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 夕方になってもここは人が絶えない。
 それどころか人が増えるくらいだ。
「うっわー。いつもながらすごい人ねぇ!」
 この時間帯に来たのは久しぶりだわ、と独り言をつぶやく。
「そう? ぼくなんてこの時間帯の方がよく来るけど」
 カモリナの独り言が聞こえていたらしい。人混みの中エンテは少々声を張り上げた。
 ――そんなざわめきの中。

 シャラン シャラン シャラン

 一定のリズムを保って何かの音が聞こえる。
「オーフォがいるって言った所って、あの辺だったかしら?」
「そうじゃなかった? 案外あそこに芸人でもいて、見てるかもよ?」
 旅芸人と言っていたオーフォが芸人を見るだろうか、と思ったが、なぜが不機嫌なエンテにそんなことも言えず『なんで不機嫌なんだろう?』と首を傾げたが約束は早く果たさねばと考え直し、カモリナ――そしてエンテ――は人だかりの中心に向かって進んでいった。

 人混みを掻き分けて、ようやく中心を見ることができた。
 中心には一人の『少女』。紗織物なのか、やや透けた薄い衣装に身をくるみ、杖を手に舞を披露していた。
 しばらく声を失う。

「…綺麗…」

 ようやくもらした感想は単純なものだったが、言葉が浮かばなかった。
 本当に美しい。最近の旅芸人の中では一等であるかもしれない。
 周りがうるさい。この辺一帯だけ別空間のようにしん、と静まり返っている。
 皆、感動のあまり声が出ないのだ。

「おらぁっ! どけどけっ」

 …ここはこういう輩が消えることはないのだろうか? 旅芸人が舞っているのにも関わらず、ずんずんと歩く。
 人混みがその輩をよけた。
 男は中心で舞っていた少女を目にするとニタリと笑う。
「お前、なかなかいい顔だな。よし、今夜の酒の相手はお前にやらせてやる。来いっ」
 腕をつかもうと言葉にも勢いをつけたのだが、芸人はうまい具合によける。
 今まで見ていた人集りはこれに関わるまい、といつの間に散らばり、残っているのはエンテとカモリナだけになってしまった。
 カモリナは小声で「オーフォ、また来てくれないかしら? 芸人さん、嫌がっているわ」とつぶやく…オーフォ、まるで便利屋である。
 しかしその芸人、先程から下を向いていて表情が読みとれない。
「あれ?」
 ずっと観察していたエンテが一つ声をあげる。 芸人に声をかけている男のとりまき(?)が今、全員五人去っていった。
 そして次の瞬間。

「汚ねぇ顔近づけて来るなブースッ」

 男が、飛んだ…。
 そう、昼間の出来事がリピートされたかのように。まるで芸人は…。
「あ、おねぇさん」
 芸人がカモリナに向かってそう声をかけてきた。

 女は化け物だ。そういう言葉を聞いたことはないだろうか?
 オーフォはどうもその『化け物』の部類だったらしい。
「うっそ…」
「うそだぁ!」
 それぞれカモリナとエンテの言い分である。
 確かに、中性的な美しさではあった。だが、こんなにも美少女だったとは…と、少々ショックなカモリナ。
 女だったのか! …ぼくって一体…と、拍子抜けしたエンテ。
「騙された…」
 エンテ、ただの気苦労だったようだ。
「何が?」
 エンテは美しい少女に顔を覗き込まれてどぎまぎしてしまう。言えるかっ、目の前の少女を少年と思っていたことなど!
「何でもない。気にするな」
 エンテは顔が少し赤い。
(ひぃっ、なぜに動悸が上がるんだっ)
「ところでオーフォ、いったい何をおごればいいの?」
 何か見当つけた? そうカモリナが尋ねるとオーフォはカモリナの手をとり歩き出す。
 なかなか美しい構図だ。目立たないはずがない。
「ねぇ、オーフォ」
「なぁに、おねぇさん? ――でも…ちょっと待っててくれる?」
 言いながらカモリナの手を放したオーフォに「なんで?」とカモリナは首を傾げる。

「また処理しなくちゃいけない奴らが来たから」

 オーフォはそう言って、楽しそうに男達に尋ねた。
「なぁ、この手は何だ?」
 オーフォの肩を叩いた男に尋ねる。
「我等はタクラス家の者」
「タクラス? 何だそりゃ?」
 聞いたことがある気はするが何だかんだ言って分かっていないオーフォである。カモリナがかなり焦った。
(タクラス家といえばここら辺でも屈指の…。まぁ、オーフォったらすごいじゃない!! ――あれ?)
 だがカモリナは今思い出したことがある。

『また処理しなくちゃいけない奴らが来たから』

 オーフォは確かそう言っていなかったか? だったらやばい! とってもやばい!!
(オーフォ、逆らっちゃだめーっ)
 そんなカモリナの心の声もむなしく、オーフォはその人々に連れ去られてしまった。
(さすがにプロには勝てないのね。…って…)
 最初わたしを助けてくれたときは相手が本物の軍人だったような…。
 何はともあれ連れ去られてしまったオーフォ。
(わたしは一体どうしたらいいのかしら…)
 動揺したカモリナだったが、その動揺もすぐはれた。

「あ、おねぇさん、こいつらわたしの知り合いの、知り合いらしいから。大丈夫、今回のおごりはつけにしとくから。またねっ!」
 オーフォは大きく腕を振る。そうして男達に囲まれたまま、オーフォは人混みの中にまぎれた。
「…あの子、『またね』が多いなぁ」
 この時のエンテの心境は、『また』が来た時に逢えるのだろうか? ということだった。

「オーフォ、か?」
 通りの向こうからひょろりとした――オーフォを連れてきた男達より――、貧弱そうな男が声をかける。灰色の髪と僅かに緑がかった色の瞳。横長でフレームのないメガネをかけている。
「ああ。…元気だったか、ロンダル?」
 最初は何事かと思ったぞ、とオーフォは笑った。
「あやうくコイツ等ぶっ倒すトコロだった」
 オーフォの危険な発言に「やめてくれ」とロンダルは苦笑する。
「会うのは何年ぶりになる?」
 続いた問いかけにロンダルは腕を組み、考えた。
「そうだな…私があそこから出て行ったときからだから…もう、10年ぶりくらいか? しかし、女装がうまいな」
 ちゃんと女に見えるぞ、とロンダルはしみじみ呟く。
「女装とは失礼な…。変わってないなぁ、お前」
「お互い様だ。10年とか会ってなくてすぐにお前だとわかったぞ」
 再会した二人は会話に花を咲かせている。オーフォを連れてきた男達の一人ガが「ロンダルさん」と控えめに声をかけた。
「あ、すまない。俺と一緒に屋敷に来てくれるだろ?」
「断っても、つれてくくせに…」
 当たり前だ、とロンダルは言い、荷物は? とオーフォに尋ねた。
「…そんなに長期間なのか?」
「大当たり、だ」
 ふと笑ったロンダルに(ナニをやらされるんだろう…)とオーフォは視線を宙に泳がせた。

「お帰りなさいませ」
 荷物をとりにいってから馬車に乗り込み、結構長い間揺られていた。
 ロンダルを出迎えて頭をさげたお手伝いさんの1人に「ただいま」と応えたロンダルに「お前、タクラス家の養子か?」と問いかける。
「ズケズケ言うな…。でも、残念ながら違うよ」
 残念なのか? オーフォは思ったが、とりあえず何も言わすにさっさと歩いていくロンダルの後を付いて行った。

「で?」
「ん?」
 何が『ん?』なんだロンダルの野郎…。
「なぜわたしをよんだ?」
「あぁ、私は今、コウタル家当主の秘書をやっていてね」
 応接間らしき部屋に通される。この服から着替えたいんだが…。そう思ったが、ロンダルは椅子に腰を落ち着けるし、お手伝いさん(女)は飲み物を持ってきてしまった。オーフォは仕方なく諦める。
「で、コウタル家で近いうちに余興会が開かれるんだ」
「金持ちのやることは分からん…」
 ふぅ、とため息をわざとらしく吐き出す。ロンダルは目で『嫌みったらしいぞ』と文句をつけた。
「その時の余興で舞を披露してもらいたい」
「で、その舞うのがわたしってか?」
「もちろん、甘いものはたくさんごちそうするし、お金もある程度出す。それから…」 
 涙ながらに語る人の図のように腕を目元にあてる。
「私も舞うんだ…」
「ほぅ。お前の舞を見るのは10年ぶりか」
 オーフォはにかにか笑って言う。心底、楽しいのであろう。
「その舞の相手役もやってほしいんだ」
「…『も』ってなんだ。『も』って!」
 それでは、たくさん舞うことになるではないか! ロンダルより多いなんて、なんだかしゃくだ。
「頼むよ。私の癖、覚えてるだろ? あれだけ一緒に舞ったじゃないか」
 オーフォは一度息をついた。
「…お菓子、増やせよ?」
 「わかったよ」と少しだけ笑うロンダルにオーフォは「断ってもどうせやらされるしな」と続ける。
「もちろん」
「……」
 あまりの即答っぷりにオーフォは一度声を失った。
 再び息を吐き出して、続ける。
「着替えたいんだが?」
「あ、悪かった。お前の部屋はこっちだ」
 ロンダルは立ち上がりオーフォを客間へと案内した。

 ――ロンダルと再会して、一週間。
 オーフォは女装(?)してコウタル家へ足を運んだ。
 余興会当日である。
 健康的な小麦色の肌に白い衣服がよく映えている。ところどころにつけてある赤い宝石もオーフォにしっくりあっていた。

「よくいらしてくれた! 僕はコウタル・マユーラル」
「はじめまして。ヨガネス・オーフォと申します」
 深々と頭を下げたオーフォに満足げな笑みを浮かべたマユーラル。
「これはまたお美しい方で…。どういったお知り合いか聞いてもよろしいかな?」
「はい。彼とは同じ塾に通っておりました、幼馴染みです」
 にっこりと(営業用で)微笑む。陰でロンダルはぐっと笑いをこらえ、顔が歪んでいた。
「お持ちいたします」
 オーフォ専用のお手伝いさんが派遣された。着替えを手伝おうというのだ。
「あぁ、大丈夫…で…す」
 オーフォは目を見開いた。

「テワンマ…」

 お手伝いさんを見てオーフォはそう呟いた。

 
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