突然、リコの視線の高さが一気に上昇した。
――どういう状態か一瞬理解できず…理解した途端驚いた。
リコの視線の高さが急上昇した理由――それは、ファズがリコを…軽々と…抱き上げたから、だった。
「ファズさん?!」と、自分を抱き上げる人の名を呼ぶ。
慌てるような声音でファズの名を半ば叫んだリコに「送るよ」とファズは告げる。
「こんな所でずっと座り込んでるわけにもいかないだろ?」
「で、でも…っ」
リコの身長は…特別大きなほうではない。だからといって、小さいとは言い難い。
――体重だって、そこそこある。自分が『とっても太っている』とは思っていないが…それでも、決して『軽い』とは言えない。
「あ、大丈夫。オレっちちゃんと力あるから」
慌てた様子のリコに「落とさないよ」と、リコが慌てていることとは別のことを呟く。
――落とされるとか、そういう心配をしているのではない。
「あ、あの…っ」
そういうことではなくて、と言いながら、結局うまく言葉が続けられない。
(だ、だってだってだってだって…っ!!)
あたし軽くないし…というか、これ姫抱きとかいうヤツだったりしないか。
というか、ファズから柔らかなニオイする…って何を考えているのか!!
違う、そういうことではなくて…というか、ファズとの距離が半端なく近いじゃないか。
恥ずかしい…というかファズは恥ずかしくないのか?
ああでも足に力はいらないし、でもでもだからって…っ!
――思考はまともな言葉にならない。
「リコ」
パニック状態になっていたリコの名を、ファズが呼ぶ。
――その声が、ひどく残った。
目が合うと、ファズが笑う。
「――……」
初めて会った時と同じ真っ直ぐな瞳。それから、安心させる優しい微笑み。
「歩けるようになったらちゃんと下ろすから」
穏やかに紡がれるファズの言葉を聞きながら、リコは体温が上がるような感じがした。
「……っ」
別の意味で、足の力が入らなくなりそうだ。
心臓が妙に早い。
(ナニ? ナニ? あたしどうしちゃったの????)
パニック気味のリコとは裏腹に、リコを姫抱きしたファズの足取りはブレることもなく、呑気に進んでいる。
交わす会話の声音にも、無理をしているような様子は見られなかった。
●○● ●○● ●○●
――そして、再びパニック気味となったリコは先ほどまでの恐怖を忘れた。
自分の後をつけているような足音と…それから、美しい男の人。
その人とは、ただすれ違った程度だった。
黒い翼の――血よりも深い紅い瞳。
男性だと分かったのだけれど、『美しい』と思った。
その人と言葉を交わしたわけではない。ただ、その姿を見ただけ。
だが…その『存在』が怖かった。
東方大国カスタマインの城下町。
どこかで黒い羽根が舞いながら…レンガの連なる町に風がめぐっていた。
グルーテンルストの風−黒羽舞−<完>
2005年 3月19日(土)【初版完成】
2012年 9月30日(日)【訂正/改定完成】