赤々と暖炉の火が燃えている。昨日から急に冷え込んだのだ。
「ユーラ、『歌姫』を知っている?」
呼びかけられたユーラと呼ばれた青年、ユーラ・ジャフェスはその問いかけに、暖炉に薪をくべてから応じる。
「歌姫、ですか?」
切れ長の焦げ茶色の瞳は、きっちりした雰囲気と相まって厳しそうな印象をもたせた。今は暖炉の火が揺れ、やや赤茶帯びた髪をより赤みを強くして見せる。
ユーラの言葉に、呼びかけた少女は頷いた。
大きな窓に掛けられたレースのカーテン越しにこぼれる光は冬の所為か頼りないもの。
そんな頼りない光にも紛れ込んでしまいそうな少女、アルスタイン・ワイオレッド。
そう見えるのは部屋着の淡い色のせいか、か細いと言える声のせいか。…それとも、あまりにも肌の色が白いせいか。
「思い当たりませんね…」
そう言いながらもユーラはコポコポと薬湯を注いだ。花の香りのするそれは、体が丈夫とは言い難い彼女のため、アルスタインの、ワイオレッド家の主治医が特別に調合したものだ。
主治医はアルスタインが生まれてから変わらない。老年といえたが彼女の体のこと、そして彼女自身をよく知っている主治医はトーリ・ヒルトンといった。彼は、今は亡きアルスタインの祖父の友人でもある。
トーリは主治医であると同時にアルスタインからすれば祖父と同じような存在だった。
「そう…」
「その『歌姫』が、どうかしましたか?」
アルスタインはありがとう、とユーラから薬湯を受け取ってから続けた。
「呼んではもらえないかしら?」
「はい?」
アルスタインの言葉にユーラは妙な声をあげてしまった。
ユーラの妙な声に少しだけ笑ってから、アルスタインは繰り返す。
「歌姫を、呼んではもらえないかしら」
瞬きを繰り返すユーラに、アルスタインは続けた。
「その人の歌を聴いてみたいの」
言って、アルスタインは薬湯に口をつけた。
薬湯の器を持つ細く、白い腕…。
――ユーラが彼女の我儘らしいモノを聞いたのは初めてだった。
「わかりました」
ユーラは頷く。
彼女の望みは、叶えられるだけ叶える。
彼女が笑ってくれるなら、どんなことでもやる。
…彼女の笑顔がユーラの喜びだったから。