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5,船上

「本当にぎりぎりだったな」
「本当。無理して乗らなくても、次のだったら確実に座れただろうに」
 かおるの言葉にみちるは(嫌味な言葉を)続ける。

 真は小さく「ヘヘッ」と笑った。
「別に座れなくてもよかったんだ。とにかく、早く帰りたくて」
 真の言葉にみちるは反応した。
 喜びをかみしめるような、笑顔それ

 ――まさか。

「彼女が待ってる、とか?」
 みちるはボソリと言った。
 ちなみにみちる、かおる、真の順に並んでいる。
 みちるとしてはかおるの横に真がいるのは実に不本意なのだが、デッキに上がった時に真が自然にかおるの横に立ったのだ。
 まさか割り込むわけにもいかない。
 十分の辛抱だ、自分。
 ――そう、みちるは言い聞かせていたのだが。
(なんて答えるかな?)
 みちるはチラリと真を盗み見た。
 みちるの方を見ていた真と目が合った。

 真は「う…え…」と日本語になってない音を口から発する。
 みちるはその反応に(内心で)ニヤリとした。
(なーんだ。ボクの早とちりだったか)

 今、ここの状況で関係ないことだが。
 みちるの友人に彼女(または好きな人)のいない奴は、いない。
 みちるの心情としては『かおるを守る』為である。
 つまり、真には彼女(または好きな人)がいそうだから、かおるに『男として』近づく可能性は低いということだ。
 …警戒は解かれた。

 みちるはニコッと笑った。心からの笑みである。
「いいねぇ。青春だねぇ」
 からかう響き満点の言葉である。
 みちるの言葉に真はブンブンと首を振った。
 心なしか、頬が上気しているように見える。

「か、彼女なんて、そんな! 違うよ!」
「あ、そーなの?」
「みちる…」
 ニヤニヤとしているみちるを見て、かおるは言葉を挟んだ。
「あまりからかうな…」
「アハハ。ごめん」
 かおるの言葉には即行従うみちるである。
 からかうのは、やめた。

(なーんだ。好きな人がいるのか。だったら許してやろう)
 …みちる、偉そうである。
「高野、知っているらしいが一応紹介する。みちるだ」
「五条みちるです」
 ニコニコ。
 このチビ(とは言っても前にも述べたように5cmほどしかかわりないのだが…)の好きな人は一体どんな人なんだろう、なんて思いながらみちるは微笑んでいる。
 …周りから見れば『どうしてあんなに機嫌がいいんだろう…?』という表情である。
「で、隣のクラスの高野真だ」
「ヨロシク」
 みちるは小さく頭を下げた。
 頭を下げられた真は「あ、よろしく」と頭を下げ返す。

「じゃあ…五条って呼べないね。なんて呼べばいい?」
「なんとでも」
「みちる、で構わないよ」
 真の問いかけに二人はほぼ同時に言った。
「あぁ…そう? じゃあ、かおるが『五条』でみちるは『みちる』って呼ぶね」
 真は自分の中でそう決定すると納得させるように数度頷いた。

「あ…そう言えば」
 かおる、と言えば。
 真はそう言って言葉を区切った。
 潮の香りと潮風が三人を包んでいる。

 ――沈黙。

「そう言えば、何?」
 先に親しくなったかおるではなく、みちるの方がそう、真に言葉の続きを促した。
 みちるの言葉に真は「うーん」と唸ってから、続ける。
「…変なこと言うかもだけど…」
 微妙な日本語を使う真である。
「オーストラリアにさ、知り合いなんて居る?」

「…――」

 真の言葉にかおるは息を詰まらせ、みちるは瞳を見開いた。
「…な…なんで…?」
 みちるは、ゆっくりと言った。

 
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