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3,電話

「はい」
 爽子は電話を取った。
 五条さんのお宅ですか? と問われ、「はい」と応じると、言葉が続いた。
「「おはようございます。私、笹本と申しますが、かおるさんはいらっしゃいますか?」」
 電話の向こうの声は、少女。
「あ…かおるですか?」
 あの日から…かおるとみちるが帰ってきてから、二日。
 ――かおるは表面上普段と同じようにふるまっているが、実際のところは元気がないような様子だ。
 …母である爽子には、わかる。
 この少女との会話で、もう少し元気になるだろうか。
 爽子はそんなことを思いながら「少しお待ちくださいね」と少女…夏鈴に言った。

「も…」
「「どうかなさいましたの?」」
 夏鈴はかおるに全てを言わせず、言葉を口にした。
 かおるは思わず黙り込む。
「……どうかした、とは?」
 と、いうよりも…。
「私は夏鈴にこの番号を教えたか…?」
 母から『笹本さんという方から電話よ』と言われていたので、相手が夏鈴だということはわかっていたのだが。
 かおるは心からの疑問を夏鈴に問いかけた。
「「いいえ。教えてもらってはいませんわ」」
 きっぱり、さっぱり。いっそ清々しいほどである。
「…そうか…」
「「悪用したりしませんから、ご安心くださいね」」
「…ああ」

 悪用って…いったい、どういう風に?
 なんてかおるは思ったが、夏鈴には何も言わない。…その視線は空を彷徨っていたが。
「「それはともかく、ですわ」」
 夏鈴は気をとりなおしたように一度そう呟くと、かおるに続けて問いかけた。
「「真さんと何かありましたの?」」
「…? 真?」
 誰だ、とかおるは思いを巡らせる。
「「高野真、ですわ」」
「ああ…」
 そうか。高野は真という名前だったな、なんてことを考えた。
 考えたのだが。

「…知り合いだったのか?」
 それとも夏鈴の美少年リストに載っているのだろうか。
 …いや、夏鈴のチェックする美少年は『カワイイ』よりは『カッコイイ』と分類されるほうである。
 真はどちらかといえば『カワイイ』といえる少年だった。
「「ええ。親戚ですの」」
「…そうなのか」
 少しだけ驚いた。
 口調は、その驚きを表さなかったが。
「「真さんにかおるさんの電話番号を訊かれましたの。…お教えしていいかどうか迷いまして」」
(高野? ――なんだろう?)
 …かおるの脳裏に思い浮かぶのは少年と…それから。
 『かおる』と呼ばれていた、あの男。
 金色の髪と、日本人よりも白い肌。それから、少しくすんだ青い瞳。
「…別に、構わないよ。教えても」
「「あ…そうですか?」」
 電話の向こうの夏鈴が、心もちがっかりした様子で答えた。
 そのあと続いた言葉にかおるは瞳をわずかに見開く。
「「…私だけが知る情報になるかと思いましたのに…」」
 そして、かおるは思った。
 そういえば夏鈴のディスク弱味リストには、どれだけの情報モノが入っているのだろうか、と。
「「…あ、ですから。もうしばらくしましたら真さんから電話があるかもしれませんわ」」
「うん。わかった」
 夏鈴に短く別れの言葉を告げる。
 そして。
 かおるは部屋の椅子に腰を下ろす。
 ――電話は、五分と経たないうちに再び鳴った。

「はい」
「「もしもし? あの、高野と申しますが」」
「ああ。かおるだ」
 夏鈴から電話がくると聞いた、とかおるは続ける。
「「あ、そっか」」
 真はその言葉に納得の声を発した。
「夏鈴と親戚同士だったんだな」
 知らなかった、と続けるかおるに電話の向こうの真は笑って応じた。
「「アハハ。…まぁね」」
 ――そんな真の笑いが苦笑に感じるのは、気のせいだろうか。
「「あ、そう言えば。突然電話したわけ…」」
 …ドキ、とした。
「あ、ああ」
 ふと、何かを感じてかおるは振り返る。
 ――みちるがマグカップを持ち、ウロウロしていた。
「「あの…この間、家に来たじゃん?」」
「…ああ」
 そういえば、泣いてしまったんだよな、と。かおるはそんなことを思いだす。

「「その時に…その…家に、居候っつーか…いたじゃん?」」
 金色の髪――。
「…ああ…」
 日に焼けた…けれど、日本人よりも白い肌。そして、少しくすんだ青い瞳。
「「ソイツがね…あ、“ブルー”っていうんだけど…記憶喪失だったのが、記憶を取り戻して」」
「…記憶が戻ったのか」
 それは…。
「よかったな」
 と。そんなかおるの呟きに真は「うん」と応じ、続ける。
「「それで…その。ブルーがね、五条に会いたいって言うんだ」」
「…え?」

 それは、予想もしなかった言葉だった。
 『かおる』…いや、記憶を取り戻した彼は『ブルー』といったか…が、自分に会いたい?
「それは…その、人違いではないのか?」
 自分は、彼と面識がない。
「「うん。僕も訊いてみたんだけど、どうも五条のことみたい」」
 真が言うには…ブルーは、『この間この家に来た、黒髪の“かおる”という名の人に会いたい』と言ったらしいのだ。
「「家に来た客で…まぁ、黒髪はいるけどさ。“かおる”って名前の人は、五条しかいなかったから…」」
 真は続ける。
「「電話じゃダメか、って言ったんだけど。できれば面と向かって話したい…って」」

 かおるは、考えた。
 彼は…ブルーは、何故かおるに会いたいと…面と向かって、きちんと話したいなどと思うのだろう。
 思い当たるフシは、無し。
 全く、見当もつかない。
「…会うとしたら、どこになる?」
 ――けれど。
「「え? いいの?」」
 ――会いたいと言う人に、自らが断るような理由はない。
「ああ。だが、会う場所はわかりやすい所にしてくれ。実は方向音痴でな」
「「え、悪いよ。こっちがワガママ言ってるんだから、五条が指定してくれていいよ」」
 真はかおるの言葉にすぐさまそう返す。
「う…ん…。しかし、突然言われてもな…」
「「アハハ。それは僕も一緒。突然言われても、思いつかないよ。ってなワケで、」」
 どんなワケなんだ、と思いつつかおるは言葉の続きを待った。
 …大体、予測はしていたが。
「「五条、日付と場所を指定して?」」
 …予想通りの言葉が電話から聞こえる。
「…これで突然“北海道、札幌のシティーホテル”とか言ったらどうするんだ」
 もちろん冗談だが、かおるは言った。
 …一瞬の、沈黙。そして、笑い声。
「「アハハハハハッ。困るな、それは。しかも旅行になっちゃうよ」」
「…まあ、とりあえず。こちらから指定してしまっていいんだな?」
「「うん。あんまり突拍子もないところじゃなければ」」
「期待を裏切らないよう、頑張ろう」
「「アハハ。頼むね。あ、いつごろ電話していい?」」
 真の問いかけにかおるは首をわずかに傾げた。
「いや、番号を教えてもらえば、こちらから電話するが…」
 電話番号を教えたくない、とか?
 かおるはそんなことを思ったが、真はかおるの心情など知らず、けろっと答えた。
「「あ、そう? じゃあ、教えるね」」

「「それじゃあ、決まったら連絡ヨロシク」」
「わかった」
「じゃあ」と。そう言って受話器を置く。…と。
「ずいぶん長電話だったねぇ」
「!!」
 突然の耳元の声に、かおるはかなり動揺した。
「み、みちる…」
「珍しい」
 かおるの長電話にみちるはボソリと言った。
「コーヒー入れようと思ったから「かおるもいる?」って訊こうと思ってたんだけど、今まで訊きそびれちゃったよ」
 そう続けながら、かおるの横に立つ。
「いる?」
「あ…じゃあ、もらうか」
 おっけー、とみちるはキッチンへ向かった。

 
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