驚きの事実。
“かおるが”戸を2つも蹴り破り、退学となった。
たった3日だけの転校生。
「何でこんなにもこの学園は規則が厳しいんですの?!」
ばんっ
自分の机を1つ大きく叩いた。
だが…。戸を2つも蹴り破ったと言えばある程度の罰は免れないだろう。
「この恋心、どうしてくれるんですのっ!!!」
(ふん。こうなったらもう、告白しますわっ。決定ですわっ!!)
かおる達が帰るのは午前中。…二人の荷物は少なめだったので、すぐに荷物をまとめることができたのだ。
授業中とも言うが、夏鈴はそんなものサボることにしていた。
「お世話になりました♡」
「…みちる、誰に言っているんだ?」
しかもハート付き…。
「気色悪い…」
「えっ。だって校舎にお礼ぐらい言わないと」
船はまだ来ない。
みちるの言葉にかおるは「そーうーだーよーなー」と低く、言った。切れ長の瞳がギラリとする。
「何と言っても戸を壊したのは誰でもないみちるちゃん、だもんなー」
かおるは『ちゃん』というところをわざとらしく強調した。
「…今からみちるクンに戻れるぞ?」
「じゃ、戻っとけ」
かおるはサクッと切り返す。
…今のタイミングはとても素晴らしかった。みちるが『戻れる』と言った瞬間に『じゃ』と言い始めていた。
「ひどーいっ。かおるってば、ボクが可愛くないんだねっ! そうなんだねっ!」
「……」
かおるはただただ沈黙を守った。
実際戸を蹴り破ったのはみちるだったのだが――かおるは、かおるが蹴り破った、ということにして報告した。
外見的に――見せているだけ、ではあるが――かおるが男だ。
パッと見、女の子――に、見せている――みちるが蹴り破った、と言うよりは説得力もあった。
そんなとき、船が遠くで見え始めた。
――学校の方から、夏鈴が走ってきたのが見える。
「はぁっ。よかったですわ! 間に合って!」
…笹本夏鈴の恐怖。ピンクハウスのドレスで走るのがみちるより早い。
「――学校は?」
にこり…ともせずにかおるは夏鈴に尋ねた。
「野暮なことは訊くんじゃなくってよっ」
みちるはあぁ、自分を見送りに来たのではないな、と分かった。
(ほんじゃ、退散、退散。あっちから聞き耳たててよーっと)
なかなか(変なところで)根性のあるみちるであった。
「私、たった3日間のつき合いでしたけど、あなたに好意を寄せていましたわ」
かおるはびっくりした。たった数日でヒトにキスをする者や、告白する者やら…。
「聞いてますの? 私あなたのことが好きだと言いましたのよ」
「聞いてはいるが…」
どうせ、ここには戻ってこないんだ。この娘に夢を持たせてもしょうがないだろう。
かおるは自分の胸元に手をあてる。
「――私は、女だよ?」
「…へ…?」
船がやってきた。この船に乗らなくてはならない。
「もう、2度と会わないと思うが…元気で」
そう言ってかおるが周りを見渡すが、みちるがいない。
「みちるー」
一度呼びかけると、がさがさと木の陰から出てきたみちる。かおるはすでに船に乗り始めている。
「ちなみにボクは男だから! バイバイ、夏鈴ちゃん」
狼には注意してね♡ そう一言付け加えてから、みちるは船のかおるに向かって走り出していた。
…かおるの言葉。
(――かおるさんが、女?)
…みちるの言葉。
(――みちるちゃんが…)
「お、お、お…」
――男…?!
がーん………(BY夏鈴)
可哀想に。夏鈴は日本語がうまく喋ることができなかった。
9月30日、双子は帰ってきた…呼び戻された。
「お帰りなさいっ」
少女はにっこりと笑った。相変わらずピンクハウスの服を着て。
「待っていたんですのよ。この学園の手続きってなかなか面倒ですのね」
「…何であんなことを…っ」
かおるが夏鈴に喰いかかりそうな勢いで言った。夏鈴は特に恐くなさそうに「恐ーい」と言ってから続けた。
「あら。いけなかったでしょうか?」
(ボクは楽しくていいけどー)
みちるはどんなにそう思っていても口には出さない。
「これからは誰からも敬われますわ…ね? 五条かおるさん、みちるさん」
夏鈴は笹本家の情報を利用して『麻生かおる』、『麻生みちる』の事を調べさせた。
――そして出てきたのがこの本名。
その本名をただ、学園長に教えただけだ。
偽名…母の実家の名字で入学し、本当の名字…『五条』を隠していた二人。
…しかし学園側に、夏鈴が『五条』の名をばらしたために『五条かおる』、『五条みちる』に学園からラブコールが来て、あまりにもしつこいからかおる達の母、爽子は言った。
『戻っちゃえば?』
…なかなかお気楽な(?)双子の母である。
「何でこんな事したかといいますと」
夏鈴は笑った。さっきまでの意地悪そうな顔ではなく、ただ笑った。
「会いたかったから。ただ、あなた方2人に会いたかったからなんですの」
「へ?」
かおるには理解できなかった。
「かおるさんに好意を抱いたのは、後で考えると理由がありましたの」
にこにこと笑う。
「あなた、私の初恋の方に似ていますの」
「…そうだと私に会いたいのか?」
かおるの言葉が耳に入っていないかのように夏鈴は続ける…いや、実際とどいていなかったのかもしれない。
「その方、私が思いを告げる前にいなくなってしまいましたの」
そしてまだ続ける。
「会ったときは『男女の特別』になりたかったのですわ。でも今は『男女の特別』ではなくて、『女の子同士の特別』になりたいですわ」
「――私でなくともいいだろう?」
かおるは少し戸惑いながらも口をはさんだ。
「いいえ。あなたがいいんですの」
妙にきっぱりと夏鈴は言いきる。
「初恋の人もあなたも瞳が寂しそうでしたの。…あなたは今も、寂しそうですわ」
瞳をまっすぐに見ながら夏鈴はそう言いきった。
…逸らされることのないまっすぐな視線にかおるはたまらなくなり…『今も寂しそう』という夏鈴の言葉に心を覗き込まれたような気持ちになり、瞳を逸らす。
「あなたの心の支えになりたい、特別になりたい。…深友になりたい」
「親友…ですか?」
「あら、親しいだけでではいやですわ。深くなくては」
高飛車で。
――多分、全てが自分の思うとおりになると思っていて。
…そんな、夏鈴。
かおるから見た夏鈴は、そんな風に、見えた。けれど。
『あなたは今も、寂しそうですわ』
その言葉。
――夏鈴のその、言葉。
その言葉に…その時に、かおるは夏鈴に興味を持った。
「よろしく。夏鈴さん」
かおるの言葉に夏鈴は繰り返す。
「私、かおるさんの深友候補に立候補いたしますわ」
そして…本当に可愛く、笑った。
((後日談))
「…あれでかおるが断ったら、どうしてたの?」
「あら、みちるさん。どうしてたもなにも…」
そう言って夏鈴は一枚のディスクを取り出した。
「かおるさんが女だとばらすと言って、深友候補にこぎつきましたわ♡」
「…」
笹本夏鈴。
どうも彼女の趣味は『みちるの弱みを握る』ことではなく、『双子の弱みを探る』ことに変わったようだ。
砂倉居学園−深友候補−<完>
1999年 9月 5日(日)【初版完成】
2007年12月21日(金)【訂正/改定完成】