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ろく。

 みちるは衣類を整えた。
 最初に通された部屋とは違う部屋に通される。
 そして、お茶が出された。
 今頃思えば、お茶か大福に眠り薬か何かが入っていたのではないだろうか。

「申し訳ありませんね…我が屋の姫が…」
「あ…はぁ…」
 生返事をしながら、みちるは腕時計を見た。
 光から連絡を受けて、早2時間…。
 そろそろ光の用事も終わるだろうし、いい加減親分とやらを探さねば。

「あの…。僕、そろそろお暇させていただきたいと…」
「まぁ、お急ぎでしたか? すみませんね、足止めしてしまいまして…」
 老婆は本当に申し訳なさそうに、深々と頭をたれた。
 そんな老婆の様子を見て、みちるは「あ」と小さく呟いた。
 別に老婆のつむじを見て思い出したわけではないのだが…。
「あの、『親分』って知ってますか?」
 老婆はもしかすると何も知らないかもしれないが、聞かないよりはマシだ、とみちるは口にした。
「『親分』? ああ、『あちら』に行かれるのですか」
 お若いのに大変ですわねぇ、という老婆の言葉に、
(『あちら』って、僕のいた所のことだよね? …少なくとも向こうじゃ襲われたりしないし…)
 こっちより大変じゃないと思う。そう、思った。
「『親分』、お呼びしましょうか?」
 老婆の予想外の提案にみちるは驚いたが、次の瞬間には「ぜひ、お願いします」と言っていた。
「では、こちらでしばらくお待ちくださいね…」
 老婆そういって立ち上がると、裾を引きつつ去っていった。
 裾の音も聞こえなくなる。
 …と。

「…みちる」
 びくっ
 みちるは意識せず、肩を揺らしてしまった。
 …この声は、『かおる』…もとい、かぐや姫だ。
 はい、と小さく返事をすると、かぐや姫は言葉を続けた。

「そなた、わらわのかおを見たか?」
 びくびくおどおどしながらみちるが「え…?」と言うとかぐや姫は「そんなに恐れずともよい」と前置きをしてから。
「大丈夫、手出しはせぬ…とても惜しいがのぅ…」
 …この姫様の『大丈夫』って、なんとなく信用できない…。
 みちるはそう思ったが、女性を無視するなんてことはできない。
 女性を大切に、というのがみちるの合言葉だからだ。
「…えぇ、…見ました、けど…?」
 かなりぼんやりとしたものだったが、一応見たことには変わりないだろう。

「ちなみに、わらわの名は?」
 なぜそんなことを訊くのだろう、と思いつつも「かぐや姫?」とみちるは小さく答える。
「ふっ」
 鼻で笑ったのが、簾越しに聞こえた。
(なんなんだ???)
 みちるがそう思ったと同時に、すだれが(かなり)勢いよく上がった!!!!
「名も顔も知られては、そなたはわらわの婿になるしかない!!」

 ばふっ

 勢いよくみちるを押し倒したかぐや姫っ! ってか、どうするみちるっ!!!
「そんなことまったく気にせぬ姫が何を言うッ!!!」
 脳天チョップ!
(……スゴイ……)
 僕も強くならなきゃダメ? とわけのわからぬことも考えるみちる。

「本当に…本当にすみませんねぇ…」
 我が屋の姫が…。
 老婆は小さく続ける。…見た目だけでは想像もつかないチョップと俊足である。
「ああ…、ところで、『親分』をお呼びいたしますね…」
「あ、ありが…」
 『ありがとうございます』となるはずだった言葉は、そこで停止した。

 老婆の手には、扇風機。
 しかも普通の扇風機ではない。
 単3の電池2つほどで動く、ミニ扇風機だ。
 ちなみに色は目にも鮮やかなショッキングピンクである。
 電話とかを利用して『親分』を呼ぶと思っていたみちるは…かなり、驚いた。

(ってか、どうやって呼ぶの…?)
 もっともである。
 そんなみちるの驚きなど目にも留めず、老婆は腕まくりをすると、ミニ扇風機を動かし、外に向けた。
 しばらくすると老婆の腕も回り始めた。
 最初は、ゆっくりだった。
 しかし。確実に早くなっていく老婆の腕の動きはなかなか…いや。かなり怖いものがある。

 ……ぅん ぶうん ぶーん ぶううん ぶぅぅん……

 耳を凝らせば聞こえる扇風機の音…。
 …もしかしたら老婆の腕の動く音であろうか…。
 老婆の腕は、ほぼ見えなくなるほどにスピードアップしていた。
 もし『親分』を呼ぶ方法が『風を起こすこと』ならば、あのミニ扇風機は要らないのではないだろうか?
 その時である。

『てやんでぃっ!! かぐや姫んトコのババが呼んでるぜいっ!!』
 …来た。しかし、これが…これが…
「おや…ぶん…?」
『おうっ、親分でいっ!!』
 喋る黄色いうちわが、なぜ『親分』と呼ぶかわかる気がした。

 親分は、扇風機だった。

 しかも、寝る時にかけておけば快適な『おやすみタイマー』とか、風の強弱を勝手にしてくれる『リズム設定』などがない、年代を感じさせる扇風機である。
 銀の縁取り、青緑色のハネ。ボタンは大きく弱、中、強の3つ。ご丁寧にコンセントまでついていたりして…。
 うちわ同様、この扇風機もどこで喋っているのかわからないが、確かに喋っている。
 どこをどう見ようと、電化製品(年代モノ)の扇風機である。

「親分、我が屋の客人じゃ」
 みちるはどこかでそんな老婆の声を聞きながら、視線は親分に釘付けである。
『おうっ、そんなに見ねぇでくんなっ! 穴が開いちまうぜっ!!!』
「あ、す、すいません…」
 しかし、視線が動かせない。と、みちるが困っている時。老婆が『親分』に声をかけた。
「それで…親分。この方を送っていただきたいのじゃ」
『おうっ、任せときなっ! 行くぜっ!! じょ…ぼ…??????』
 みちるの容姿に、『嬢ちゃん』と呼ぶべきか『坊主』と呼ぶべきか迷ったらしいが、『親分』は最終的に諦めたらしい。
「あ、あの、僕はどうすれば…」
「ただ、行きたいところを思えばいいんですよ」
 老婆がそう言った途端に、ごおっ!! と、力強い風がふいた。
「またかぁぁぁぁぁっっっ!!」
(これで宙に浮いたのは何度目だ?! …2度目だな)
 冷静に自分自身に突っ込みをいれるみちるである。
「みちるーっ!!」
 宙に浮いたみちるの耳に届く声…。かぐや姫だ!!
「今度は『えっち』をいたそうぞ!!」
 結構ですっっっ!!!!!
 みちるのそんな思いは、言葉(叫び?)にはならなかった。

 
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