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4,出港

「「おし」」
 かおるとみちるの声が見事にはもった。
 部屋の片付けが終わり…とはいっても前々から片付けてあったので、荷物を詰めた箱を移動させるだけだったが…あとは船に乗り込むだけである。
 ちなみに、寮の部屋は学年が変わるごとに変わる。
「荷物を運ぶのは業者さんがやってくれるんだよね、確か」
「確かな」
 みちるの言葉にかおるは返す。
 そしてかおるは私物の入った箱にきちんと名前を書いた。
 名前は書かなくていいと言われたが、誤って違う部屋に運ばれた時のための用心だ。

「みちるは名前を書かなくていいのか?」
「んー、大丈夫でしょ。多分」
 みちるは気楽に言う。
「見られて困るようなもの、入れたつもりはないし」
「そうか」

コン コン

 その時、二人の部屋に戸を叩く音が響いた。
「はい?」
 ガチャ、と傍にいたかおるが戸を開く。
「こんにちは、ですわ」
「あぁ、夏鈴じゃないか。どうした?」

 夏鈴とは前にも述べたようにかおる、みちるの共通の友人だ。
 かおるが女でみちるが男であることをきちんと把握している知っている数少ない人物のうちの一人である。

「ヤッホー夏鈴ちゃん」
 みちるの言葉に「こんにちは」と微笑みと共に返した。
「片付けは終わりまして?」
「うん。もう大丈夫だよ」
 夏鈴の問いかけにみちるは答える。
「では、港に参りませんか?」
「そうだな」
 小さな手荷物をそれぞれ持って、二人は部屋を出た。

「夏鈴ちゃん、今日の場合は鍵を閉めるの?」
 みちるは夏鈴に問う。
「閉めた方がよろしいかと思いますわ。まさかとは思いますけれど…私物を盗むような卑劣な人間がいないとは限りませんし」
 あまりに力強く言うので何か過去にヤなコトでもあったのだろうか、とかおるは鍵を閉めながら考える。
 …みちるは。
「夏鈴ちゃん、かなり力強く言うね?」
 その口調は『過去に何かあったの?』と問い掛けるような含みを帯びていた。

 夏鈴はその含みに気付いたのか気付かなかったのか。なんにせよ、答えた。
「…少し前ですけれど、私のぬいぐるみが一つなくなってましたの…」
 夏鈴の言葉にかおるとみちるは「あぁ…」と小さく納得した。
 二人は夏鈴の部屋に行ったことがあった。
 ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ…とすごい数だったことを記憶している。
 でも、と二人はほぼ同時に思った。
(あれだけあったら一つや二つなくなっても気づかなそうだな…)
 それだけすごい量なのだ。夏鈴のぬいぐるみコレクションは。

 いろいろなことを話しながら歩いているうちに港に着いた。
 …今日実家に帰る人間は結構多い。
 当然だが、港には船に乗るための人間が数多くいた。
「次の次くらいの船になるかな?」
 港には船が一隻泊まっていて次々と人間が乗り込む。その様子を見て、みちるは呟いた。
「そうかもしれませんわね」
 こういう長期休みの前の時の船は一隻で、だいたい百人分の座席のある大きいものになる。
 だが、みちるたちの前にいる人間はすでに百人くらいはいそうだった。
「船に乗ってる時間は十分とは言え…やはり座りたいですわよね」
「んー、ちゃんと座ってないと酔っちゃいそう」
「それも言えますわね」

 船は片道十分。またこちらに戻ってくるのに十分。計三十分も待てば船が入港する。
「…あれ?」
 みちるは言った。船に乗り込む。
「乗れたな」
 かおるは言った。
「乗れたましたわ」
 夏鈴も言った。
 まぁ、本当に『乗れた』という感じで、座席はほぼ埋まっている。少し探さなければならない状況だ。
「夏鈴、あそこが空いてるぞ」
 かおるは一つ空席を見つけた。
「あら、本当ですわ」
「あ、もう一個めっけ」
 と、みちるもひとつ空席を発見する。

「かおる、座りなよ」
「いい。みちるが見つけたんだから」
 でも、と言葉を続けようとしたみちるにかおるは少し微笑んでみせた。
「今日は天気もいいし、外にいようと思うんだ。…風が気持ちよさそうだから」
 3月中旬。
 …まだ、風は…しかも、海風は温かいとはいえないであろう時期である。
「カゼひいちゃうよ」
 みちるは言った。
 みちるの見つけた空席は埋まってしまった。

「あの…」
 口を挟んでもいいのだろうか、と思いながら夏鈴は遠慮がちに言葉を発した。
「あ、ごめん、夏鈴。座ってくれて構わないよ」
「申し訳ありませんわ」
 夏鈴は心底申し訳なさそうに頭を下げる。
「謝ることなんかないって。ホラ、座りなよ」
 席がなくなっちゃうよ、とかおるは夏鈴の背をポンと軽く押した。
「ありがとうございます」
 今度は感謝の意を示して頭を下げる。
 かおるは夏鈴が座席に着いたのを見届けると、言った。

「あーあ。みちる、席がなくなったぞ」
 かおるの言葉に、みちるは答える。
「いいよ。ボクもかおると一緒に外にいるから」
 みちるの発言にかおるは一度瞬きをした。そして、言う。
「多分、寒いぞ?」
「大丈夫だよ」
 みちるはニコッと笑った。
(ボクの知らないところで誰かと仲良くなってたら癪だし)
 …かおるがみちるの知らないところで、真と親しくなったのを密かに根に持っているみちるである。
 ちなみに、ここでいう『誰か』は男の話である。
 『誰か』が女だったら、別に文句は言わない。
「「あと一分ほどで出港いたします」」
 アナウンスが流れた。
「じゃあ、上に行くか」
「そうだね」
 二人は階段を上る。

 …と…。
「ぎりぎりセーフッ!!!」
 港から船にかかる階段から声がした。
 …その声は…。
「あ、五条!」
 二人は振り返る。…みちるはその姿を認めると眉をピクリとさせる。
 かおるは呼びかけの主の姿を認めると、名を呼んだ。
「…高野」

 
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