「んー…っ。やっぱ、体動かした後は格別だなっ」
ファズはカシスオレンジを一気に飲み干してそう、満足げに笑った。
隣には少し前に知り合った女の子レモンスカッシュを持っている。
「あの…お金、いいんですか?」
飲み物を手に持ちながらソレに口をつけていない女の子…リコに、ファズはヒラヒラと手を振って見せた。
「あ、いいよ、いいよ。今回はオレっちのオゴリ」
また会えた記念に、と続ける。
リコは「ありがとうございます」と小さく頭を下げて、ようやくレモンスカッシュを一口、二口と飲んだ。
他愛のない話をする。
ふと、リコは「この間は本当にありがとうございました」と再び頭を下げた。
それは、ゴロツキ3人に絡まれていた時のお礼だろう。
ファズは笑う。
「この頃変なヤツ多いからな。気をつけなきゃダメだよ?」
「はい」
聞いていて気持ちいい返事をするリコに「素直だな〜」なんて感心した。
「あ」とファズは声をもらす。
素直なことはいいことだ。だけど。
「別に、敬語使わなくていいよ?」
「え?」
リコは首を傾げて、もともと大きな朱色の瞳を丸くした。
「友達になったんだから。別に、敬語なんて使わなくていいから」
年齢のことは聞いた。ファズのほうがリコより年上だ。けれど…あえて敬語を使われるようなことはない。友達になったのだから。
ね? とファズは笑顔を見せる。
すると、リコはなぜか俯いた。
少し薄暗い店内ではわかりにくかったが…リコは少し顔を赤くしている。
「――うんっ」
顔をあげると、リコはそう、笑顔を見せた。
明るい返事にファズは「やっぱり素直だな〜」なんて思ってしまう。
「あら?」
リコと話していたファズの元に1人の女の子がやってきた。
少し気の強そうな女の子である。
「レイミ」
リコはおそらく彼女の名前を呼びながら、ヒラヒラと手を振る。
「「友達?」」
ファズとレイミはリコに問いかけて…その同時っぷりに顔を見合わせた。
しばしの沈黙。
「…プッ」
その沈黙がなんだかおかしくて、ファズは思わずふきだす。
それから、リコとレイミもつられるようにして…3人で笑った。
その後一旦別れたリコとレイミと、出入り口付近で会った。
ファズは「あれ、帰るの?」と言って、チラリと時計を見る。
「…あぁ、それにしたってもうこんな時間か」
送ろうか? と問いかければ「迎えが来てるから」とレイミは答える。続けて「サンキュ」と笑った。
「じゃ、またね〜」
ヒラヒラと手を振るレイミにファズも手を振って応じた。
「また、ね」
レイミに続けて、リコも手を振る。
そんなリコにファズは「またな」と笑った。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
カーテンを引いていても、天気がいいことがわかる。
「…んん…」
ファズはうっすらと目を開けた。
何度か瞬きをするが、結局閉じる。
昨日は随分遅くまでクラブにいた。
リコ達を見送ってからさらに時間を過ごしたのだ。
太陽はもう中天まで昇っているようだが、今日は休みなので気にしない。
(あ〜…そういえば明日から出張だな…)
だから、クラブで踊りまくった。
出張中は任務中だ。さすがに遊べない。
「……」
ファズはガバリと起き上がった。
明日から出張で、しばらく帰れない。
思い立ったが吉日。――思いついたら即実行。
(トーラスに会いに行こう)
しばらく会っていない友人だ。
色々と物知りで、物書きをしている。
――訊きたいことがあった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
ファズはカスタマイン城内、別館の寮に1人暮らしをしている。
勤め先…カスタマイン城が実家から遠いのだ。
出入り口にいる管理人に「でかけまーす」と声をかけて、ファズは寮を後にした。
「おっひさ〜」
ノックもそこそこに、ファズは勢いよくドアを開ける。
ファズが向かったのはカスタマイン城の裏山…そこにある、廃墟だ。
しかし『廃墟』なのは外面だけで、中は結構キレイになっている。
「ファズさん! お久しぶりです」
元々廃墟だったのをこうして住めるようにしたのがファズを出迎えたリファイアだ。
「おう」
「どうなされましたか? ご主人様なら今、奥にいらっしゃいますが」
少々おしゃべりだが、家事全般は完璧にこなす優しい鳥の人獣だ。
ちなみに『人獣』とは体つきは人間とほぼ同じなのだが、頭部が完全に動物である存在のことである。…それはさておき。
「あ、起きてる?」
「…どういう意味かな、ファズ」
「ご主人様」とリファイアが声の方に顔を向けた。
奥のドアが開き、そこから猫…のモンスターで、シャロルという…を従えた一人の青年が姿を現した。
「いや、オレっちがちょっと起きるの遅かったからさ」
そういえば普通に昼だったな、とファズは頭を掻いた。
「午前中は出かけていたからね。いいタイミングといえばいいタイミングだよ、ファズ」
そう言ってふと笑う。
――美人といえた。
黄金色の髪は長く、バラの髪飾りで――男性だが、妙に似合っている。最近お気に入りらしい――1つにまとめ、左目は琥珀色。前髪は多少長く、右目は隠れている。
チョイとメガネをかけなおして、トーラス…トーラス・ハロルドは足元に擦り寄っているシャロルを撫でた。
撫でられたシャロルはグルグルと喉を鳴らして目を細める。
「いいタイミングといえば…」
ぐぅ〜…
「……」
その音に、沈黙が流れた。
ちょうどお昼時である。
「――昼は、まだらしいね」
「そういえばそうだった」
出てくる直前まで寝ていた勢いだ。朝食も食べてない。
「リファイア、ファズに何か作ってやってくれ」
「はい、わかりました」
強く『空腹だ!』と自己主張したファズの腹の虫の声に、笑いをかみ殺しながらリファイアは玄関ホールからキッチンへ移動した。
「少し待っていてくれ」
そう言いながらトーラスは背を向けて歩き出す。
ファズはトーラスの後に続きながら答えた。
「いや、オレっちこそ悪かったな。こんな時間に来ちまって」
「構わないよ。ファズが来るとリファイアが喜ぶ」
トーラスの言葉にファズは「そうなの?」と首を傾げた。
「あぁ。…おしゃべりだからな、話し相手は大歓迎みたいだ」
ファズは『それはある意味自分じゃなくてもいいんじゃ?』とコッソリ思ったが「そうか」と頷いておいた。
勧められた椅子に腰をおろすと、そんなに待たない内に「失礼します」とリファイアが顔を出した。
手にはサンドウィッチと何か飲み物…おそらく紅茶…がのったトレイを持っている。
ぐぅ〜…
「……」
ファズの腹の虫が、ソレを見て再び鳴いた。
「…食べてもいいか?」
リファイアはファズの前にサンドウィッチとグラスを置くと「どうぞ」と笑った。
「いただき」と早速手を伸ばす。
トーラスの前にもグラスを置いてリファイアは「御用がありましたら呼んでくださいね」と部屋から出ていった。
「いや〜、やっぱリファイア、料理うまいな」
パクパクッとサンドウィッチを平らげ、冷えたストレートティーを半分ほど飲んだ後、ファズは呟いた。
「ソレを聞けばリファイアが喜ぶよ」
アイスティーを一口だけ飲んだトーラスは「それで」とファズを見据えた。
「どうかしたのか? …何か、俺に訊きたいことでもあるんじゃないか?」
ファズは何度か瞬きを繰り返した。
そして「よくわかったな」と素直に驚く。
「まぁな。…俺が何年生きてると思っている?」
見た目よりもずっと長く生きているトーラスに「バレバレ?」と笑った。
しばらく笑ってから一度息を吸い込む。
「――『黒い羽根』のハナシを知ってるか?」
本題を、口にした。