TOP
 

6,『かおる』

 かおるとみちるには、はとこが居る。
 四歳年上のはとこが。
 お互いの父親がいとこ同士であり、大変仲が良く、子供ができたら婚約してしまおう、と言ったのだ。
 まずかおるとみちるのはとこ、光が生まれ、4年経った後かおるとみちるが生まれた。
 そして、かおると光は婚約した。
 かおるは光を好きになった。光もかおるを好きになってくれた。

 …なのに…。

 光はボランティア活動をしていた。
 就職する前…自分の父親の会社に入る前に、海外ボランティアに行かせてくれ、と言ったのだ。
 それが、昨年四月のこと。一年間の予定で、光はオーストラリアに向かった。
『手紙を書くよ』
 電話があるような地域ではないから、と光は言った。
 …実際届いた手紙は一通だけだった。
 それも、ハガキで短い言葉。
 それでもかおるは嬉しかった。
 一年なんてあっという間だ。すぐに、光は帰ってきてくれる。
 ――そう…自身に言い聞かせていた、翌月の五月…。
 五条家に一本の電話が入った。
『光が行方不明になりました…』
 光の父からの電話。
 かおるは信じなかった…信じたくなかった。
 ――現場を見るまでは。

 争った跡。
 床中には赤黒いモノ。
 それは『命』。血の、変色したモノ…。
 そして、その『赤黒いモノ』は血液検査の結果…光と同様のA型と判明した。

『――…ッ!!!』

 ――それからしばらくの記憶が、かおるにはない…。

「あー…やっぱり、変なことだった?」
 反応を返さない二人に真は「言わなきゃよかったな」みたいなことを呟いた。
「教えて。何で、そんなこと言うの?」
 みちるは言う。かおるの肩を抱いて。――…強く、抱いて。
「?」
 真は少し首をかしげた。
 二人の様子が、何か不思議な感じがしたせいだ。

「ウチの親父がね、オーストラリアに行ったんだよ」
 問いかけに答える。

 ――ドクン

「それで、この間…って言ってもお正月過ぎか。帰ってきてね」
 かおるは海を眺めているような視線で…何も見ていない。

 ――ドクン

「それがさ、オーストラリアから一人の人間連れてきたらしいんだよねぇ…」

 オ ー ス ト ラ リ ア

「で、その人、記憶がないらしいんだよ」

 記 憶 ガ ナ イ

「…その人と、ボク等に、何か関係がありそうなの?」
 みちるはそう問いかけた。
 期待はずれか?
 それとも…。

「うん。あのね、前に親父から電話があった時に、その人の呼び名を『かおる』ってことにしたんだって」
 『かおる』…。
「なんで?」
 その次が、光とつなぐキーポイントになる…きっと。
「なんでも呟く言葉が『かおる』。それから…『かおるに会いたい』」

 カ オ ル

 脳裏に、たった一通の手紙…ハガキの文章が浮かんだ。

『かおるに会いたい』

「ちなみにその人は…男の人…?」
 あっさりと、真は「そうらしいよ」と肯定する。
「…あ…い…」
 かおるは呟く。
「会いたい…」
 その人に。
 …今、真の家に居るらしいその人に。
「…会いたい…っ」
 かおるは、言った。
(泣かない)
 歯を食いしばり、かおるは言った。
 ――はっきりと、言った。

 
TOP