冬休みも明けて…。
新しい年が始まった。
「おめでとうございます♡ かおるさん♡」
「…」
呆然のかおる。
学園に戻ってきて、ちょっと寒いが、と窓を開けて空気の入れ替えをしようとした時にノックがあった。
それに対応したのはかおる。そしてそこに立っていたのが夏鈴だ。
「みちるさーん」
「はーい。…うっわー」
みちるは驚きの声を上げた。
「夏鈴ちゃん、可愛い!」
「ありがとうございます」
「日本人形と西洋人形を足して2で割ったみたい」
…なんだそりゃ?
夏鈴は振り袖を着ていたのである。
みちるに言わせれば『フワフワの長い髪』が西洋人形で『振り袖』が日本人形なのだそうだ。
「よく、そんな服持ってきたな」
「お正月ですもの。いいではありませんか」
…本日1月9日。はたしてお正月と言えるであろうか?
生徒会に休みはない。
生徒会室で1人の男が書類とにらめっこをしている。
「…ふっふっふ。やっと…やっと名前がわかったぞ」
クリスマスパーティーで見つけた美しい人間。かなり、好みのタイプだ。
「五条かおる」
――その名前を呟く。紙に何かを書き込んだ。
「今年中にオレのモノにしてやる」
メガネをかけた男はそう、呟いた。
ところ変わってここは図書館。
「へーっ。五条みちるっつーのか」
休み明け早々、いつもは行きもしない図書館に入り浸り、写真を見つけた。
「…かわいい」
ロングもいいけど、ショートも似合うな。
そう思いながら顔がにやける。
スポーツ系の男が写真を見ながら笑っているのはなかなか怖いモノだと思われる。
「…役員?」
かおるは困惑の顔をしながらそう、聞き返す。
今度きた客(?)は生徒会の役員、今年度の生徒会長だった。
ここで少し補足をすると砂倉居学園にも生徒会は存在する。
行事ごとに新しい役員会を発足させるが、基本的には11名で生徒会は成り立っている。
会長1名、副会長2名、議長2名(それぞれ男子と女子)を選挙で決める。
他の本部は会長、副会長、議長の5名で決め、書記2名、会計2名、庶務2名だ。
そして12月のクリスマスパーティーをもって前年度生徒会は解散。その前に選挙だけはしてある。
「――かおるが?」
なぜかみちるが聞き返す。
「はい。会計になっていただきたいのですが」
風がヒュウヒュウと部屋に入り込んできて寒い。
とりあえず生徒会長を中に入れ、椅子を提供した。
「…で」
かおるも椅子に座るとみちるはその後ろに当然のごとく、立って話を聞いている。
「これに拒否権は?」
「あると言えばありますが、出来ればやっていただきたいですね」
生徒会長…佐野一紀はメガネをくいっと持ち上げた。
「…分かりました。やらせていただきます」
忙しい方が夢も見なくてすむ。
実家にかえって久々に夢を見たかおるはそう、思った。
「ありがとうございます」
みちるの瞳はキラキラと輝いている。
(ボクにはなんか役員任命してくれるかなぁ)
こういうことが大好きなみちるであった。が。
「それでは、失礼します」
…会長は去っていった。
「ボクもなんかやりたーいっ!!」
会長が消えた後のみちるの台詞である。
「しょうがないだろ。わめいたって任命されないぞ」
「生徒会のなんかやりたーいっ!」
じたばたと暴れるみちる。
コン コン
かおるは(新年早々客が多いな)と思いながらドアを開けに行く…行こうとした。
「ちぃーすっ!」
(…そんなに親しげに挨拶されても…こいつ、誰だ?)
かおるに言わせれば開けてもらうのを待つのが普通ではないか? という感じである。
「ここ、五条兄妹の部屋だよな?」
「そうだが?」
その男はニカっと笑った。何かスポーツをやっていそうな男である。
「みちるちゃん、いるか?」
その声を聞いてみちるはパタパタとドアにむかった。
「はーいっ! なに?」
なんかの任命? ワクワク。
みちるの瞳は輝いている。
「会長が任命忘れててさ。みちるちゃん、君を庶務に任命したいんですけど」
「はいっ! やりますっ!」
「任命」あたりですでに返事をしている。
「じゃ、よろしくな」
その男…議長、大杉圭吾は微笑んだ。
にこ にこ にこ にこ にこ にこ にこ にこ
「…」
みちるは今、世界の幸せを一人占めしたような顔をしている。
「…そんなに嬉しいか?」
「うんっ!」
にっこにこのみちるである。
こういう顔を見ると『可愛い弟だなぁ』とか思うのだが。
かおるは小さくため息をついた。だが、そのため息はみちるに聞こえていたらしい。
「どうしたの?」
みちるは心配そうな顔をしてかおるを覗き込む。
「…いや、またみちるといる時間が増えたな…と」
クラス替えなんてしないからクラスも一緒。生徒会関係の時間も一緒。
「なに? なんか文句ある?」
「ある」
即答。
「…ひ、ひどいっ!」
みちるは泣く真似をした。
「あはは、うそうそ」
かおるは笑う。みちるは顔を上げると微笑んだ。
新生徒会は始業式から既に仕事がある。
「…眠い…」
かおるはあくびをしながらそう言った。
頭もとに置いてあるプリントを見る。
「えーっと。7時に生徒会室集合? 朝御飯はいつ食べるんだ?」
6時に起床、7時から8時までが朝食の時間だ。
かおるはもう一度あくびをする。
「…もっと寝たい…」
そう言いながらもかおるは着替えを始めたのだった。
通常だと8時からSHRだが、今日は8時から始業式が始まる。
こういったものを生徒会で取り仕切り、校長の挨拶のあとに新役員の紹介がある。
『生徒会室』
「…ここ?」
みちるはかおるに尋ねる。
「ご丁寧にプレートがあるだろ。ここしかないじゃないか」
そっかぁ、とみちるは言うとノックをした。
「失礼します」
みちるの声がよく響く。
そこにいたのは生徒会長だけだった。
「…あれ?」
7時集合、ギリギリに来てただ今6時59分。
みちるの時計は正確なはずだ。
かおるがニュースの7時の時報に合わせたのだから。
「…? どうしたんだ? こんな早くに」
生徒会長…佐野一紀はみちるを見て不思議そうな顔をする。
「え? だってかおるが…」
「かおる?」
そう言うとかおるがひょこっと顔を出す。
「プリントにかいてありましたよ。ほら」
そう言って中にはいるとプリントを手渡した。
「…ほんとだ。あれ? でも俺的には7時半って…」
「…半、抜かしましたね」
「らしいな」
佐野は「困った」みたいな顔をして笑う。――かおるはどきっとした。
顔の作りは全然似ていない。
佐野は美少年、という感じだ。隙のない完璧な、というような。
光は人懐っこい、という印象を持たせる。犬みたいな男だ。
…でも、その笑い方が。
少し困ったようにする笑い方が。
「?! かおる?!」
――夢の余韻が残っているのだろうか?
「ご、五条?」
(あの人は、まだ帰ってこない。…もう、半年経ってしまった…)
泣くな、という思いは虚しく――勝手に、想いは溢れた。
みちるは慌てた。ハンカチを探すが、ポケットからは出てこなかった。
佐野は驚いた。急に泣きだしたのだから。
かおるの両手は目元に吸い寄せられた。
(…会いたい…)
嗚咽が唇からこぼれ落ちる。
(…会いたい…)
そんなかおるの手の甲に柔らかい感触。かおるは少し手をずらす。
そこにあったのは緑と青のチェックのハンカチだった。
「…これ。使えよ。ちゃんと洗ってあるぞ」
佐野は少し困ったような顔をしながら手渡す。
「――すいません。…急に、泣いたりして」
かおるはいくらか嗚咽をひきずりながら言う。
「ハンカチ、ありがとうございます」
そう言って涙を拭き始める。
「…かおる」
みちるはとまどった顔をしながらかおるに話しかけた。
「あ…。みちるも」
「え、あ、あのさ」
…そういうとグーっと何かがなった。
ならしてしまった本人は顔を赤くしている。
「ご飯、食べに行かない?」
アハハハ。そう笑いながらみちるは提案する。
かおると佐野は弾けたように笑いだした。