「ただいまー」
真の声が響いた。
靴を脱ぐ。
「あ、上がって」
玄関で立ち尽くしている二人に、真は声をかけた。
「父さん?」
奥のほうからそんな声がする。
(ここに…いるかもしれない)
あの人が。…光兄さんが…。
みちるはそっと、かおるを見つめた。
――俯いて、表情が見えない。
(かおる…)
何を、思っている?
…それは、口に出しては言えなかったけれど…。
「二人とも上がりなよ」
奥から玄関に戻ってきた真。
「案内するからさ。…とは言っても、そんなに広い家じゃないけどさ」
「お邪魔します」
みちるは靴を脱ぎだした。
「かおる?」
みちるの呼びかけにかおるはハッとした。
「あ、ああ…」
そして、ゆっくりと靴を脱ぎだした。
ドキドキする。
…うまく、靴が脱げない…。
なぜ、と。かおるはそう思った。
――そして、靴がうまく脱げないワケを知る。
かおるの手は、微かに…震えていた。
「父さん、二人がその…『かおる』の知り合いかもしれない五条」
二人は居間に通された。
そして、真の父に紹介される。
「はじめまして。五条みちるです」
「はじめまして」
ニッコリと真の父は微笑んだ。
メガネと鼻の下のヒゲ。
とても、優しそうで温和そうな男である。
「で、こっちがかおるです」
みちるがそう、かおるの名を告げる。
「はじめまして」
かおるは小さくお辞儀をした。
手の震えは、まだ止まらない。
「はじめまして。二人ともよく来てくれたね。例の…我が家では『かおる』と呼んでいるんだが、彼は妻が呼びに行ったよ。しばらく待っていてもらえるかな」
「あ、はい」
みちるが返事をする。
かおるは俯いている。
――カタン
家のどこからか、音がした。
「お、来たかな?」
真の父がそう、呟く。
ドクン ドクン ドクン
早く来てほしい。
――そう願う気持ちと。
…まだ、来ないでほしい…。
――そう思う心と。
それが、みちる…そしてかおるの中で湧き上がる。
「こんにちわ。お連れしましたよ」
かおるとみちるの座る、大体正面にある扉から一人の女性が現れた。
真の母だろうか。…真の母だろう。
『かおる』を連れて…真の母が、現れた。
「『かおる』さん、さぁ、お入りになって」
そして…真の母の後ろから。…一人の男が、姿を現した。
砂倉居学園−扉−<完>
2002年 9月27日(金)【初版完成】
2007年12月28日(金)【訂正/改定完成】