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6,想うひと

「私たちはそろそろ帰るが、みちるはどうする?」
 しばらく話していたかおると光だったが、かおるがそう、みちるに切り出した。
 このパーティは最後までの参加を強制されてはいない。

「僕は、もうちょっとゆっくりしてくよ」
 みちるの言葉に続けて、夏鈴はとんでもないことを言い出した。
「駄目なら私の家に泊まっていただきますわ
「「「…え?」」」
 みちる、かおる、光は同時にそう言って、夏鈴に視線を注ぐ。
 視線を注がれた夏鈴はにっこりと「安心なさってください、部屋は別ですわ」と続けた。

「……だ?」
 変な日本語…といえるかどうかも謎である…を発したのはみちるである。
「…そ…そう…か…」
 かおるもどう反応すればいいか、と戸惑っているようだ。
「あ、お邪魔してはいけませんわね。かおるさん、この休み中必ずお会いしましょうね。みちるさん、行きましょう」
 …なぜか仕切られている。
 みちる(とかおると光)はおとなしく仕切られた。
 みちるは夏鈴に(強制)連行されたのだった。

「…夏鈴ちゃん?」
 行きましょう、と強制連行されたみちるである。
 なぜか、おそらく光が風をあたりにきたであろう屋上に来ていた。
 ライトアップされてはいるものの人影は少なかった。
「あやしいあやしいとは思っていたのですけれど」
 突然そう、切り出された。
 みちるは「何が?」視線を夏鈴へと向ける。

「…みちるさんの好きな方は、かおるさんですか?」
「…――」
 風がふいた。
 3月。頬に触れる風はまだ、冷たい。
「……」
 ただ、沈黙が流れる

(あやしいって思われてたんだ)
 僕の態度ってそんなにバレバレかな? と、どこかでそんなことを考える。
 まぁいいか、とみちるは思った。
 すでに佐野…そして多分、光にも…ばれている。
「うん」
 あっさりと、肯定した。
 あまりのあっさりさに、夏鈴は少々肩透かしを感じたようだ。
「…そう、ですか…」
 その言葉の後、再び沈黙。

「…ッ…」
 みちるの背筋に寒気が走った。
 アルコールのおかげで温まっていた体だったが、冷たい風のせいか少々冷えてきた。
 …女の子の夏鈴はよけい寒いのではないだろうか。
「夏鈴ちゃん、体冷えない? 大丈夫?」
 みちるは夏鈴に問いかける

「私!」
 夏鈴の言葉の切り出しに驚いてみちるは思わず、一歩退いてしまった。
「かおるさんの親友に立候補しましたの」
「あ…うん、そうだね」

 その時のことは覚えている。
 夏鈴はかおるに高々と『女同士の特別になりたい』と。
 『親友になりたい』と――『深友になりたい』と、宣言したのである。
 みちるはその時の様子を見ていた。
「私、かおるさんの親友になれたと思っていますわ」
 夏鈴は最後に『…勝手ながら』と付け加える。
(十分なれてると思うけど)
 みちるはそう思ったが、口にはしない。
 なんとなく、喋りだせない雰囲気がある。

「…私…」
 夏鈴はギュッと、こぶしを握った。
 何か決意した瞳である。
「お二人とも好きなんです」
 「ありがとう」とみちるは言い、夏鈴の言葉の続きを待つ。

「――私…」
 夏鈴はゆっくりと、言った。

「みちるさんの“特別”になりたいんです」

 …。
 ……。
 ………。

 沈黙はたっぷり30秒。もしかしたら1分。
「――でぇっ?!」
 みちるは沈黙の後、そんな(間抜けな)声をあげた。

「私はかおるさんとは違います…全く、違いますけれど」
 間抜けなみちるの声を無視して、夏鈴は続ける。
「みちるさんの“特別”候補にいかがですか?」

 砂倉居学園にきてからも、告白された経験ことはあった。
 …だが。
 まさか…まさか。夏鈴に『“特別”候補になりたい』と言われるとは思わなかった。

「…まぁ、お断りされましても、諦める気は全くありませんが」

「……え?」

 みちるは間抜けな声と、表情を浮かべる。
 そんなみちるに夏鈴は極上の笑みを浮かべている。
 …夏鈴を見ながら「本当に、変わらないのか?」という、佐野の言葉が思い出された。

(想いは変わるかもしれない。…変わらないかもしれない)
 ――そして、自分の答えを思い出す。
『あの人以上の人が見つかればいいし、見つからなくてもそれはそれで、構わない』

 想う人は変わらない。
 ――今は。
 至上の人は変わらない。
 …今は。――けれど。

「――くしゅっ」
 風のせいか、夏鈴はくしゃみをした。視線を泳がせた後、恥ずかしそうに俯く。
 そんな夏鈴を見て、みちるは思った。
(かおる以上の人が夏鈴ちゃんなら、それはそれで楽しいいいかも?)

「夏鈴ちゃん、下に行こう?」
 風邪引いちゃうよ。
 言葉と共に、みちるは手のひらを差し出した。
「…――」
 少しの躊躇。その後その手のひらにおずおずと、夏鈴は自らのそれを重ねる。

 みちるはほんの少し笑みを浮かべると、夏鈴の手を握った。

砂倉居学園−想うひと−<完>

2003年11月19日(水)【初版完成】
2007年12月31日(月)【訂正/改定完成】

 
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