時の経つのは早い…。
と、言うか早すぎる。
かおるの心情である。
夏鈴に弱みを握られてせいで午後は女装しなくてはいけない。
午前中は午前中で、夏鈴の用意した服を着なくてはいけない。
…着せ替え人形? とか思って少しがっくりした。
みちるは夏鈴と喜んでいる。
「えーっと。今日で2学期も終了です。思いっきりハメをはずいて良いですが、アルコール分はとらないように! それから、ほかの学部のクリスマスパーティーに乱入しないように。以上」
高学部副会長がそう、注意事項をいうと、端にいた男が高々とこう言った。
「第35回、クリスマスパーティーを始めます!」
と、ぎんぎらぎんの体にフィットした全身タイツを着た男(実は高学部生徒会長)がパーティーの始まりを宣言する。
9時ちょうどに開始。
ステージでは9時半からファッションショーのようなものをやるのだが。
「…聞いてないぞ」
「でも、エントリー出しちゃったよ」
「なんで!」
「夏鈴ちゃんが」
「…」
かみ合ってない会話である。
かおるとみちるはただ今高学部、女生徒の注目の的だ。
ほとんどが振り返る。
「…夏鈴は?」
「ここですわ」
「うわっ!!」
「…そんな声をお出しにならなくても…」
前の方を一生懸命探していたら後ろから声がしたあげく、冷たい手で首を触られれば誰だってそういう反応をするであろう。
「かおる、首が弱いんだよ」
「まぁ♡」
すっかり仲良しなみちると夏鈴である。
「…そんなことはいい。何でエントリーを出したりしたんだ?」
首を押さえながら夏鈴に言うかおる。いい加減、起こるぞ。という顔をしている。
「かおるさん、怒らないで下さいな」
夏鈴は少し困った顔をしながら首を傾げる。
(普通にしてれば可愛い子だと思うんだけどな)
…もしここに松本準次がいて、かおるの心が読めるとしたら(かなり無理な話ではあるが)「夏鈴ちゃんはどうしてても可愛いぞっ!」と怒りの抗議がきそうである。
「一応、出ていただく理由はあるんですのよ」
「どういう?」
これで納得できないようなのだったら、ここから逃げ出してやる! と、かおるは固く決心する。
「これ、作って下さったのが…」
「作った?! この服を?!」
…そう言ったのはもちろんみちるである。
「ええ。私の母方のいとこでデザイナーの卵なんです。まだ駆け出しなんですけど」
「ほう。その人がデザインして作ったのがこの服だ…と?」
「はい」
夏鈴はご名答、と続ける。
「それで、この服の感想が欲しいらしいんですの」
「着心地とかだけじゃなくて?」
「ええ。デザインの面でも感想が欲しいらしくて」
「それでファッションショーに出ろと?」
「ええ」
夏鈴はにっこりと笑った。
(うーん。まぁ、服を作ってもらったんだしなぁ)
――かおる(とみちる)が頼んだわけではない、とはいえ。
かおるは考える。
「いいじゃん、出ようよ」
そう言ったのはみちるである。やる気満々。目が輝いている。
「ねー、出ようよー」
せがむみちる。
「…わかった」
半ばため息混じりにかおるは頷く。
「ありがとうございますわ! かおるさん、みちるさん!」
――夏鈴の言葉にほんの少しだけ笑ってかおるは応じた。
「クリスマスパーティー恒例ファッションショー!」
ぎんぎら男、生徒会長がマイクを使い、大声で叫ぶ。
――キーンッ!!
「…生徒会長、声大きすぎです」
「わりぃ」
ファッションショーというのは自分で作った力作、ただ目立ちたいだけ、などのいろんな理由で出ることができる。くる者拒まず、誰でも参加可能だ。
ファッションショーだからといって、キレイに歩く、とかそう言うのはとくに言われない。今回の参加者数が今までの中で一番多い、35名となった。
かおるとみちるのエントリーナンバーは12番。
かおるに言わせれば、何でこんなにエントリーナンバーが早い? である。エントリーしてきた者から順に出ることになっていて、参加者募集は10月の末に始まった。締め切りは今月の中旬だった。
「エントリーナンバー11番、鈴木あやのさん」
ステージはT型である。かおる達から見て右側から出ていき、左側に引っ込む。
前の人が引っ込んでから呼び出しがかかる。
「エントリナンバー12番。五条かおるさん、みちるさん」
…お呼びがかかった。
ひとつ、息を吐き出す。
かおるは、覚悟を決めて先に歩き出した。…姿勢がいい。
襟首が立っていて、肩のところで切れている。その切り口からは革ひものような物がつながっており、袖が続いている。
ズボンが長い足によく似合う。首には革ひものネックレスが揺れる。
しばらくするとみちるが出てきた。
こちらも襟首が立っている。なんとなく中国風味だ。右側の首から斜めに横腹までボタンでとめるようになっている。ボタンがなくなるとそこから割れ目が入っていた。後ろの方が短く、袖口にはジッパーがついていて、みちるはそれを全快に開けている。
かおるがT型の交わっているところで止まるとみちるが追いついた。そして2人が同時に歩き出す。かおるはとくに笑ったりなどしていないが、みちるは微笑んでいる。完璧に男の笑顔だ。
…その笑顔に、みちるのファンになった哀れな(?)人々がまた増えた。
そして2人は端に達すると場所を入れ替えた。
下手なモデルよりモデルらしい事をしている2人である。
そして最後に引っ込むときにかおるの目には夏鈴が手を振ってるのが見えた。
(どうせ、ちょっとしか見えないだろう)
そう思い、わずかに微笑んで夏鈴に手を振った。
「きゃーっ♡」
…またもやファンを増やしたかおるである。
「…美しい」
あの黒髪、すっと流れた瞳…。
この学校に、あんなにも美しい存在がいたとは気がついていなかった。
メガネがピカ、と光る。サラサラの栗色の髪。
「佐野、なんか言ったか?」
「…何でもありませんよ。生徒会長」
にっこりと微笑む。…美人。
生徒会長はその微笑みにどぎまぎしながらエントリーナンバー13番を呼んだ。
「はぁ。終わった!」
かおるがそう言いながら伸びをする。「うー」っと声がもれる。
「お2人とも、素敵でしたわー♡」
夏鈴がどこからか走ってきた。
「あ、夏鈴。そういえば、感想欲しいたって、どうやって感想集めるんだ?」
「人気投票が有るんですの。そこに感想とか書く欄がありますから」
「ふーん。なるほど」
と、かおるは純粋に納得していたのだが。夏鈴の心はこうである。
(ほほほほほ。かおるさんてば、す・な・お。騙されたなんて思っていらっしゃらないんでしょうね)
…笹本夏鈴、腹黒いヤツである。
午前中は疲れた。女の子達が何かと誘ってきて、全部断るわけにもいかず、数名につきあったのだが…。
「疲れた…」
「アハハ。ごくろーさま」
みちるは余裕である。なんだか腹が立ったのでみちるの横腹にパンチを1つ入れた。
「うごっ」
「…すまん」
震えるみちるにかおるは思わず謝罪した。
――午後こそ、憂鬱だった。
「どうしても、…着なきゃダメか?」
「ええ」
にっこり。
「何をおっしゃいますの、かおるさん」と言わんばかりの笑顔だ。
「…どうしても?」
かおるは最後の最後にダダをこねてみる。…みちるは既に着始めている。
「ええ。せっかく用意して下さったんですもの。着なくてはもったいないですわ」
にこにこにっこり。
「…」
かおるはじっと夏鈴を見つめ続けたが、無駄だった。
「はいはい。じゃあ、がんばって着て下さいね」
そう言って夏鈴はかおるの部屋から出ていった。
夏鈴が出ていくとかおるは自分のベッドにどさっとひっくり返る。
かおるはじっと、女物の服を見つめた。
頭を振る。
かおるは手鏡で自分の顔を映した。
「五条かおる、お前は男だ」
目をにらんでから鏡を閉じる。着替えを始めた。
「まぁ…まぁ…まぁ!」
夏鈴が2人を見ての第一声である。
「へへ。似合うー?」
そう言うのはもちろんみちるである。
「えぇ、2人とも、とっても似合いますわっ♡」
夏鈴はるんるんしている。
「…」
眉間にしわが寄せたまま、無言のかおる。
「かおる…」
みちるは一瞬悲しそうな顔をした。かおるも夏鈴はそのことに気づかない。
(心まで男になろうというのか?)
誰よりも誰よりも…
「みちる?」
みちるはハっとする。
「なに?」
「…夏鈴の言ってたこと、聞いたか?」
「ううん。全然」
みちるは首を左右に振る。
「午後もファッションショーがあれば良かったですのにね♡」
「…」
ウキウキしながらも残念そうに言った夏鈴の言葉に、「さすがにそれはちょっと疲れるのでは…」と思うみちるであった。
…クリスマスパーティーなんてかったるい。
こんなくだらないことやるくらいなら、1000mのタイムでも計ってた方がよっぽどいい。
俺はそう思っていた。
女になんて興味がない。…というのが俺の合言葉。
どんっ。俺は手に持っていたコーヒーをこぼしてしまった。
そのコーヒーは相手の服に黒いシミを作っている。
「わりぃ」
しかし、女ってのは…。
「ちょっと! よそ見してないでくださる?!」
そう言ってすごい目でにらんできやがった。
(だから女ってのは…)
はっきり言ってため息がでる。…と、その時。
「夏鈴ちゃんだってよそ見してたんだから、相手ばっかり責めちゃだめだよ」
…フワフワの髪。瞳は大きく、まつげが長い。
「…だって」
「夏鈴?」
…真っ直ぐな髪。黒い瞳。
その女が夏鈴と呼ばれた女をなだめる。夏鈴は文句を言わなくなった。
…はっきり言わせてもらおう。
俺はあいつに惚れたっ!
「あぁっ! やっぱり可愛いですわぁ♡ みちるさん♡」
夏鈴はつぶやく。そしてうっとり…。
みちるはヅラに黒いヘアバンドが付いている。しかもそのヅラはクルクルと縦巻きロールだ。
フワフワのファーがV字になった首もとと袖口についている。そのコートはひざぐらいまであり、スカートの長さまである。
「かおるはマダムっぽいよね」
みちるはかおるを見ながらニコニコという。
その言葉にかおるはしかめ顔だ。
かおるは黒のワンピース、その上にショールを羽織っている。
…マダムっぽい。
髪はのばしていたころとまったく同じのストレート。砂倉居学園に転校してくる前のかおるを見ているようだ。
…その表情はまったく違うが。
「あっ、みちるちゃん、可愛い!」
同じクラスの香河享子である。夏鈴の取り巻きだ。
大人っぽいワンピースを着ている。
「えへへ、似合うー?」
午前中のみちるちゃん、格好良かったよー、と続ける。
どうもみちるは『女』という先入観が強いらしく、『男』だと思われてない。
「かおるさん、午前中のショー、素敵でした♡」
目をハートにしているのは原魅代子。両手をくんでいる。
…かおる教(?!)の信者だろうか?
「…ありがとう」
かおるはちょっと微笑む。
魅代子は心臓バクバクものであった。
――その後もパーティーは順調に進み、冬休みに入った。