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●○● Ⅱ ●○●

 近道しよう、と思ったのがいけなかったのだろうか。
「あの…」
 涙声になってしまう。
 部活があって、学校を出るのが遅くなってしまった。
 辺りは真っ暗で、早く帰りたくて…路地裏を通ることにしたのだが。
「なんだよ?」
 ――近道しようと思ったのがいけなかったのだろうか。

 パッチリしている朱色の瞳に涙が滲んだ。
 リコ…リコ・パーソンは、3人の男に絡まれている。
 ――ガラがいいとは言い難い、3人の少年に。
「……」
 返してください、と声にならずにリコはつぶやいた。
 大切なカバン…お小遣いをはたいて買った、お気に入りの『むすっこあら』のぬいぐるみ型のカバンを少年に奪われてしまったのだ。
「んー?」
 なんだよ、と怖がってしまっているリコを面白がって1人の少年がムスッとした顔のコアラのカバンをぶんぶんと振り回した。
 ポン、と放り投げる。
「!!」
 けれどそれが地面に落ちることはなかった。
 もう1人の少年に、ボールのように投げたのだ。
「…――っ」
 返して、と言えない。
 怖くて声がでない。
「どーしたの?」
 リコが困っているとわかっているくせにニヤニヤ笑いながら問いかけた。
「……」
 そのカバンは、大切なものなのだ。
 宝物と言っても過言ではない。
 それを奪われて、ついでに放り投げられて…でも、何もできない。
 怖くて。…それでも何もできないことが情けなくて。
「どしたの?」
 ――その時。
 背後から、新たな声が問いかけた。
 その声にリコはビクッと体を硬くする。
 恐る恐る振り返ると、1人の美人が立っていた。
『美人』というよりは『カワイイ』と言うべきか。
 真っ直ぐなオレンジ色の髪をひとつにまとめ、足を進めると腰につけてあるチェーンがシャラリと鳴った。
「…どうしたの?」
 キレイな赤茶色の瞳がリコを映した。
 ――『こんな時に』かもしれないが、リコはドキッとした。
 その、真っ直ぐな瞳に。
 安心させる優しい微笑みに。

 笑みを深くして、その人…ファズは視線をリコから少年達に移した。
 そして少年が持つのに不釣合いな可愛らしいぬいぐるみ型のカバンに固定した。
「あぁ…もしかして…」
 そう、呟くと。
 ベシッと一度、鋭い手刀をむすっこあらを持つ少年の手に叩き込んだ。
「――っつ!!」
 手刀を叩き込まれた少年は声なき声を上げる。
「落としちゃった?」
 ファズは手刀で少年が手放したむすっこあらのカバンを地面に落とすことなく器用にキャッチすると、リコに手渡した。
「はい、これ」
 3人の少年は無視して、である。

「――コッチの相手もしてくれないかな、おねえさん」
 背の高い、目つきが一番鋭い少年が言いながらファズの肩を叩いた。
「っていうか、痛かったんだけど?」
「慰謝料」
 男3対女2と思い込んでいるのか強気な態度を崩さないまま少年達は笑った。
 ファズは振り返ると、ニッコリ笑った。
 少年達が「カワイイ…」と見惚れてしまうような笑顔。

「…お相手、ね」

 笑顔と共にこぼれた呟きの、次の瞬間。
「――ぐあっ」
「うわっ」
「げぇ…?!」
『目にも止まらない』といえた。
 …リコがわからないうちに、3人の少年達は倒れた。

 ホコリを落とすように手をはらって「さて、暗いし送るよ?」と言いながら、ファズはリコの手を引いて歩きだす。
 大きくて硬い手。
 ずいぶん、背の高い女の人ひとだとは思っていたが。
 その時になってようやく、リコはファズが男の人だと気付いたのだった。

●○● ●○● ●○●

「…っていうことがあったの…」
 言いながら、リコはドキドキしていた。
 アノ時のことを思い出したせいか。
 ――それとも、結局名前も聞けなかった男の人のことを思い出したせいか。

 クラスで一番仲がよく、よく一緒にいるレイミ・ルシアンとアヴィア・クレソンはリコの話を聞きながらそれぞれ違う反応をした。
 お金持ちでちょっとワガママなレイミは「そういう時は急所を蹴って走ればいいのよ」と提案し、比較的クールなアヴィアは「あまり1人で帰ったりしない方がいいわね…」と冷静なコメントをこぼした。

「あ、そうそう。リコとアヴィア、今日暇?」
「なんで?」
 次はリコの苦手なアレグリア先生の授業だ。
 時々、レイミは『サボろう』と持ちかけてくる。
 が、今日は違った。
「用事がないんなら、クラブに行かない?」
「わたしはいいわ。興味ないから」
 サクッとアヴィアは答える。
 いつものクールな答えに「あら、そう?」とレイミは特に気を害することなくリコに視線を向けた。
「うーん…」
 悩んでいるリコにレイミは「ヤなことあったんなら弾けようよ」と持ちかける。
 踊るの気持ちいいし、と続けた。
「ん〜…。じゃあ、行ってみようかな…?」
 リコの返答にレイミは「そうこなくっちゃ」と満足げに頷いた。

●○● ●○● ●○●

 大きな音が鳴り響く、思ったよりも広い建物にリコはレイミに続けて入った。
 最近人気のアマチュアバンド『Cult〜Brash』のメンバーも時々現れるとウワサのクラブだ。
 リコは初めて入ったが、レイミは結構よく通っているらしく、クラブの中で何人もの人と挨拶を交わしていた。

 喉が渇いたリコは何か飲み物を買おうと店内の人ごみを掻き分けていた。
 踊るのも、みんなで騒ぐのも思ったよりも楽しい。
 リコはいつもとは違う雰囲気に、それでも馴染める雰囲気に満足しながら目的の場所を探していた。

「おっ、決まった!!」
「ナイス!」
 騒がしい雰囲気の中、そんな声がリコにとどいた。
 思わず立ち止まり、注目されている人物に視線を向ける。

 …ダンスをしているらしかった。
 随分早いテンポにあわせて。
 でも、楽しげに。
 ダンスのウマイ、ヘタはよくわからなかったが、それでも視線は奪われた。

 その動きに。
 ――踊るその人に。

「…あ…!」
 リコは思わず声を上げてしまう。見覚えのある人だった。
 曲の区切りがついたのか、その人は隣に立っていた男の人と「パンッ」と手を合わせて、リコのいる方に歩いてくる。

 じっと見つめていたリコの視線に気付いたのか、その人の視線もリコに向けられた。
 2、3度の瞬きの後「――あ!」と声をあげる。

 オレンジ色の髪は、今日はツーテールにしばっていた。
 ブレスレット同士がぶつかって、チャリンと澄んだ音がする。
「久しぶり〜。元気?」
 まるで昔からの友達のように、彼は笑顔を見せた。
「う、うん。久しぶり…」
「ナニ? 友達?」
 隣に並んでいたリコと同じ年くらいの少年…に見えるが、もしかしたら年上なのかもしれない…がそう、問いかける。
「ん」
 えっと、と言いながらリコの方に視線を向けた。
「名前、なんだっけ?」
 そう言いながら笑顔を見せる。
「ちなみにオレっちはファズ」
「あ、あたしはリコ!」

 先日、大切なむすっこあらのカバンを取り返してくれた、女の人と見紛う顔立ちの…また、会いたいと思っていた人だった。

 
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