恋愛白書モドル

ミルクティー
―HIBIKI'S SIDE―

 文化祭も終わり、秋が深まってきていた。
 空は遠くなり、爽やかな風には時折冷たさも交じる。

 北川高校の一角――自動販売機の前に、一人が立ちつくしていた。
(…さぁて、どうしたもんか)
 榊原響は自動販売機に並んでいる商品それぞれをじっと見つめた。
 友人から譲り受けた――実はちょっとした『貸し』があったから、だったりするのだが――ジュース代をきゅっと握る。
 迷うのは、炭酸飲料にするかお茶にするか、だった。
 なんとなく炭酸飲料を飲みたい気はするのだが、響は炭酸飲料だと後でノドが渇くことが多い。
 ノドの渇きを癒すために飲み物を買おうと思うのに、ノドが渇くとわかっていて買うのは意味がないような気がするのだ。
(しかしせっかく他人ヒトの金だしなぁ…)
 いつもなら選ばない炭酸飲料を買うのが手だろうか。

「……なぁにしてんの?」
 響はその声にちょっとばかり驚いた。
 ナカナカの勢いで振り返り、発信源を見つめる。
「――輝…」
「響、ビビり過ぎ」
 響に声をかけてきたのは幼馴染み…篠岡輝だった。
 「全然動かないからナニしてるのかと思ったよ」と続いた輝の言葉に、響は「自分はそんなに悩みまくっていたのか…」とちょっとばかり、自分自身に驚いた。
 思わず「ハハッ」と渇いた笑いが漏れる。
「いやぁ…三原からジュース代貰ったから買おうと思ったんだけどさ」
 響は迷っていることを告げる。
 輝はちょっとばかり考えて、閃いたような顔をした。
「同時に押せば?」
 言いながら輝は両手の人差し指をそれぞれ上向きにする。
「……あぁ、成程」
 ソレは単純ながら、思いつかない手だった。
 響は半ば本気で感心し、お金を入れる。
 それぞれのジュースの下…自動販売機のランプが点灯したところでボタンを押そうとした。

 ――そうしたら。

「コレ、っと」
「……え?!」
 響は伸びてきた腕…押された商品に声を上げた。
 ガコンッという音がして、商品が出てくる。
 炭酸飲料ではなく…響が買おうかと迷ったお茶でもない。
 輝は自動販売機の取り出し口からカンを取り出した。
「ミルクティーげっと♪」
「え゛えぇえ゛ええええっ?!」
 響は声を上げる。ミルクティーは、響の選択肢の中になかった。
 伸びてきた腕…響が押すよりも早く、ボタンを押したのは輝の右手だった。
「輝…おま…っ!!」
「響が迷ってたから、いっそのこと全然違うのがいいかな、って」
 アハ、とカン…ミルクティーを手にした輝が笑う。
 響が「親切ーっ?!」と叫ぶと、輝はあっさり「アタシの欲望?」と切り返す。
「やっぱりか!!」
 響は再び叫んだ。

「オレのジュース代…」
 ちょっとばかり項垂れる響に「はい」と輝はミルクティーを差し出す。
「…飲めってか?」
「だって一応響のだし」
 輝の答えに「『一応』かよ」と響は息を吐き出した。
 輝から受け取り、ラベルを眺める。
 …どこからどう見てもミルクティー。
 響はもう一つ息を吐き出し、輝へとミルクティーを差し出した。
「……やる」
「え、いいの?」
「――実は最初から狙ってただろ?」
 言いながら輝を見れば「バレてる?」と輝が笑った。
 輝の手に、ミルクティーを手渡す。
「サンキュ、響」
 …輝が、笑う。
「――ああ」
 ――こういうのは、惚れた弱みだったりするのだろうか。
 応じながら、響は思った。
 輝が笑うなら…笑顔を、見せてくれるなら。
 ちょっとぐらい、自分が我慢したっていい。
(――オレってマゾか?)
 我知らず響はため息をつく。
 ため息をついた響を輝は見上げた。

「…調子乗り過ぎ?」
「――…」
 輝の問いかけに響は瞬く。
 ――輝の言う『調子乗り過ぎ』は、響が輝を好きなことを知っていても尚…甘えているか、という意味合いにも思えた。
 瞳に宿る光にそんなようなことも思い――響は笑った。
 それは、苦笑などではなく。
「なぁにを今更」
 響は言いながら輝に軽いチョップをかます。
「オレが勝手にやってんだ。――気にするな」

『だから、最後の男はオレにして?』
 ――夏休み明け…響がそう言った以来、輝に彼氏はいない。


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