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◆◇◆ Ⅴ ◆◇◆

『黒い羽根』について調査するよう、命じられた。
 ――勅命である。
 国が調査に乗り出すほど、多くの事件が起きていた。
 変死体、殺人、行方不明…など、この頃妙に事件が多い。
 そして…それらの事件を更に『妙』に思わせる共通点がある。
 それが『黒い羽根』だ。

 死体…なぜか体の一部がなくなっている死体や、明らかに『殺された』死体の傍に。そして突然消えてしまった人の代わりのように、黒い羽根は落ちていた。
 他にも殺人事件の犯人の供述にも『黒い羽根』を垣間見せるものがある。
『黒い羽にたぶらかされた』というものだ。

『黒い羽根』に関わる事件はグルーデンルストだけではなく北のバルモンド、東のクラーゼ…国内だけには留まらず隣国ティタイル、アパニッシュでも何件か起こっていた。
 数々の事件の犯人として、まず疑われたのは時折現れる血を好むモンスター…その羽根ではないか、と推測された。
 だが、歯形・爪痕などモンスターのつけた痕は見つからず、可能性は低い、ということになった。
 次は翼を持つ鳥人族…翼を有する種族で、人間の体を元に動物のパーツがついているような外見が特徴の獣人族の一種…に疑いがかけられた。
 狂った殺人者がいるのではないか、と。
 しかし調べた結果、『黒い羽根』から半端ではない魔力の数値が計測された。
 確かに鳥人族…獣人族は自己治癒能力、生命力が高く人間よりはるかに長生きできる種族ではあるが、魔力は持ち合わせていない。
 鳥人族が一人として魔力がないというわけではないが、それにしても可能性は低い。
 そして、計測された『魔力』から生まれつき強い魔力を持ち合わせる種族…魔族が起こした事件ではないか、ということになった。
 しかし魔族の有する羽はコウモリのようなものであり、『黒い羽根』ではない。

 …と、犯人の特定がままならないのが現状だった。
 事件は起き続けている。――それに伴い被害者も増え続けている。

『何か一つでも情報を。…解決できる手立てを』
『承知しました』
 任務にあたるのは青龍騎団の紅一点…エルフリーデ――エルフリーデ・リリオルと、ファズ。
 二人は最近事件が起こったバルモンドに出張することになった。

◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆

「…結局何も解らなかったですね」
 ガタガタと馬車に揺られながら、エルフリーデは言った。
 出張期間は1ヵ月。
 ――目新しい情報は得られず、解決の手立ても示されなかった。
「だなー」
 少々ため息混じりにファズは応じた。

 沈黙が流れたが、しばらくしてファズが突然笑い出す。
「…ファズ?」
 エルフリーデが何事か、と目を大きくした。
「いや…そういや2人で歩いてて何回声かけられたかなーって」
 しばらく考えるような顔をしていたエルフリーデだがしばらくして「ああ」と笑った。ちなみにどちらかといえば苦笑いである。
「大変でしたね、ファズ」
 エルフリーデの声掛けにファズは「べっつにぃ?」と笑い続ける。

 ファズは自分が気に入った服なら…一般的にオトコが着ないような服であっても…何でも着る。そしてエルフリーデは青龍騎団唯一の女性。
 ソレゾレ違ったタイプではあるが可愛らしい顔立ちで…ファズもまた、女の子っぽい顔立ちをしているせいだろうか。

「どうせ声をかけてくれるならカワイイ女の子のほうが嬉しかったんじゃないですか?」
 当然というべきか、声をかけてきたのは全員が男だった。
 エルフリーデは悪戯っぽい笑みを浮かべながらファズへと告げる 。
「アハハ! そりゃそうだ」
 笑いながら、ファズはふと外に視線を移した。
 …久々のグルーテンルスト。
 ファズの実家はグルーテンルストにあるわけではないのだが、気分的に地元に戻るのに似ている。
「わりぃ。止まれる所でおろしてもらっていい?」
 馬車を操る御者に声をかけた。
 そんなファズにエルフリーデは「どこかに寄るんですか?」と疑問を投げかける。
「ん。明日休みだし、このまま遊びに行くわ」
「…元気ですねぇ」
 呆れたような感心したような声をあげた時、馬車が止まった。
 程よく広い場所についたらしい。
「あ、サンキュ。…じゃあな、エルフリーデ」
「ええ。また、明後日」
「あ〜…報告、めんどいなぁ」
 思わずぼやくファズに「ソレも任務の一部ですよ」とエルフリーデは笑って、軽く手を振った。
 ファズもそれに応じて、馬車の扉を開ける。
 御者にもう一度礼を言って、ファズは歩き出した。

◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆

 夕日が沈み、空が…赤く染まる。
 雲も赤く染まる。
 ファズは単純にキレイだなと、空を見上げた。
 鮮やかな紅はエルフリーデを連想させる。
『どうせ声をかけてくれるならカワイイ女の子のほうが嬉しかったんじゃないですか?』という言葉を思い出して、ファズは1人で笑ってしまった。
 更に空を見上げ続ける。
 オレンジがかった朱色は1人の女の子を思い出させた。
 大きな目で、素直。『カワイイ女の子』だろう。
(でもリコはそういうことやらなさそうだな)
 1人で結論を出し先月出張前に遊び修め(?)をしたクラブに向かって足を進めた。
 …その時、羽音を聞いた。
 再び空を見上げる。
 暗くなり始めた空に巣に戻る鳥が飛んでいるのは特に珍しい光景ではない。
 …だが。
「――いぇ?」
『い』と『え』の中間のような声をあげた。
「…鳥…?」
 思わず確認するような呟きは小さく、ざわめきの中に消える。
 その影は……半端じゃなく、大きい。
(あぁ、鳥人か…)
 そう思う。
 ――なのに、なぜか気になる。
(…あの羽、黒くなかったか…?)
 カラスの鳥人かもしれない。だが、それならそれで構わない。
 ファズは影を追いかけた。

◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆

 影を追いかけ続けていると、裏道に入り込むことになった。
 建物の隙間からではよく見えない。
 …広い空を飛ぶ存在ものと、細い裏道を走るファズ。
 どう考えても――追う側のファズのほうが不利だ。
(あ〜…っ! 見失ったか!!)
「!! 危ないじゃないか」
 突然の衝撃と同時に予想外の声があがって、ファズは驚いた。
 空ばかり見ていて自分の周りをロクに見ていなかったせいか、人にぶつかってしまったようだ。
「あ、わりぃ」
 ファズは視線を声の方に向ける。
「……」
 そのまま、思わずじっと見つめてしまった。
「――なんだよ」
 僕がカッコイイからって嫉妬かい? まぁ、ママも僕が一番ステキだって言ってくれるからね…。
 ブツブツと何か言っている少年を見つめ続ける。
 ――少年というか、その髪型を。
(何かに似てるんだよな…)
 何かを彷彿とさせた。
 だが、その『何か』がなんなのか、思いつかない。
「…あ」
「なんだい、あんたに教えるような名前はないよ」
 ロワール家の1人息子さ、と聞いてもいないことを喋り続ける少年に、ファズは言った。
 ようやくファズの中で彷彿とさせた『何か』がわかった。
「きのこ頭」
「……」
『何か』がわかって満足したファズは少年(3人)に「じゃあな」と軽く手をあげる。
 背後で「誰がキノコ頭だーっ!」という声が聞こえたが、ファズは振り返らなかった。

「…というか、パーソンは? パーソンはどこに行った?!」
「あ〜…せっかく走ったのに、見失っちゃったねぇ」
「さっきのヤツと話してる間に行っちゃったんじゃない?」
「それじゃあ後をつけた意味がないじゃないか!!」

 続けて聞こえたそんな会話にファズは「ストーカーかよ」と苦笑した。
 追いかけられている子が大変だな、と。そんなことを思いながら見失ってしまった存在を考える。

 ――ただの鳥人だったのだろうか。

 …ドン、と衝撃があった。
 それまでの思考が吹っ飛ぶ。

「……ッ!!」
「あ、わりぃ…」
 建物の隙間に切り取られた空ばかり見ていて周りを見ていないせいか、また人にぶつかった。
 本日2度目の衝突である。
「――あ?」
 今度ぶつかってしまったのは女の子。――それは、見覚えのある子だった。
「…リコ?」
 赤茶色の髪と、朱色の瞳。
 なぜか座り込んでいる少女…リコだ。
「――どうしたんだ? 座り込んで…」
 呆然とファズを見ていたリコだったが、しばらくして「ファズさん〜????」と妙な声で名を呼ぶ。

 ファズはリコと視線を合わせるように膝を折る。改めて「どうしたんだ?」と問いかけた。
 しばらくの間をおいて、リコが口を開く。
「なんか誰かに追われてる感じがして走ってて…」
「――追われてる感じ?」
 リコの答えをファズは思わず繰り返した。
『それじゃあ後をつけた意味がないじゃないか!!』
 …それは、先程のきのこ頭の叫び。
 小さく頷いたリコに、ひとつ思いついたファズはふと問いかける。
「…変なこと聞くけど、リコって『リコ・パーソン』?」
 リコはファズの言葉にぱちくりとした。
 そして「そうだよ」と頷き、「名字、言ったっけ?」と首を傾げた。
「いや…」
 ――さっきのきのこ頭が追いかけていたのはリコだったのか、と1人納得してファズは苦笑する。
 カワイイ子も大変だな。――というか…。
「リコ、また裏道で1人かよ」
 思わずツッコミをかましてしまう。
 初めて会った時も彼女は1人だった。
 変な事件も多いし、1人で――しかも路地裏を――行動するなんて。
 責める気はなかったのだが…ファズの言葉に「早く帰りたくて」とうなだれるリコ。
 ちなみに未だに座り込んだままである。
「…ところで、いつまで座り込んでるんだ?」
 ファズは疑問を素直に口にする。
 リコはその言葉に一瞬言葉を詰まらせた。
 そんな様子に少しだけ首を傾げるファズ。…その行動がとても似合っている。やはり、可愛い顔立ちである。
「…力が入らないの」
 消え入りそうな声でリコは呟いた。
「――は?」
 聞こえていたはずなのだが…予想外の言葉で、一瞬意味がわからない。
「…怖くて、驚いて、安心して…うまく、足に力が入らないの…」
 ファズはその言葉を頭で繰り返した。――つまり。
「立てないのか?」
 ファズの言葉にリコは小さく頷いた。
 …どうりでいつまでも座り込んだままのはずだ。
「そっか」
 ファズはそう言うと、座り込んだままのリコを立ち上がらせた。
 うまく足に力を入れられないリコは重力のままにしゃがみこむ。
 …その前に、ファズはリコを抱き上げた。

 
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