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10,9月5日/さっそく

 驚きの事実。
 “かおるが”戸を2つも蹴り破り、退学となった。
 たった3日だけの転校生。
「何でこんなにもこの学園は規則が厳しいんですの?!」
 ばんっ
 自分の机を1つ大きく叩いた。
 だが…。戸を2つも蹴り破ったと言えばある程度の罰は免れないだろう。
「この恋心、どうしてくれるんですのっ!!!」
(ふん。こうなったらもう、告白しますわっ。決定ですわっ!!)
 かおる達が帰るのは午前中。…二人の荷物は少なめだったので、すぐに荷物をまとめることができたのだ。
 授業中とも言うが、夏鈴はそんなものサボることにしていた。

「お世話になりました
「…みちる、誰に言っているんだ?」
 しかもハート付き…。
「気色悪い…」
「えっ。だって校舎にお礼ぐらい言わないと」
 船はまだ来ない。
 みちるの言葉にかおるは「そーうーだーよーなー」と低く、言った。切れ長の瞳がギラリとする。

「何と言っても戸を壊したのは誰でもないみちるちゃん、だもんなー」
 かおるは『ちゃん』というところをわざとらしく強調した。
「…今からみちるクンに戻れるぞ?」
「じゃ、戻っとけ」
 かおるはサクッと切り返す。
 …今のタイミングはとても素晴らしかった。みちるが『戻れる』と言った瞬間に『じゃ』と言い始めていた。
「ひどーいっ。かおるってば、ボクが可愛くないんだねっ! そうなんだねっ!」
「……」
 かおるはただただ沈黙を守った。
 実際戸を蹴り破ったのはみちるだったのだが――かおるは、かおるが蹴り破った、ということにして報告した。
 外見的に――見せているだけ、ではあるが――かおるが男だ。
 パッと見、女の子――に、見せている――みちるが蹴り破った、と言うよりは説得力もあった。

 そんなとき、船が遠くで見え始めた。
 ――学校の方から、夏鈴が走ってきたのが見える。
「はぁっ。よかったですわ! 間に合って!」
 …笹本夏鈴の恐怖。ピンクハウスのドレスで走るのがみちるより早い。
「――学校は?」
 にこり…ともせずにかおるは夏鈴に尋ねた。
「野暮なことは訊くんじゃなくってよっ」

 みちるはあぁ、自分を見送りに来たのではないな、と分かった。
(ほんじゃ、退散、退散。あっちから聞き耳たててよーっと)
 なかなか(変なところで)根性のあるみちるであった。
「私、たった3日間のつき合いでしたけど、あなたに好意を寄せていましたわ」
 かおるはびっくりした。たった数日でヒトにキスをする実力行使する者や、告白する者やら…。
「聞いてますの? 私あなたのことが好きだと言いましたのよ」
「聞いてはいるが…」
 どうせ、ここには戻ってこないんだ。このに夢を持たせてもしょうがないだろう。
 かおるは自分の胸元に手をあてる。
「――私は、女だよ?」
「…へ…?」
 船がやってきた。この船に乗らなくてはならない。
「もう、2度と会わないと思うが…元気で」
 そう言ってかおるが周りを見渡すが、みちるがいない。
「みちるー」
 一度呼びかけると、がさがさと木の陰から出てきたみちる。かおるはすでに船に乗り始めている。
「ちなみにボクは男だから! バイバイ、夏鈴ちゃん」
 狼には注意してね そう一言付け加えてから、みちるは船のかおるに向かって走り出していた。
 …かおるの言葉。
(――かおるさんが、女?)
 …みちるの言葉。
(――みちるちゃんが…)
「お、お、お…」
 ――男…?!

 がーん………(BY夏鈴)
 可哀想に。夏鈴は日本語がうまく喋ることができなかった。

 

 9月30日、双子ふたりは帰ってきた…呼び戻された。

 

「お帰りなさいっ」
 少女はにっこりと笑った。相変わらずピンクハウスの服を着て。
「待っていたんですのよ。この学園の手続きってなかなか面倒ですのね」
「…何であんなことを…っ」
 かおるが夏鈴に喰いかかりそうな勢いで言った。夏鈴は特に恐くなさそうに「恐ーい」と言ってから続けた。
「あら。いけなかったでしょうか?」
(ボクは楽しくていいけどー)
 みちるはどんなにそう思っていても口には出さない。

「これからは誰からも敬われますわ…ね? 五条かおるさん、みちるさん」

 夏鈴は笹本家の情報を利用して『麻生かおる』、『麻生みちる』の事を調べさせた。
 ――そして出てきたのがこの本名。
 その本名をただ、学園長に教えただけだ。
 偽名…母の実家の名字で入学し、本当の名字…『五条』を隠していた二人。
 …しかし学園側に、夏鈴が『五条』の名をばらしたために『五条かおる』、『五条みちる』に学園からラブコールが来て、あまりにもしつこいからかおる達の母、爽子は言った。
『戻っちゃえば?』
 …なかなかお気楽な(?)双子の母である。

「何でこんな事したかといいますと」
 夏鈴は笑った。さっきまでの意地悪そうな顔ではなく、ただ笑った。
「会いたかったから。ただ、あなた方2人に会いたかったからなんですの」
「へ?」
 かおるには理解できなかった。

「かおるさんに好意を抱いたのは、後で考えると理由がありましたの」
 にこにこと笑う。
「あなた、私の初恋の方に似ていますの」
「…そうだと私に会いたいのか?」
 かおるの言葉が耳に入っていないかのように夏鈴は続ける…いや、実際とどいていなかったのかもしれない。
「その方、私が思いを告げる前にいなくなってしまいましたの」
 そしてまだ続ける。
「会ったときは『男女の特別』になりたかったのですわ。でも今は『男女の特別』ではなくて、『女の子同士の特別』になりたいですわ」
「――私でなくともいいだろう?」
 かおるは少し戸惑いながらも口をはさんだ。
「いいえ。あなたがいいんですの」
 妙にきっぱりと夏鈴は言いきる。
「初恋の人もあなたも瞳が寂しそうでしたの。…あなたは今も、寂しそうですわ」
 瞳をまっすぐに見ながら夏鈴はそう言いきった。
 …逸らされることのないまっすぐな視線にかおるはたまらなくなり…『今も寂しそう』という夏鈴の言葉に心を覗き込まれたような気持ちになり、瞳を逸らす。

「あなたの心の支えになりたい、特別になりたい。…深友になりたい」
「親友…ですか?」
「あら、親しいだけでではいやですわ。深くなくては」

 高飛車で。
 ――多分、全てが自分の思うとおりになると思っていて。
 …そんな、夏鈴。
 かおるから見た夏鈴は、そんな風に、見えた。けれど。

『あなたは今も、寂しそうですわ』

 その言葉。  ――夏鈴のその、言葉。
 その言葉に…その時に、かおるは夏鈴に興味を持った。
「よろしく。夏鈴さん」

 かおるの言葉に夏鈴は繰り返す。
  「私、かおるさんの深友候補に立候補いたしますわ」
 そして…本当に可愛く、笑った。

  ((後日談))

「…あれでかおるが断ったら、どうしてたの?」
「あら、みちるさん。どうしてたもなにも…」
 そう言って夏鈴は一枚のディスクを取り出した。
「かおるさんが女だとばらすと言って、深友候補にこぎつきましたわ
「…」
 笹本夏鈴。
 どうも彼女の趣味は『みちるの弱みを握る』ことではなく、『双子の弱みを探る』ことに変わったようだ。

砂倉居学園−深友候補−<完>

1999年 9月 5日(日)【初版完成】
2007年12月21日(金)【訂正/改定完成】

 
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