」
空に「寄り道してってもいい?」と言われて一緒について来た少女は拳を握りしめて小さな声で言った。
拳を握る少女は目つきの鋭さから強面に感じさせるが、よくよく見れば端正な美しい顔立ちをしている。
全体的に色素が薄く、まとめられていない長い髪の色や肌の色が薄い。
実はよく見ると左右の目の色が違う。…本当に少しだけなのだが。
強面の少女の名を、小椋有子といった。
「こんな所って…」
有子の言葉に何でー? 何でー? と一人疑問符を飛ばしながら、空は自分の向かおうとする所を見つめる。
「普通のお墓じゃない」
「何で学校帰りの夕暮れ時に墓に来なくちゃいけないんだっっっ!!!」
(何でこんな変なヤツと友達なんだ、自分…)
有子はそう思った。
そして、思いを馳せる。
* * *
…二人の出会い、もとい仲良くなるきっかけを有子は思いだした。
確か六月…梅雨だというのによく晴れ上がった中旬のこと。それはちょっとした小競り合いが元だった。
「……!!」
「……?」
有子の耳に声が届いた。
まるで言い争うようなそれ。
野次馬根性と言えた。だが、気になるモノはしょうがない。
(…なんだ?)
有子は声のする方を覗き見た。
すると…数人の少女等が、一人の少女を取り囲んでいた。
(……は?!)
有子は一瞬にして目つきを鋭くする。
有子の目は悪くない。だから、囲まれている少女が(あまり親しくはなかったとはいえ、)クラスメイトだということに気付いた。つまり、今年入学した一年生。
――それに対し。
数人…正確には四人…で取り囲んでいるほうは全て二年生だ。
上履きの色が、それを示している。
…腹が立った。
弱いモノいじめは好きじゃない。ケンカは個人の勝手だと思うが、イジメはダメだ。
有子は一度小さく息を吐き出すと足を進めた。
もちろん、言い争っている現場のほうに。
「……ちょっと」
有子は声をかけた。
だが、周りに全く注意を払っていないせいか、有子の声にも存在にも気付かなかったらしい。一年生を取り囲んだ二年生は振り返りもしない。
「ちょっと!」
少し声を荒げ、有子が一人の二年生の肩を叩こうとした瞬間…
パンッ!!!
――いい音がした。
…取り囲まれている少女…空が、目を見開いていた。
なぜ叩かれたのかがわからない、というように。
――その音で、有子の中の何かがキレた。
「年上が年下取り囲んで何してやがるっ!!!」
有子は一番手近にいた少女の肩を掴んだ。
「何する…っ!!!」
肩を掴まれ、振り返った少女は言葉を続けることが出来なかった。
振り返った先――少女の肩を掴む、ヤンキーがいた。
…いや、とりあえず強面の背が高い女がいた。
逆らわない方が絶対に無難、と言えそうな。
肩を掴まれた少女の声に、他の三人も振り返る。
皆、呼吸が止まった。
(((――コワそうな女がいるっ!!!)))
この女のバックにこんなコワそうな女がいたなんて、想定外っ!!
三人は…特に空を叩いた少女は心の中で叫んだ。
「と、とにかく真人を盗ろうなんて考えないことね!」
「そうよ! ぶりっこ!!」
それぞれ空に罵倒を投げかける。
「失せろっ!!」
有子がそう言い放った瞬間、四人の上級生達は猛ダッシュで去っていった。
「大丈夫か?」
有子は空の頬に手を当てた。
「……っ!!」
手が触れた瞬間、空は痛そうに顔を歪めた。するとその歪みが原因でまた痛くなったのか、空は声を上げずに若干もがく。
「悪いッ!!」
有子は急いで近くにあった手洗い場でハンカチを濡らしてそって空に手渡した。
「ごめんな、大丈夫か?」
有子の手渡したハンカチを頬に当てると、空は顔を上げた。
有子と、目が合った。
「……」
もごもごと口を動かした。
どうも、「ありがとう」と言ったらしい。
くりくりした目…小さな体。空の様子が犬の…子犬の雰囲気とだぶって見えて――有子は猫より犬派だったりするので。
「いいよ、気にするなって」
有子は思わず笑ってしまった。
* * *
…それ以来だろうか。
空と有子はなんとなく一緒に行動することが多くなって、なんとなく隣にいるのが当然になって。
そして今日は初寄り道だ。
(しかしまさか…)
こんな変なヤツだったとは…。
有子は一人、ため息をつく。
「あんこー」
…空は、有子の名字が『おぐら』なので、有子のことを『あんこ』と呼ぶ。
「…んだよ」
「早めに終わらせるからさ、そこで待ってて?」
「ここで待ってて…って、おい!」
空は言うだけ言うとさっさと墓の中に入り込んでしまう。
…有子は強面の(そして多少は腕っぷしに自信がある)わりに、こういう所は苦手だった。
「待て、空!」
――しかも、かなり。
「空!」
吹く風がたまに寒いと感じるある日。
有子の声が墓中に響きわたった…。