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ゴゴン ガゴン ゴゴン …
不思議な、音。
“……?”
何だろう?
時々聞こえるこの音は。

そして。
“――ヒカリ?”

* * *

 キーンコーンカーンコーン…

 所々山の色が紅みを帯びている。
 そして校庭に植えられている銀杏は、黄色みがかってきている。
 昼食をとるための昼休み。
「…しかし」
 空はなかなか重々しい口調で言った。
「意外…」
「あ?」
 空がこれから言おうとしていることが予想できて、有子は少し不機嫌になりつつ言った。
 空と有子が今日、会話らしい会話をしたのは今が初めてだ。
 今日は朝の挨拶しかしていない。
 二人はいつでもべったり、というわけではないのだ。
「? あんこは何を怒っているの?」
 空はやや語気の荒い有子に対して不思議そうに首を傾げつつ、言葉を続ける。
「あんこがお墓とか苦手なんて意外だけど、可愛いよね!」
「……ッ」
 続いた言葉に有子は声を失った。

(そうだ――)
 …そう、なのだ。空は。
 有子は声を失ったまま…僅かに開いたままだった口を閉じた。
 空は可愛い顔に似合わず、言いたいことをズバッと言うタイプだ。それにウソが混ざっていることはない。

 ――墓場という場所…オカルト的な出来事。
 有子はそれらが苦手だった。
 先日、空の寄り道である墓参りに付き合わされたことを思い出して思わずぼやいた有子に空は「意外」と言った。
 …けれど、「可愛い」なんていうオマケもつけた。

 有子は瞬いて、空の言葉を自分の中で繰り返して…一つ、息を吐き出す。
「可愛いって…」
 有子は「お前なぁ…」と続けたが、空は『何?』みたいな顔つきで有子を見つめる。
「……もう、いい」
「え? そう?」
 ため息交じりの有子に対し、空はニコッと笑った。…純真無垢とか、そういう表現が似合いそうな笑顔それ
(可愛いのは空の方だっつーの…)
 有子は犬派で、犬が大好きなのだが、家ではそういうペット類は飼っていない。
 だからなのか、有子は空を(犬のように)可愛がっていたりした。

 ゴゴン ガゴン ゴゴン …
 一時間目からずっと鳴り続けているその音。
 話題が途切れると、空はふと音の方を見つめた。
「工事、いつになったら終わるかな」
 そう言いつつ、パンを一口放り込む。
 本日のメニューはコッペパン、牛乳、クリームシチュー、アスパラとチーズのサラダ、野菜コロッケである。
 今日のメニューは空好みで、天気もいいから外…一年の教室は二階なので、正確にいえばテラス…で食べよう! と空は友人達を誘ったのだが、その提案に付き合ったのは有子だけだった。
 九月とはいえ吹く風が意外と冷たい…時もあるのだ。
「そういえば、そうだな」
 福部中学校一年A組は校舎の一番西側にあり、最もプールに近いところにある。
 現在、プールを新しくするとかで工事中だ。
 どういうことをやっているのか知らないが、とりあえず『ゴゴン、ガゴン』みたいな音は鳴り続き、途切れずにいる。

「来年の夏までに間に合うかなぁ」
 空はプールのほうを見て小さく言った。
 有子はその様子にププッと笑ってしまう。
(…なんか、可愛いなぁ)
 犬も好きだが案外小さな子供も好きな有子は思った。
 有子は末っ子のため、妹や弟が欲しいなぁ、なんて思っている所為かも知れない。
 空は水泳が大好きらしい。今年の水泳の時間は全て出席していたような気がした。
 だからといって『上手に泳いでいた』とは言い難かったが。

「あ、あんこ、今度プールに行こうよ」
「ぷーるぅ? これから寒くなんのに?」
「温水プールだよ。あ…。でも駅からは遠かったな、確か」
 空はむー、と悩むような顔つきをする。
 有子は空ほど水泳が好きだというわけではなかったので、本当のことをいうとどうでもいいのだが。

「そらー、小椋さーん、そろそろ食器持ってくみたいよー」
 クラスメートが窓から顔を出し、二人に声をかけた。
 一年A組のルーム長、後藤ごとう美紀みきだ。
「あ、ごめん、今持ってく!」
 空はそう言って急いでシチューを口に含む。
 有子といえば、わりとさっさと食べ終わっていたので、空の分の空の食器を持つと『早くしろよ』と言って教室の中に入ってしまっていた。

 お腹がいっぱいになると、不思議と眠たくなる。
 有子もそんなタイプのうちの一人だ。
(かったるーい…)
 只今五時間目。
 もともと好きではなかった理科。
 実験ならばやらなければならないこともあるから少しは気を使うが、授業となるとこの先生の場合、教科書をただ読んでいるんじゃないのか? というくらい喋りまくる。言い替えれば、喋っているのみ。
「…あ…ふ…」
 有子はアクビをした。
 窓側の一番後ろの席に有子は座っているのだが、前の方にも机にうつ伏している人間が一人、二人…五人くらい、いる。
 肘をついた手の上に顎を乗せた有子も段々と睡魔に身を任せていった。

* * *

“…声ヲ聞イテ…”
(ん?)
“誰カ私ノ声ヲ…聞イテ…”
(なんだ、これは?)

 有子は頭が起きて体が眠っているという、なかなか微妙な状態でいた。
その証拠に、教科書を読む先生の声が聞こえる。

“アナタ…”
(へ?)
“アナタ、気付イテクレタ……?”

 ――ゾワッとした。
 背筋を何かが駆け上がり、妙な寒気が指先から体全体へと広がる。
 …なんだか、イヤな予感がする。
『…ぐら…、オイ、小椋』
(あ、ヤバい、呼ばれてるっぽい)

* * *

「小椋!」
「……はい」
 一度頭を振ってから有子は顔を上げた。
(何かさっきの…空耳?)
 有子の気の所為でなければ…最後に空耳が自分を呼んだような気がする…。
(気の所為、だよな。何といっても空耳だし)
 …強引な結論の出し方である。
「教科書四十九ページ、三行目から読め」
「はい」
 そして有子は音読を始めた。
 どこか、空耳のことが気になりながら。

 
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