TOP
 

「はい、そこ!! ぼーっとしてたら倒されるわよっ」
「…んなこた言ったってテワンマ、オーフォは強すぎるよっ」
「だったらもっと練習しなさーい」
 さも愉快そうにテワンマとよばれた女性は笑いながらそう言う。
「テワンマ、休んでいいだろうか?」
「ん? いいわよー。――あたしもちょっと休もうかな」
 みんなはもう少し練習してるのよ、と続けた。

 二人の姿が完全に消えたとき、そこにいた五人の子供達は一番年長である十三歳のロンダル少年のもとに集まった。
「テワンマ、オーフォが来てからずっとオーフォにつきっきりだよ」
 五人の中で一番年下で九歳のミカルドは言った。
「前は平等に僕等の相手してくれたのに…」
 十二歳のハント少年も呟く。
「テワンマ、あたし達のこと嫌いになっちゃったのかなぁ」
 あと少しで涙が混ざりそうなのは九歳のフィアルだ。
「違うよ! オーフォがあたい達のテワンマを取ったんだ!」
 そばかすが少しある十一歳のリカテが握り拳をつくって力説する。
「…意見をまとめればみんなオーフォが気に入らないんだ」
 厳かにロンダルは言った。
「みんなって、ロンダルも?」
「当たり前だ」
 きっぱりとロンダルは言い切る。そして彼は今まで考えていた一つのことをみんなに言った。

「みんな、前の状態に戻りたいよな」

 これは疑問ではなく、確認だった。
「もちろん」
「当たり前だ」
「そりゃそうよ」
「もどりたいっ。テワンマと六人で仲良く暮らすの!」
「よし。では、作戦がある。みんな聞いてくれ」
 ロンダルは作戦をじっくりと説明し始めた。

「テワンマ、いいのか? わたし以外の面倒見なくて」
「いいのよぉ。あの子たち、しっかりしてるし」
 …『あの子たち』はやきもちを妬いているが、テワンマは気が付いていない。

「それはいいとして、少しは思い出した?」
「…全然…」
 ふぅ…。テワンマはため息をついた。
「ダメかぁ。まぁ、無理して思い出さなくてもいいけどね」
 それでも記憶はあった方がいいかなぁっと思って。
「ま、好きなだけいなさい」

 オーフォはテワンマに拾われた。
 二週間前のことだ。怪我だらけで倒れこんでいたところをテワンマに救われたのだ。
 目を覚ましたオーフォは頭をぶつけた影響か…何か、精神的ショックでもあったのか――喋ることはできたが、記憶がなかった。
 倒れていたオーフォの身の回りにあった物はオーフォの背よりも高い杖だけで、その杖にもオーフォ自身の手がかりとなるようなものはかかれていなかった。
 『オーフォ』という名もテワンマが仮に、とつけたものだ。
 記憶のないオーフォに「帰る場所がわかるまでここにいなさい」とテワンマは言ってくれた。

「お言葉に甘えてばかりで申し訳ありません」

 オーフォは肩をおとす。テワンマがクルリと振り返り「…またっ」と少々声を荒げた。
「あっ…」
 オーフォは口を押さえた。テワンマは敬語が好きではない。
 髪の色は深い黒。光の加減で青っぽく見えたり緑っぽく見えたりもする。
 瞳の色も同様…。
 真っ直ぐに人を見る視線は強い。
 そんな女性が命じればほとんどの人間は従ってしまうだろう。オーフォもそんな人間の一人だった。
「敬語じゃなくていいのよ。初めて会った時あたしが言ったでしょ?」
 あたし達は家族なんだから、と続けるテワンマに「ごめん…」と小さく返す。
「ま、今度から言わないように気をつけるのよ」
 彼女は熱しやすく醒めやすい性格らしい。すでに微笑んでいる。

「ところであんたの持ち物の杖…」
「…? この杖がどうかしたか?」
 オーフォは大きな杖をひょいと持ち上げた。
 シャラン、と環同士ぶつかる音がした。
「…ううん。何でもないわ」
「何でやめるんだ? 気になるじゃないか」
 テワンマは少し困った顔をしたが、『その杖、知り合いの持ち物に似ているのよ』と言った。
「ふーん」
 オーフォはたいして興味ない、と言う顔をして杖をもとの場所においた。

 夜。風がとてもさわやかだ。
 服装によっては少し寒いくらいかもしれない。
「オーフォ」
 リカテがオーフォを窓の下から呼びかける。月明かりのおかげでリカテ以外の四人の姿も見える。
「なぁに?」
「降りていらっしゃい! みんなであなたにお話があるの!」
 一番年下のオーフォ八歳。
 一つでも年上の言うことを聞かないなどという事はできなかった。

 みんなで夜道を散歩する。オーフォはどこがどこだか分からない。
「ねぇ、みんな!」
 ミカルドは話しかけた。
「かくれんぼしようよ! これだけ明るいからきっと迷子になったりしないよ」
「そうだな。夜のかくれんぼもたまにはいいかもしれない」
 ロンダルは賛成した。
 年上の賛成はみんなの賛成。かくれんぼをやることになった。
「鬼はくじできめよう」
 ハントはどこから出したのか、くじを手の中に納めている。
「オーフォからどうぞ」
 フィアルがくじ引きをすすめた。すっと一本、オーフォは抜き取る。紙の下には赤い色がしみこんでいた。
「あっ、オーフォが鬼!」
「30数えるのよ」
 そんなに? とオーフォは思ったが、口には出さなかった。
「じゃぁ、いーち、にーい、さーん、よーん…」
 五人は同じ方向に一気に走りだした。
 作戦とはこれだ。『オーフォの知らない所において行け作戦』。そんなに深い森ではないし、梺に行けば街があるし、の完璧な環境だ。

 しかし…。

「あーら、みんなでどこ行くの?」
 そこで仁王立ちしていたのはテワンマ、その人であった。

「さーんじゅ。もーいーかーいっ」
「オーフォ! こっちに来てぇ」
 ? あるはずのない声。テワンマの声がする。だが特に疑問に思わず声の方にオーフォは走っていった。

「さぁて。オーフォに言うことがあるでしょ?」
 五人が並んでそこにいたことには驚いた。
「いやだ」
 ミカルドは言った。そう言うと次々にわたしも、とか俺も嫌だとか五人それぞれに口にする。
「だって、オーフォが悪いんだ! 僕等のテワンマを取っちゃったから!」
 ハントが叫ぶ。だがそれに間がなく答えが返ってくる。

「おバカ」

 その言葉に六人はすっこけた…という心境になった。

「全く、ヤキモチ? バカねぇ。あたしはあたしのモノ。オーフォのでもあんた達のモノでもないわ」
 でも、とテワンマはそれぞれを抱きしめる。
「寂しかった? ごめん。…構ってほしければ、あたしに言いなさい」
 そしてそれぞれ抱きしめられた。
 じゃ、帰るわよ。そう言って自分の家に向かってずんずんと歩き出していった。

 それからはロンダル達も反乱(?)を起こすことなく平和な毎日を送っていた。
 しかし、悲劇は突然に訪れた。

 オーフォ以外の五人はそれぞれ自分たちの実家に帰っていった。
 ――もともと、テワンマの元に暮らすのは夏の間だけ、という予定だった。
 また来年、と別れた。

 二人きりになった家の中。食事が終わり片付けも終わり、なんとなくまったりしているテワンマとオーフォである。
「『武』は『』に通ず…」
 ポツリとしたテワンマの言葉に「何それ?」疑問を口にした。テワンマがよく口にしていたからだ。
「闘い――『武』は極めれば舞――『舞』にもなる…そんな意味よ」
「舞かぁ。テワンマ、確かにキレイだよな」
 ふふ、ありがと、とオーフォの頭をさすさすとなでる。

「でも、一等キレイなのはあんた、オーフォよ」

「えぇ? わたしの舞が? 照れるなぁ」
 テワンマは武芸を毎日教えているが、舞も二日に一度は教えている。

「いいえ。武芸が、よ」

 もちろん、舞もうまいけどね、と続ける。その時テワンマは外からただならぬ『何か』を感じ、自分の棒を持って立ち上がった。

 ばきっ

 ドアが壊される。テワンマはその音に反応するかのようにドアを破ったそいつに向かって蹴りを一つ入れてやった。だが。
「ふふ。そんなものか?」
 侵入者はニタリと笑った。テワンマの蹴りをものともせず、剣をちらつかせ、テワンマにずんずん寄ってくる。
「女と子供かぁ…殺りがいがねぇなぁ…」
 男の言葉に背筋がぞくぞくした。
 オーフォは動けなくなってしまう。

 ――コイツ ハ ナニ ?

「はっ」
 テワンマはオーフォを守るようにして侵入者の首に一発棒を叩き込んだ。
 だがその勢いは強盗には微塵もとどかず、ちらつかせていた剣はテワンマの左胸に深く突き刺さっていた…。

 赤イ 液体 ガ テワンマ ノ 胸 カラ 流レル

 ――テワンマ ノ イノチ ガ …

「う、あ…」

 声が、喉にはりつく。
 叫びとならない。

「――あ…あ…あぁぁあぁぁぁっ!!!」

 ――ソレは、誰の声だったか…。

 うまく、呼吸ができない。
 テワンマは苦痛に歪めた顔をして息絶えていた。

「テワンマ…」

 呼ぶ声が震える。
 冷たい体、…かえらない人。

「――テワンマ…ッ」

 人の命はなんて儚いのだろう…。
 涙に揺れる視界はいつまでもいつまでも部屋の壁を映していた。

「テワンマッ!!!」

 ――そしてなぜか強盗の姿はなかった。

 
TOP