――またね、と別れてもうどのくらい経つだろうか。
夕日が沈んでいく。
「は〜…」
リコは思わずため息をついた。
明るい夕日の色は、なんとなく彼の髪を連想させる。
(ファズさん…元気かな…)
あの後何度かレイミと一緒にクラブに行ったが、結局一度も会っていない。
(…って、なんでこんなこと思うんだろう…?)
というか、なんでこんなに『会いたい』なんて思うのか。
「……」
いくら考えてみても、理由なんて思いつかなかった。
先日のゴロツキにカバンを奪われてしまったことを教訓に、リコは路地裏をなるべく通らないようにしている。
先ほどまで友達と一緒にいたが、帰る方向が違うので別れた。
夕日が沈んでしまうと、暗くなるのは結構早い。
リコは少し早めに歩いていた。
……――――――
「…」
リコはふと、振り返る。
所々明かりが点きはじめている。
歩いている人は、ソコソコだ。
――なのに…。
(気のせい?)
リコは再び歩き出した。
カツ カツ カツ …
「…?」
今度は立ち止まって、振り返る。
先ほどから何か、音が聞こえる気がした。それはついてくる靴の音のようにも、別の音のようにも思える。
(…ヤダッ)
なんだか怖かった。
気のせいだと思おうとするのだが、一度気になるとなかなか『気のせい』という気になれない。
リコは思わず走り出す。
家までまた少し距離があったが、それでも走り続ける。
運動は得意なリコは体力もソコソコあった。
…バサッ
突然の音にリコはビクッとしてしまう。
夕日は、完全に隠れてしまっていた。
空は殆ど夜の色に染まり、西の空にほんの少しだけ夕日のオレンジ色の余韻が残っている程度。
リコは、音を聞いた。
鳥の飛び立つような音を。
…何かが羽ばたくような音を。
●○● ●○● ●○●
最近、誰かに後をつけられているような気がする。
――でも、なんとなく相談できない。
リコをつけているような人間を見たことがないし、大事にしたくなかったから。
「『黒い羽根』のウワサを知ってる?」
「『黒い羽根』?」
リコはレイミの言葉を繰り返しながら首を傾げた。
少し考えて「カラスの羽根とか?」と続けると…。
「ちっが〜うっ!!」
…そう、レイミからツッコミを受けた。
「最近、殺人とか多いじゃない? で。死体の傍に黒い羽根が落ちてるんだって」
「――レイミ、そんなに目をキラキラさせながら言うことじゃないと思うけど?」
レイミの様にアヴィアは半ばため息を交えながら呟いた。
「え、アヴィアもその話は知ってるの?」
そんな『黒い羽根』を全く知らないリコの耳に「ハハッ」と笑い声がとどいた。
…それが誰の声か、顔を見なくてもわかる。
「パーソンはそんなことも知らないのか?」
声は名指しでリコをバカにしていた。
リコは声の方を向いて「知らない」と答える。
後ろに太い少年と小さい少年を従えて「『黒い羽根』のウワサを知らないヤツがいるとはね」と繰り返し、再び笑った。
…リコの敵、グレッド・ロワールである。
隣の1組なのに2組に顔をだして、リコをバカにするのだ。
それか、からかうか。
「セイドリックじゃまだみたいだけどな。グルーデンルストでも何件かあったらしい」
グルーデンルストとはカスタマイン王国の首都だ。
この学校もあるセイドリックの東側に位置する。
「それから、事件を起こした犯人が言うそうだ」
僅かに声をひそめて、グレッドは呟いた。
「『黒い羽に誑かされた』と」
その瞬間、なぜか背筋がぞっとした。
リコは瞬きを繰り返す。…あるはずのない、黒い羽根が見えたように思えて。
「怖いのか?」
固まってしまったリコにグレッドは問いかけた。
「…別にっ」
本当は少し怖かった。
だが、ソレを認めるわけにはいかない。グレッドにまたバカにされる。
「今日辺り事件が起こるかもしれないぞ。…なぁ、パーソン?」
ぞわぞわと背筋が粟立つような感覚がする。
言い返したくて、でもうまく言葉が思いつけない。
「1人で行動しなければいいのよ」
リコの代わり…でもないけれど、両腕を組んだレイミは言いながら「ふん」と鼻を鳴らした。
「というわけで、一緒に帰ろ」
ニっと笑うレイミに、リコは「本当?」と言って彼女の手を握る。
レイミとリコの家の方向は違うのだが、今日はリコの家の方向に用事でもあるのだろう。
レイミは「今日は迎えがくるのよ」と笑った。
…すると。なぜかグレッドは舌打ちをして教室をあとにした。
「結局なんなのよ、アイツ…」
リコはグレッド達の出ていったドアを見ながら、ボソッともらす。
「曲がりくねった愛情表現…」
「え?」
よく聞こえなかったアヴィアの言葉を聞き返したが「独り言」と淡々と返された。
●○● ●○● ●○●
(レイミの嘘つき〜っ!!!)
リコは心の中でそう、叫び声をあげる。
「…はぁ…」
次に、大きく息をはきだした。
(まぁ…レイミのせいじゃないんだけどさ…)
また、微妙な時間帯だ。
夕日がもうそろそろ沈みそうだという、夜との境目。
レイミと『一緒に帰ろう』と。そう約束していたのだが。
…迎えがきてくれるから、と。そう、言っていたのだが。
『……父さんが?』
迎えに来た従者の言葉に、レイミは言葉を失っていた。
セイドリックでも…もしかしたらカスタマインの中でも…屈指の資産家であるルシアン家。
――色々と付き合いがあるらしく、レイミもたまには参加しなくてはいけないらしい。
『随分急じゃない。…そんな話聞いてないわよ?』
しばらく言い争っていたが、結局レイミが折れた。
『リコ…約束やぶっちゃってゴメン。今日一緒に帰れないわ…』
ワガママなところのあるレイミだが、根は友達思いのイイコだ。本当に申し訳なさそうに謝る。
『…今度埋め合わせしてね』
――だからリコはそう言った。
…そう言ったものの…。
(レイミの嘘つき〜っ!!!)
…と、なるわけである。
何故かリコの家の方向に友達がいない。
みんな違う方向でどうしても途中までか、学校で別れることになってしまう。
「…帰ろうっと…」
アヴィアは、今日は部活だ。
ちなみにほぼマンガ研究会の美術部である。
夜が長くなるこの季節を少々恨めしく思いながら、リコは学校をあとにした。
「…」
今日も、誰かにつけられている気がする。
先日のこともあるし、路地裏は通らないほうがいいだろう。だが…。
(近道にはなると思うんだよね〜。…どうしよう…)
リコは悩んだ。歩きながら考えた。
考えて…決心する。
(よし、誰か入っていく人を見かけたら、路地裏通っていこう)
今日の人通りは結構激しい。
週末だから、これから遊びに行く人もいるのかもしれない。
(あ)
――決心したリコの前で少し年上に見える2人組みが路地裏に入っていった。
ちょうど近道になりそうな通りだ。
リコは少し小走り気味に角を曲がった。
2人組みの姿にほっとしながら、リコは歩く。…だが。
(…あ…)
早々に、2人はリコの歩く道とは違う道で曲がってしまった。
裏道を抜けるにはあと3回曲がらなくてはならない。
路地裏は灯りが少なく、この時間帯は元々明るくないのに一段と暗い。
カツ カツ カツ …
「!!」
――誰かが後ろにいる!
リコは走り出した。すると…足音も早まる。
そのことにリコの血の気が引いた。――その音が、自分で聞こえた気がした。
(きゃーっっっ!!!!)
…リコの叫びは、『声』になることはなかった。