「本当にぎりぎりだったな」
「本当。無理して乗らなくても、次のだったら確実に座れただろうに」
かおるの言葉にみちるは(嫌味な言葉を)続ける。
真は小さく「ヘヘッ」と笑った。
「別に座れなくてもよかったんだ。とにかく、早く帰りたくて」
真の言葉にみちるは反応した。
喜びをかみしめるような、笑顔。
――まさか。
「彼女が待ってる、とか?」
みちるはボソリと言った。
ちなみにみちる、かおる、真の順に並んでいる。
みちるとしてはかおるの横に真がいるのは実に不本意なのだが、デッキに上がった時に真が自然にかおるの横に立ったのだ。
まさか割り込むわけにもいかない。
十分の辛抱だ、自分。
――そう、みちるは言い聞かせていたのだが。
(なんて答えるかな?)
みちるはチラリと真を盗み見た。
みちるの方を見ていた真と目が合った。
真は「う…え…」と日本語になってない音を口から発する。
みちるはその反応に(内心で)ニヤリとした。
(なーんだ。ボクの早とちりだったか)
今、ここの状況で関係ないことだが。
みちるの友人に彼女(または好きな人)のいない奴は、いない。
みちるの心情としては『かおるを守る』為である。
つまり、真には彼女(または好きな人)がいそうだから、かおるに『男として』近づく可能性は低いということだ。
…警戒は解かれた。
みちるはニコッと笑った。心からの笑みである。
「いいねぇ。青春だねぇ」
からかう響き満点の言葉である。
みちるの言葉に真はブンブンと首を振った。
心なしか、頬が上気しているように見える。
「か、彼女なんて、そんな! 違うよ!」
「あ、そーなの?」
「みちる…」
ニヤニヤとしているみちるを見て、かおるは言葉を挟んだ。
「あまりからかうな…」
「アハハ。ごめん」
かおるの言葉には即行従うみちるである。
からかうのは、やめた。
(なーんだ。好きな人がいるのか。だったら許してやろう)
…みちる、偉そうである。
「高野、知っているらしいが一応紹介する。みちるだ」
「五条みちるです」
ニコニコ。
このチビ(とは言っても前にも述べたように5cmほどしかかわりないのだが…)の好きな人は一体どんな人なんだろう、なんて思いながらみちるは微笑んでいる。
…周りから見れば『どうしてあんなに機嫌がいいんだろう…?』という表情である。
「で、隣のクラスの高野真だ」
「ヨロシク」
みちるは小さく頭を下げた。
頭を下げられた真は「あ、よろしく」と頭を下げ返す。
「じゃあ…五条って呼べないね。なんて呼べばいい?」
「なんとでも」
「みちる、で構わないよ」
真の問いかけに二人はほぼ同時に言った。
「あぁ…そう? じゃあ、かおるが『五条』でみちるは『みちる』って呼ぶね」
真は自分の中でそう決定すると納得させるように数度頷いた。
「あ…そう言えば」
かおる、と言えば。
真はそう言って言葉を区切った。
潮の香りと潮風が三人を包んでいる。
――沈黙。
「そう言えば、何?」
先に親しくなったかおるではなく、みちるの方がそう、真に言葉の続きを促した。
みちるの言葉に真は「うーん」と唸ってから、続ける。
「…変なこと言うかもだけど…」
微妙な日本語を使う真である。
「オーストラリアにさ、知り合いなんて居る?」
「…――」
真の言葉にかおるは息を詰まらせ、みちるは瞳を見開いた。
「…な…なんで…?」
みちるは、ゆっくりと言った。