ファズが木造のドアの取っ手を引き中を覗くと、中には既に人がいた。
「おー! ファズ、はよーさん」
「はよー」
ファズは一番近くに座っていた青年――ラグ・リオンに片手を挙げつつ答えた。
応じたラグは、勝気で少々喧嘩っ早い性格がその顔立ちからにじみ出ている。ファズの一番の友人だ。
「『はよー』じゃねぇぞ」
温厚な灰色の瞳に苦笑を交じえながらバルロア・ローゼンが言った。
実際二児の父親でもある、青龍騎団の父親的存在である。
「もう、『コンニチハ』に近いよ、ファズ」
そう続けた緑色の髪に瞳、温和な雰囲気の――実際、争いごとは嫌う少年である――ソリュート・バークレインに「ひひっ」と笑って答える。
「いや、いい天気だったからさ」
「陽気に誘われて、寝坊でもしたか?」
「ぴんぽー…」
ぴんぽーん、大正解! と調子よく答えようとして、ファズは固まる。
…同僚…ではなく、上司の声に。
「団長…」
オハヨウゴザイマス、とヒラヒラと手を振った。
冗談めかしたその動きに金髪碧眼の美少年…『少年』と言うと怒る…ザナル・レフィードは笑った。
ザナルとファズの様子に深い藍色の長髪に一房だけ白のメッシュの入った美丈夫は大きなため息をつく。
――半ば、諦めているという説もある。
「明日は、ちゃんと来い…」
「はーい」
ファズはピシッと敬礼の真似事をした。
そんな様子に美丈夫…団長、ルキオルは大きな、深いため息をついた。
「…連絡事項はコレを見ろ。私も警護に出る」
そう言いながらノートと、12人の名前の書かれたボードを指さすとルキオルはその部屋を後にした。
「はいさ」
ファズは後姿に答えたが、ルキオルにとどいていたかは微妙である…。
ルキオルの後姿が扉の向こうに消えると、ファズは名前の連なったボードに視線を移した。
名前の横にそれぞれ『本日の任務』が書かれている。
ファズの本日の任務は…町の巡回となっていた。
もう出ているらしい『フラ・コーデット』の横にも『巡回』と書かれている。
「見回りかぁ…変な事件多いもんなぁ」
言いながら、多少ため息が混じった。
任務に対して、ではなく最近の『こと』を思いだしてである。
「だよなぁ」
ファズのボヤキにラグは頷いた。
変死体、殺人、行方不明…など、グルーテンルストでは最近、妙に事件が多い。
「あ、ファルアとじーさんは今日から出張だったか」
『ファルア・ロッサ』『クレセア・ファエル』の横には今日の日付と、隣国の名が書かれてあった。
ファズの所属している『青龍騎団』とは王国カスタマインの騎士団のことである。
『騎士団』とはいっても王国、王族を守ることだけが彼らの役割ではない。
密書の配達や、他国などからの依頼によって出張にでることもある。
メンバーは団長を筆頭に12人が籍を置いている。
国内の兵士の中から選ばれたエリートともいえる存在だ。
「オレっち、ある意味任務遂行してきたよ」
ファズは「行ってきまーす」と言いながら付け足した。
「は?」
ラグが聞き返せば、ファズはニッと笑った。ドアに手をかける。
「いい天気だったから、ちょっと散歩がてらフラフラしてきた」
「…遅かったのは寝坊だけじゃなかったのか」
バルロアの苦笑に「そうだったりする」と手を軽くあげて再び「行ってきまーす」と、事務室を後にした。