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4,アタック−ⅱ

「そういえば会長はなにも食べなくていいのかなぁ?」
 みちるはそう言いながらかおるを見つめる。
 会長…
「ぷっ」
 かおるはまたもや笑いだした。
 さっきの「グーっ」がまだ効いているらしい。
「み、みちるって…」
 その言葉は笑いに続く。みちるはかおるをつついて、耳元でささやいた。
「かおる、もっとピシっとしとかないと五条かおるのイメージが崩れるよ」
「う゛」
 そう言うと深呼吸をした。
「…で」
「何が「…で」なのっ? こっちが言いたいよっ!」
「悪い、悪い」
 そしてかおるが最後のホットミルクを飲もうとしたときであった。
「おはようございます」
 そういう声が急にぼそっと聞こえる。
 かおるは危うくカップを落とすところだった。
「…夏鈴っ!!」
 かおるカップを置くと右耳をかまった。
 ぞわぞわするらしい。
「怒ってるかおるさんも素敵」
 そう言って当然のようにかおるの右横に座る。
「あー、夏鈴ちゃん! おっはようー」
「おはようございますわ。今朝は早くないですか?」
 別にわざと一緒に朝食をとろうとしているわけではないが、大体一緒の時刻にこの部屋に到着するのだが。
「うん。ちょっとした手違いがあってね」
「手違い?」
 夏鈴がそう続ける。
「…」
 夏鈴はホットミルクを飲むかおるをじーっと見ると、首を傾げた。
「どうかなさったんですか?」
 夏鈴はかおる…2人に尋ねる。みちるは元気よく答えた。
「あのね、うぐ…」
 かおるは泣いた事言うかと思ったらしく、みちるの口を左手で押さえる。
 みちるはその手を両手ではぎ取った。
「ボクたちね、生徒会の役員になったんだよ」
「まぁ、本当ですか?」
 夏鈴は驚いたような顔をしている。…が、さほど驚いているわけでもなさそうだ。
「では、これから大変ですわね」
「うん」
「生徒会長――」
「佐野さんですか?」
 夏鈴は美少年の名前とクラスぐらいなら把握している。
 夏鈴も覚えているくらいの美少年だと言うことが発覚された。
「あぁ、佐野っていうんだ」
 かおるはカップを置いた。
 五条家の双子は結構のんびりしているが、時間はあまりない。
 ただ今7時25分。
「佐野さんがどうかなさいましたか?」
「…あ」
 かおるはハっとした顔をする。
「なんでもない。じゃ、今朝からさっそく呼び出しあるから」
「…」
 夏鈴は文句タラタラの顔をしている。
「みちる、行くか」
「うん」
 …と、いうわけで(?)夏鈴はかおるにはぐらかされて3学期が始まったのだった。

 7時29分
「失礼します」
 今度はかおるが先に入室した。
 佐野とかおるの目が合う。かおるはペコンと頭を下げた。
 7時半集合だった生徒会役員は、すでにほぼ揃っている。
「おぉ、五条兄妹!」
 副会長の1人、2年浅田詩絵。
 五条の双子は結構有名になっている。
 1度引き返したものの、またも取ってきたあたりや、1回目と2回目の名字が違うあたり。そしてかおるがドアを蹴り破った…等々。
 もっとも見た目からして既に目立つのであるが。
「あたし、副会長の浅田詩絵」
「よろしくお願いします」
 みちるは言いながらお辞儀をする。かおるは頭を下げただけだ。
「みちるさんが庶務?」
「はい!」
 元気よく返事をする。
 姉弟で役員になったため、下の名前で呼ぶしかない。
「新庄真人。オレも庶務だ」
 彼は2年。佐野と同じクラスだ。
「かおるさんは…あぁ、狭山さん」
 副会長、浅田がプリントを見ながら名前を呼ぶ。
 2年狭山殊子。実はかおる教の信者で、初めて見たときからかおるのファンだ。
「よ…、よろしく…」
 内気な性格らしい。
 かおるは頭を下げただけだが、怖がらせないように(?!)軽く微笑んだ。
 狭山の顔がかーっと赤くなる。
 と、その時。
「ちゃーっす! おっそくなりましたーっ!!」
 という、でかい声とすごい勢いで開かれたドア。
「…大杉、ドアが壊れる」
 そして遅刻、と佐野は冷たく言う。
 大杉はその言葉を無視すると、
「みっちるちゃん、おっはよーっ!!」
 と言ってブンブンと手を振った。別に手を振るような遠い距離ではないのだが。
「お、おはようございます」
 さすがのみちるも迫力負けし、小さく挨拶しただけだった。

 

「なんかこの頃あの2人が並んでるの、よく見るよね」
「でもさ、あの2人、美少年度高いから許せると思わない?」
 そういった呟きが聞こえる。
 あの2人とは佐野とかおるのことだ。
 放課後になるとどちらかがどちらかの教室に向かっている。

 みちるはイライラした顔で言った。
「…つまんない」
(しかもヤローに追われてるっぽいし)
 みちるは右の人差し指を机にトントンと叩きながら窓の外を見つめた。
「? 何か言いました? みちるさん」
 夏鈴が紅茶を入れながらみちるにそう、訊ねる。
「なんでもない」
「そんな不機嫌そうな顔をしてなんでもないと言うことはないでしょう」
 そう言いつつ、みちるに紅茶を差しだす。
(かおるの隣にいるのはいつもボクだったのに)
 この頃は生徒会長だかなんだか知らないが、佐野とかいうヤツがいつもかおるの隣に立っている。しかもかおるはその存在を許しているのだ。

「――なんか、腹が立つ」
「…私で良かったら言って下さいな。愚痴なら聞きますわよ」
 そう言ってにっこりと微笑む。
「…とか言って、聞いて楽しむだけなくせに」
「あら、お分かりですか?」
「あ゛ー、も゛ー」
 みちるは変な声を出してから夏鈴の入れた紅茶に手を出した。
「うわっ、何これ?」
 何の臭いか分からないが、独特の香りがする。
「ハーブティーですわ。心が落ち着きますわよ」
「うーん。この臭い、あんま好きじゃないかも」
 とか言いつつもみちるはくいっと飲んだ。
「…美味しい」
「でしょう?」
 夏鈴はもう一度微笑むと今度はお茶菓子に手を出した。

 

『生徒会室』
 ガラ
「失礼します」
「…誰?」
「? 誰って…五条ですけど」
「あぁ、五条。急に呼んで悪かったな」
「いいえ」
 かおるは軽く微笑みながら言う。佐野はまぶしいモノを見るように目を細めた。
「で、今日は何をするんですか? 文書の作成ですか?」
「卒業式の会計のヤツまとめてもらいたいんだが」
「もうですか? 早いもんですねぇ」
「ハハ。そうだな」
 佐野が笑う。かおるはその顔をじーっと見た。
「俺の顔になんかついてるか?」
「い、いいえ。すみません…うわっ!」
 かおるは1枚落ちていたプリントでズルリと滑る。尻もちをつく、はずだったのだが。
「――大丈夫だったか?」
 危なかった、と口の中だけで佐野が呟く。
 机越しに腕をのばした佐野がかおるの腕をつかんだおかげで転けることはなかった。
 なかなか恥ずかしい状態である。
「す、すみませんっ。今日は失礼してもいいですか?」
「いいよ」
 佐野はにっこりと微笑む。
「失礼しましたっ!」
 かおるは顔をまっ赤にしながら生徒会室を走り去っていく。

 まっ赤になったかおるを見て佐野はくすっと小さく笑う。
「かおる…」
 もう足音が遠い。走るのが速いらしい。
 佐野は目をつぶった。
「かおる…」
 もう一度その名を呼ぶ。
「…好きだよ」
 初めて見たあの日から。
 佐野は少々酒に酔ったようないい気分で髪を掻き上げた。
 …と、その時。
 ドタバタドタバタと走る音がする。佐野はドアの方を見た。
「しっつれいしっまーす!! 会長、ちょっと匿って下さいっ!!」
 ぜぇぜぇと息を切らしながらみちる登場。
「…どぞ」
 あまりに唐突な登場で佐野には少々間が必要だった。

「みちるちゃーんっ」
 そう言った声がみちるが机の下に隠れてから廊下に響く。
 あの声は…大杉。
 佐野は分析をする。コクコクと一人で勝手に頷き、勝手に理解した佐野は大杉の足音が遠くになったのを聞き届けると、みちるに声をかける。
「…行ったようだぞ」
「へへ、そうですね。すみません。ありがとうございます」
 みちるはひとつ頭を下げるとドアに手をかけた、が。
「みちるちゃん、知らないか?」
 …またもや大杉の声である。
 みちるは机の下にUターンした。潜り込む。
「佐野っ! みちるちゃん、来なかったか?」
 佐野はしばらくぼーっとしている。きちんと聞こえてはいたのだが。
「…佐野?」
「来てない」
 佐野は作業を開始する。
「…そっか」
 がっくりと大杉は肩を落とし、生徒会室を出ていった。
「はー。もー…」
 みちるは声と足音が遠くになったのが分かると机の下から這い出た。
「それじゃぁ、今度こそ」
 頭をまた下げる。
 ドアに手をかけようとするとまたピタリと止まり、振り返った。
 佐野は疑問に思う。大杉の声も足音もしないのにどうして振り返るのだろうかと。

「会長、かおるが好きって本当ですか?」
 そういう噂がたっている。そしてかおるも好きで、相思相愛なのではないか、と。
 …秘密の花園、薔薇族で。
 みちるはまっすぐに佐野を見つめた。
 佐野はその目を見つめ返すことができなかった。

「会長」

 ――拒否を許さない声。
「…好きだよ」
 佐野はみちるを見ずに言った。
「かおるが…きみの双子の片割れのことが好きだよ」
 みちるはその瞬間、ぐっと息を詰まらせた。
 その時の空気に驚いて佐野はみちるを見る。
 …嫉妬の目。
「…かおるに近づくな」
 そして、怒りに燃えた瞳。
 佐野ははっとする。
「…おい、まさか」
 その目は、男のモノだった。だが佐野が気づいたのは、そのことではなく。
 …1つのことに気づいたのである。

 
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