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3,花束

 花束が(どうにか)出来上がり、二人は体育館に戻った。
 そんな二人を迎えたのは「何をやってたんだ」と言う人々だった。
 おりしも片付けの大半が終わった頃、というのも二人を目立たせる要因だった。

「かおる何してたんだよー」
 みちるはかおるの元に走り寄って言った。
 怒るような口調だが、表情は怒っているようには見えない。
 抱える花束とかおるはよく調和していたから、怒る気など失せてしまったのだ。
 しかし、怒っていたのも事実。
 それゆえ、みちるは口調のみ怒ったのである。

「悪い。花束を作ってたんだ」
 かおるはみちるの肩をぽんぽんと叩いた。
「そういえば、誰にこれを渡すんだ?」
 かおるは訊こうと思って訊けずにいたことを真に尋ねた。
「あ、そういえば言ってなかったね」
 微妙に親しげな二人の様子にみちるはムッとする。
 表面には表さないようにしたつもりだったが、その努力は目つきによって無駄になった。
 …丁度背を向けていて、かおるが気付かなかったのがせめてもの救いと言えるだろうか。

 そして、真は言った。
「センパイ?」
 ――かおるの問いかけの答えになっているんだかいないんだが。
 真は一人の人物を探し、きょろきょろと辺りを見渡した。
 発見すると、走り寄る。
 真は出来た花束三つのうち、一つを一人の男に手渡した。
 …はっきり言って似合っているとは言い難い。
 花束は前年度生徒会長に渡された。

「え?! お、俺?!」

 前年度生徒会長、びっくり。
 卒業式が終わったというのに残っていた、今年度卒業生のうちの一人…最後の一人だった。
 砂倉居学園ここで過ごせる最後の日だから…と残っていたのだった。
「ご卒業おめでとうございます」
 真は深々と頭を下げた。

 ざわざわとしていた人垣から、小さな拍手が鳴った。
 …発信源は、佐野。
 現生徒会長である。
 そんな佐野に、かおるが続けて手を鳴らす。
「おめでとうございます」
 すると、どんどんと拍手が大きくなっていった。
「おめでとうございます!」
「お疲れ様でした!!」
 前年度生徒会長は予想外の出来事に固まる。
 なんだかんだで好かれていたのだ。
 拍手が止む。
 誰からでもなく、前年度生徒会長の言葉を待つ。

「あ…ありがとう…」
 前年度生徒会長はやっと、そう言う。
「あー…。俺、うるさいって言われる方なんだけど…」
 そんな言葉にみちるは『確かに…』なんて思った。
 言葉数が多いというか。
 …それはさておき、前年度生徒会長は続ける。

「でも…今はちょっと…。言葉が思いつかない」
 コホ、と小さくむせた。
 …実は泣くのを耐えているのかもしれない。
「…ありがとう」
 前年度生徒会長が頭を下げるともう一度拍手が沸き起こる。

「真、カッコイイ!!」
 真の友人と思われる男が真の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ハハッ! カッコイイっしょ?」
 真はふざけてそう、返した。

「あと二つは?」
 かおるが一つ、真が一つ、花束を持っていた。
 みちるは誰にでもなく、そう問いかける。
「えーっと…」
 みちるの問いかけに答えるかのように、真はまた、辺りを見渡した。
「あれ…?」
「誰を探しているの?」
 浅田は言った。
「先生…。あ、いたいた!」
 真の視線は年老いた教師に向けられていた。
(――あぁ、二つの花束はいなくなる先生方の分か)
 かおるは納得する。

 定年退職というヤツだ。
 私立であるため、離任式とはいっても、いなくなる教師は少ない。
 今年は二人だった。
(一人は児島先生で…)
 教師児島が定年退職の教師である。ちなみに社会科の教師だ。
 かおる(とみちる)は教師児島の世話になってないが…。

(もう一人は…?)
 そう考えて、かおるはぎくりとした。
 もう一人は…?
 真は既に教師児島に花束を手渡している。
 つまり、最後の一つはかおるが渡すことになるのだろう。
「…みちる…」
 かおるは小さな声で言った。
 みちるはかおるの視線が虚ろになったことに気付いた。

「何?」
「いなくなる先生…児島先生と、誰だったっけ?」
 本当は、わかっていたのだ。
 理解することをかおるがどこかで拒絶していただけで。
「誰って…」
 みちるは瞳を一度パチクリとさせた。
「…小河、先生でしょ?」
(だよなぁ…)
 かおるは心中で深いため息をついた。
 表情も心なしか暗い。
 小河…小河美千代は、古典教師だ。
 定年退職ではない。理由は謎だが、転任するのだ。
 いろいろな噂があった。最も多いのは結婚説か。

 …かおる、みちる(そしてある意味夏鈴も)小河とはちょっとしたいざこざを起こしているのだ。
 それゆえ、花束を喜んで渡す…という気分にはなれない。
 ――本当のことをいえば砂倉居学園から立ち去ってくれるのは嬉しいのだが。
 とうとうかおるはふぅ、と小さなため息をついた。
 そして、思いつく。
(そうか、高野に頼めばいいじゃないか)
 なかなかいい案だとかおるは思った。

 真のいた場所を見つめる。…が、いない。
「あれ?」
 かおるは思わず声に出した。
「どしたの?」
 みちるはかおるの疑問の声に言葉を投げかける。
「みちる、高野は?」
(高野?)
 聞かない名前だな、とみちるは思った。
 …もしかして、先ほどのチビであろうか?
「さっき、花束渡してた人?」
 一瞬『さっきのチビ?』と言おうかとも思ったが、やめた。
 どうせ言うなら本人の前で言ったほうがいい。
 ――チビ、とは言ってもみちると5cmほどしかかわりないのだが。
「そう」
 みちるの言葉にかおるは頷いた。
 かおるは辺りを見渡している。
 みちるも辺りを見渡した。

「五条!」
 …突然、後ろから声がかかった。
「ぅわっ!」
 かおるは驚きの声をあげる。
「そんなに驚かなくてもいいと思うけど」
 真は瞳を丸くして言った。

(ってゆーか、どこに居たんだよ?)
 なんてコトを、みちるは思う。
「わ、悪い…。あ、それはそうとして、これ、高野が渡してくれないか?」
 かおるは花束を差し出しながら高野に言う。
「え?」
「ほとんどお前が手をかけたものだし、花束をプレゼントするっていうアイデアも高野のものだろう?」
…なんだかんだで真はかおるに言いくるめられて、小河に花束を渡していた。

 
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